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BL小説・風のゆくえには〜雨の記憶(前編)

2020年10月13日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】

 慶と喧嘩をした。
 原因は、慶が帰宅途中、偶然駅近くで会ったスポーツジムのトレーナーの浜中さんの車に乗って帰ってきたことだ。

 いや、おれだってさすがに、ただ乗ってきただけなら文句は言わない。
 おれが車で迎えにいくことを「歩きたいから」といって断ったくせに、浜中さんの車には乗ったということが面白くないから、文句を言ったんだ。
 それなのに慶は、

「うるせえなあ」

と、呆れたように言って、

「そんなことより、メシ」

 って!!!!!

 は!? メシ!? そんなことより!?メシ!?

 そりゃ、おれの長所は「料理が上手いこと」だけど、おれはメシを作るために存在しているわけじゃない!

「勝手に食べれば?!」

 言い捨てて、リビングのソファに座りこんで、用もないのにスマホを見ていたら、慶は本当に、勝手についで、勝手に食べ始めた!信じられない!!

 本当はほうれん草のお浸しも冷蔵庫に入ってるのに、肉団子のスープだけ勝手に食べた慶は、勝手に食器も洗って、さっさとお風呂にも入っちゃって、

「おやすみ」

 の一言だけぶっきらぼうに言って、寝室のふすまをしめてしまった。感染症対策のため、寝室を別にしているので、これでもう、朝まで会えない……

「…………信じられない」

 おれは絶対に悪くない。悪くない。悪くないでしょ?!


 ……と、大学時代からの友人・あかねに電話で話したところ、

『あいかわらず面倒くさい男ねえ……』

 心底呆れたように言われてしまった……

「えーじゃーおれが悪いっての?」
『知り合いに偶然会って誘われたら断れないでしょ普通』
「歩きたいって断ればいいじゃんっ」

 おれにだってそう言って断ったくせにっ。

 そういうと、あかねはますます呆れたようにため息をついた。

『そもそもさ、なんで車で迎えに行くのよ? 雨でも降ってるならともかく。あんただって今日、仕事だったんでしょ?』
「そうだけど……」

 先月、数日雨が続いたときに、たまたまおれの帰りが早かったため、車で迎えに行くことが続いたのだ。
 車で迎えに行った時に、車に乗り込んでくる「仕事モードの慶」がカッコよくて、その後二人でほんの少しだけどドライブできるのも嬉しくて、ついつい、その後も車で迎えにいくことを繰り返していた。

 金曜日、晩御飯の用意が途中のまま迎えに行ってしまって、余計に晩御飯が遅くなってしまったので、今朝は、少し早く起きて、晩御飯の下ごしらえをしていた。

 そうしたら、慶が、

「もう迎えに来なくていい。運動不足になるから歩きたいし」

って言って……


『はー。なるほどね』

 電話の向こうのあかねがなぜか納得したように肯いた。

「何がなるほど?」
『慶君、あんたが朝早くから晩御飯の用意してたのが気になったんじゃないの?』
「は?」

 意味が分からない。

「なんで?」
『自分を迎えにいくために早起きしてるって……ちょっと重くない?』
「う」

 重い、といわれると、返す言葉がない。

『まー、歩きたいっていうのも本心かもしれないけど……あんたに無理させるのも嫌だったんじゃないの?』
「それは……」
『明日って慶君休みで、あんたは出勤よね? 家事は慶君にまかせて、朝ゆっくり寝てたら?』
「……………」

 慶の定休である火曜日は、毎週慶が夕飯を用意してくれる。朝はゆっくりしててほしいから、おれが朝食を作るんだけど、結局慶も起きてきてしまうことがほとんどで……

「………そうだね。寝てる」

「そんなことより、メシ」発言にもまだ腹立ってるから、朝食作りはボイコットしてやろう。

「……で? 何を探せって?」

 電話がかかってきた理由を思いだして、あかねに問いかけた。
 慶と一緒に暮らすこのマンションは、あかねが所有者であり、一室はあかねの荷物置き部屋になっている。あかねはこうして時々、ここにある物について問い合わせの連絡をしてくることがあるのだ。

『そうそう、クローゼットの右下に、中学校の卒業アルバムがあると思うんだけど』
「あー、あるある」
『一組の岡本って男子、見せてくれる?』
「うん」

 すぐに見つかった『岡本』という真面目そうな男子を、カメラに切り替えて写し出す。おれの知らないあかねの世界。なんか不思議な感じだ。……と、

『あー……、全然思い出せない』

 あかねが困ったように唸りだした。

「何? 再会したとかそういうやつ?」
『うん。向こうはよく覚えてるんだけど……全然思い出せないなあ。女の子は全員名前言える自信あるんだけどなあ』
「…………」

 あかねは子供の頃から女たらしだったらしい。

「写メる?」
『いらない。男の写真なんて一瞬でもフォルダーに入れたくない』
「……だよね」

 あかねは昔も今も男嫌いだ。

『人の記憶って不思議よねえ。その岡本と私、卒業式の委員を一緒にやったらしいんだけどね、その時の私のスピーチがすごく良かったらしくて、今でも思い出して感動するんだってさ』
「へえ……」
『私なんて、そのあと母親にダメだしされたことしか覚えてないのにね』
「………そっか」

 そう……人の記憶は様々だ。
 辛いことばかりだったおれの中学時代。唯一の光は「渋谷慶」だった。
 慶は、中学時代のことなんて、ほとんど覚えていない。高校時代の記憶も断片的だ。おれなんて思い出そうとすればいくらでも出てくるのに…

 なんて、思い出にひたりそうになったところで、あかねが『じゃ』と声をあげた。

『ありがとね』
「うん」
『さっさと仲直りしなさいよ?』
「分かってるよ……」

 はいはい、と言いながら電話を切る。そして切った画面を見ながら独りごちる。

「仲直りといわれても……」

 寝室も別々の今、今日はもう何もできない。


中編に続く。
 
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お読みくださりありがとうございました!
昨日の夜のお話でした。
昨日予定が急にキャンセルになり突然ぽかっと時間が空いたので、これ幸いと書きはじめたのですが、書き終われなかった……
これも運命、ということで、とりあえず書けたところまで!
続きは今度の金曜日にあげたいなあと思っております。

クリックしてくださった方、読みにきてくださった方、本当に本当にありがとうございます!続ける活力となっております。よろしければ今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


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「風のゆくえには」シリーズ目次1(1989年~2014年) → こちら
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コメント (4)
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