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BL小説・風のゆくえには〜雨の記憶(中編)

2020年10月16日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】


 翌朝………

 すごい幸せな気持ちがしながら目が覚めた。それもそのはず。

「…………慶」

 腕の中に慶がいる。慶を抱きしめた状態で目覚めるなんて、何ヶ月ぶりだろう……

「慶」

 心の中がぎゅうっとなりながら、抱きしめる腕に力をこめると、慶が「ん…」と身じろぎをした。そして、

「浩介」
「!」

 きゅっと抱きしめ返されて、幸せ過ぎて気を失いそうになる。ああ、なんて幸せ……

 と、思っていたら、

「……浩介」

 ボソッと慶が言った。

「…………ごめん」
「………………………………え」

 ごめん? ……あ、そうだ。喧嘩してたんだった!
 忘れてた、なんて言えるわけもなく、慌てて言葉を継ぐ。

「ううん。おれの方こそごめんね。誘われたら断われないよね」
「まあ……うん。それもなんだけど……」

 慶は言いにくそうに、おれの肩口にグリグリとおでこをつけると、

「元々……おれが帰りに電話したことから始まっただろ?お前のお迎え」
「え……あ、そう……だね」

 先月、雨が降っていた日の夜、慶から珍しく電話がかかってきたのだ。それで、おれが迎えに行くことにして……

「その後も甘えて迎えにきてもらってて……」
「それはおれが迎えにいきたくて行ってるんだから」
「それでも」

 慶の頭が「違う」というように揺れた。

「お前だって働いてんだからダメだろ。メシの用意だってしてもらってんのに、甘えてばっかで……」
「そんなの……」

 この会話……前にもしたことある。あれは二年前の年末、慶がおれがいなくなったのかと勘違いして……

 嫌な予感がして、指先が冷えてくる。

 そうだ……そもそも、先月、慶は何で電話をかけてきたんだろう? あの日……

『浩介……今、どこにいる?』

 今思えば、電話の向こうの慶は、何だか怯えるような声をしていた。

「もう家だよ!」

 元気よく答えると、慶はホッとしたように『そうか』と、息をついたので、「どうかした?」と聞いたら、

『雨が降ってて……』

と、小さく言ったのだ。だから、おれは「迎えに行くよ」って提案して……

(…………雨?

 雨。雨が降っててって……

「…………慶」

 まさか……まさか、慶。

「………雨が降ると、深い穴の中に落ちていく感じがするの……?」
「!」

 ビクッとした慶。

(ああ…………)

 ………正解だ。

 それこそ深い穴に落ちていく感覚が襲ってくる。

 あの日……雨が降っていた。
 おれが慶を置いて日本から逃げ出したあの日の朝も、雨が降っていたのだ。もう17年も前のことだけど、でも、慶はあの日のことを思い出すと、深い穴に落ちていく感覚に襲われると言っていて……

「慶……」
「…………」

 再びきゅっと抱きついてくる慶。落ちていかないように、抱きしめ返す。その柔らかい髪の毛をそっと撫でる。

「慶……大好きだよ」
「……ん」
「ずっとずっと一緒にいようね」
「……ん」

 小さく肯く慶の頭を撫で続ける。
 まさか、慶は雨が降る度に、あの時の記憶に支配されてしまうのだろうか? 今までそんな素振り見せたことないから気が付かなかったけど、まさか、17年以上ずっと? まさかそんな……

 頭の中がぐるぐるしたまま、頭を撫で続けていたら、

「……ほうれん草、朝食べるから」
「え……」

 突然の申し出に、ぐるぐるが止まった。
 ほうれん草?

「ごめんな。昨日、気が付かなかった。さっき気がついて」
「あ……うん」

 ほうれん草のお浸しを一人分ずつラップをかけて、冷蔵庫に入れていたことなんて、すっかり忘れていた。

「お前、もう行く準備しないとだな。朝食おれが準備するから」
「慶」
「先、顔洗ったりしてこい」
「慶、待って」

 出ていこうとする慶を抑え込む。慶は力が強いので本気を出されたら敵わない。大人しく残ったということは、まだいてもいいと思っている証拠だ。

「慶……」
「…………なんだ」

 なんて言えばいいんだろう。おれはどうしたら、どうしたらいいんだろう……

 引き止めたくせに、言葉が見つからず、また慶の頭を撫で続けていたら、慶の方からボソボソと話し始めてくれた。

「おれ、正直、迎えにきてもらって体が楽だった」
「え」
「それに、嬉しかった。一緒に出かけてるみたいで」
「だったら!」

 だったらやめなくてもいいじゃん、という言葉は、ぶんぶん頭を振って止められてしまった。

「そのせいで余計にメシ遅くなったり、お前が早起きするのは嫌だ」
「…………」
「運動不足も気になるしな。ジムにも行けてないし」
「…………」

 あかねに指摘された通りだな……
 でも、問題はそこではない。

「でも慶……」

 覚悟を決めて、言葉にする。

今週後半、雨の予報だよ」
「…………」
「…………」
「…………それは」

 大きなため息が聞こえてきた。

「別に雨が降ったら必ずなるわけじゃない」
「そうなの?」
「雨が降ってなくたって、なるときゃなる。ただ、雨が引き金になることがあるだけで」
「…………」
「だから、気にすんな」
「そんな……」

 気にすんなと言われても……

「なったらなったで、お前に連絡したりして、ちゃんとその都度、対処してる。だから大丈夫だ」
「…………」

 慶は冷静だ。さすがお医者さん、ということなんだろうか。でも……

「雨が降ったら心配だな……」
「あー……」

 慶は、あーあーあーと言いながら、おれの肩口にグリグリとおでこを押し付けると、

「クソ。だからバレたくなかったんだよ」

と、小さく言った。これ、本心だ。おれに心配かけたくなくて、慶はずっと、ずっと…………

「慶……ごめんね……」
「だから大丈夫だって」
「でも」
「でもじゃねーよ」

 イラッとしたように慶はいうと、今度は本当に腕の中から抜け出してしまった。

「とにかく、おれは大丈夫だから。遅刻するぞ?」
「うん……」
「早くしろ」
「うん……」

 台所に向かう慶の後ろ姿を見送りながら、おれは途方に暮れてしまった。
 

後編に続く

---


お読みくださりありがとうございました!

お、終わらなかった……
でも、ようやく「雨の日が苦手」という慶の秘密を浩介に知ってもらえた!
前々から、いつか話しなさいよ……と思っていたのです。ようやく、ようやくです。

しばらく時間取れないのでいつになるか分かりませんが、そのうち、解決編をお届けします。更新は火曜日もしくは金曜日です。

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コメント (4)
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