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BL小説・風のゆくえには〜40年記念だった(後編)

2023年07月25日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切
【浩介視点】


 いつかはなくなる……


 その恐怖から逃れられない。

 こうして慶と一緒に暮らせているのに。「おはよう」も「おやすみ」も、いただきますごちそうさまも、「ただいま「お帰りも、言えてるのに。

 この漠然とした不安感は何だろう。

(…………。暇なのかな)

 そんなことも思う。

 今、仕事が落ち着いている。

 そして、コロナが5類に移行したとはいえ、まだまだ用心して、友人たちとの集まりも控えている。

 なにより、今、慶がものすごく忙しくて、一緒にゆっくりのんびりする、ということもないから、一人の時間が多い。

(だからかな……)

 だから、余計なことを考えてしまうんだ。そうに違いない。
 そうだ。そんな暇があったら、慶をサポートすることを考えよう。

 何があるかな……。

 あ、きっとお昼休みもろくにないだろうから、お弁当を食べやすいように工夫しようかな。

(うん。ネットで調べてみよう)

 そうしよう。
 慶のことを思って、慶のために。
 そうすればきっと、この不安もなくなるに違いない。


 そう、思ったけれど……

 その漠然とした不安感はずっとまとわりついたままだった。

(慶には気づかれないようにしないと)

 心配をかけてはいけない。

 その一心で、細心の注意を払って慶と接していた。

 つもりだったのに。



「元気がない気がするのは、気のせいじゃないよな?」

 慶にズバリと言われてしまった。
 やっぱり慶にはかなわない。

 その美しい湖みたいな瞳は、真実のおれを映し出してしまう。

(ああ……きれいだな)

 吸い寄せられるように、唇を重ね……
 ふっと、初めてキスした時のことを思い出した。

 あの時……
 そうだ。あの時、小学生の時に一緒にバスケをした男の子が慶だったことを知った。そして、思ったのだ。

 この人はおれのすべてだ、と。



「……浩介」
「……っ」

 ゾクッとくる色っぽい声。温かい指先が頬を伝ってくる。

 キスからはじまる情事がこんなにも欲情的だってこと、すっかり忘れていた。
 以前はそれが当然で……、でも、この三年はずっと得られなくて。

 たぶん、慶もそう感じている。
 いつもの何倍も瞳にも声にも熱がこもっている。

「……慶」

 その欲情のまま抱き寄せ、ソファの横にひいた布団の上に押し倒した。コロナ禍になってから、寝室を別にしたため、おれはリビングに布団をひいて寝ているのだ。

 あらためて、唇に唇でそっと触れる。
 震えるほどの愛しい感触。

(……。このままここでしていいかな)

 ベッドに移動した方がいいかな……と思って、一瞬止まる。

 必要なものがベッド脇の棚の引き出しに入っているため、普段は、ベッドですることがほとんどなのだ。

(まあ……いっか)

 3年ぶりの柔らかい感触に、すぐに引き戻される。

(ダメって言われてももう止まらないけど……)

 頬を囲い、慶の完璧な容貌を見つめると、なぜか、ふっと、慶が笑った。

「………なに?」

 なんで笑ってるの? 

 聞くと、慶がまた、少し照れたように笑った。

「……いや」

 チュッと合わさる唇。

「おれ……お前のキスした後の顔見るの好きだったってこと、思い出して」
「え」

 キスした後の顔?

 おれ、どんな顔してるんだ?

 ハテナ?と思っていると、慶がえいっとばかりに起き上がり、あっさりと体勢を逆にしてきた。相変わらずの馬鹿力。

「なんかな…」

 慶の指先が官能的におれの唇をたどってくる。

「求められてるって感じがして、安心する」
「…………」

 安心……ってことは、普段は不安ってこと?

(…………不安)

 ドキリとする。
 最近のおれを纏っているのも「不安感」だ。慶の感じている不安とは違うけど……、というか、安心、というだけで、不安と思っているのとは違うのだろうけれど……

 それでも、ほんの少しであっても、その慶の不安、取り除きたい。

「慶……」
「うん」
「おれはいつでも慶のこと求めてるよ」
「…………そうか」

 ふっと、慶が目を細め、顔を寄せてきた。

「おれも、いつでもお前が欲しい」
「……っ」

 重なる唇。伝わってくる情熱。
 こんなにも、おれは求められている。

「……慶」
「うん」
「ずっと、一緒にいようね?」

 繋いだ手にぎゅっと力をこめて言うと、慶はまた、ふっと笑って、

「当たり前だ」

と、キスの続きをしてくれた。

 おれの不安を吸い込むように。



***



 翌朝……

 目覚めると、目の前に慶の完璧な白皙があって、とてつもない幸福感に包まれた。

 約3年ぶりの、ベッドの上での一緒の朝。

 昨晩、リビングの布団の上でコトに及んだのだけれども……
 久しぶりのキスで歯止めが効かなくなったというか……。結果、羽目を外しすぎて、周りも見えなくて、布団をかなり汚してしまって……。さすがにそこで寝るわけにはいかなくなって、ベッドで一緒に寝ることになったのだ。

「まあ……いいだろ」

 お互い、体調が少しでも悪いときとか、身近で感染者が出たとき以外は、もう一緒でもいいだろ。と、慶が言ってくれた。

 何かのタイミングで、一緒に寝ることを提案したいと思っていたけれど、まさかこんなタイミングで再開できるとは……

「…………おはよ」

 そっと額に口づけると、慶が柔らかく微笑んで、

「おはよう」

と、唇にキスをくれた。

(…………幸せすぎる)

 幸せすぎる……。
 くううっと声のない声が出てしまう。

「なあ………」

 つーっと、その温かい指がおれの頬をたどりながら、心配そうにこちらをのぞきこんできた。

「で、結局、お前の元気がない理由はなんなんだ?」
「…………」

 理由……

 は、不安感、だったけれども……
 なんか……今朝はそんなこと吹き飛んで充実してるんだけど……

 でも、そんなこと、説明できない……

「えーと………」

 分かりやすい説明……分かりやすい説明……

 あ。いいこと思いついた。

「えとね……」
「おお」
「バカバカしいって、思われるかもしれないんだけど……」
「おお」

 嘘はつきたくない。だから、はじめの話だけする。

「慶と小学3年生の時にはじめて会ってから、今年で40年記念だったの」
「え」

 きょとんとした慶。

「ええと……、あ、横浜開港記念日だったっけ。あれ?そういやもうとっくに過ぎてる?」
「うん。3週間ちょっと前。6月2日」
「うわ、ごめん。全然気が付かなかった。……え、もしかして、それで怒ってる……?」

 心配そうにこちらをのぞきこんできた慶。可愛すぎる。

「ううん。違うの。おれが勝手に思ってるだけだから全然。気にしないで」
「じゃあ、なんで……」

 眉を寄せた慶の額をそっとなぞる。

「えとね…、次の日、せっかくだから、あのバスケットゴールを見に行ったんだけど、なくなっちゃってて」
「あ……そうなんだ」
「それが残念だなあと思って……」
「…………そうか」

 そうか。そうか、そうか……と、何度も肯く慶。

「慶……なんか、嬉しそう?」
「あ……いや、もっと深刻なことかと思ってたから……」

 ……そりゃそうだ。
 と、おれも納得してしまったのだけれども、

「あ、いや、ごめん!寂しいよな?だよな!?」

 慌てたように手をぎゅーぎゅー握ってくれた慶。やっぱり可愛すぎる。

「いいよ、慶。無理しないで……」
「いや、無理はしてない。してないけど……」

 今度は、とんとん、と胸のあたりを叩かれた。

「お前がちゃんと覚えてるから、いいんじゃね?」
「え」
「今でも変わらず、ここにあるわけだろ? それって、なくなってないってことじゃねえか」
「…………」

 なくなってない……

「おれも、ほんのりだけど覚えてるし!」
「ほんのり……」

 ほんのり、なんだ……

「あ、いや……、うん!」

 慶は、誤魔化すように笑うと、バサッと布団をはいで、おれの上にまたがってきた。

「だから、なにもなくなってないから、元気だせってこと!」

 すっと、その綺麗な瞳が近づいてくる。

「な?」
「…………慶」

 チュッと軽いキスのあと、軽く噛まれる。愛おしくてたまらない、慶のキス。

「うん……元気でた」

 慶はいつでもおれに元気をくれる。
 40年前もそうだった。

 あの出会いが、おれのその後を変えた。

 あの日のバスケットゴールは、おれの心の中に存在している。

 だから、大丈夫。なくならない……

「……ありがと、慶」

 おれは慶がいてくれるから、大丈夫。





 
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お読みくださりありがとうございました!

長くなったー
翌朝前で切ろうかとも思ったのですが、さすがに4回に分ける内容じゃないでしょ……と思って。
長々とダラダラとした文章をここまでお読みくださり、本当にありがとうございました!!

いやー、キスすることは知ってたんですけど、まさか、これで一緒に寝られるようになるとは、びっくりだよ。
私的には、ベッドで一緒に寝ることを、浩介の誕生日(9月10日)のプレゼントにする?って思ってたんですけどねえ……

ちなみに、朝目覚めてキスされて(幸せすぎる)って2回あるのは、打ちミスではありません。マジで幸せすぎるからです!

ということで、
読みに来てくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます。
また今度!


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「風のゆくえには」シリーズ目次1(1989年~2014年) → こちら
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コメント (3)
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