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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係25

2018年12月11日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【享吾視点】


 合唱大会が終わって、1ヶ月経った。

 村上哲成とは、さらに仲良くなった気がする。家に行ってピアノを弾くのはもちろん、一緒に勉強をしたり、ファミコンをやったりするようにもなった。

 でも、松浦暁生の前では、あいかわらず、よそよそしくしている。
 はじめのうちはそれにムカついていたけれど、二人の秘密のサインを決めてからは、むしろ優越感に浸れるようになった。

(………またあとで、だ)

 松浦の隣を歩いている村上が、背中に手をつけて、グーパーグーとしている。これは『またあとで』のサイン。

 オレはこれから学級委員での作業があるので、終わり次第、村上の家に向かう予定だ。


「さっさと終わらせよう」

 同じ学級委員の西本ななえに言うと、西本はニコニコと、

「もしかして、テツ君と約束してる?」

と、言ってきた。鋭い……。西本は笑顔のまま、言葉を継いだ。

「享吾君、テツ君がかわいいって意味、分かってきたでしょ?」

 以前「テツ君のかわいさは、分かる人にだけ分かればいい」と言っていた話に繋がっているようだ。確かに、以前その話をされた時には、まったく意味が分からないと思ったけれど……

「分かってきた、というか……」

 うーん、と唸りながら、正直に答える。

「犬とか猫みたいな……」
「あー、分かる分かる! つい撫でたくなっちゃう感じね!」
「そうそう」

 肯くと、西本は手を叩いてはしゃいだ声を上げた。……かと思ったら、今度はため息をついた。なんなんだ。

「いいなあ、享吾君。羨ましい」
「は?」

 うらやましい?

 意味が分からず眉を寄せると、西本はポツポツと話しだした。

 西本と村上哲成は、小学校1、2年生と5、6年生で同じクラスだったそうだ。一年生になったばかりの時は、みんな男女関係なく仲が良かったので、西本は、小さくて可愛い村上哲成のことを撫でまわしてかわいがっていたそうだ。でも、歳を重ねるごとに、男女の区別化が進み、そういう行動は慎まなくてはならなくなり……

「気にせずテツ君を撫でられる享吾君と松浦君が羨ましい。私もテツ君の頭撫でたいのに」
「撫でればいいだろ」

 言うと、西本は眉をよせた。

「彼女でもないのに出来るわけないでしょ」
「じゃ、彼女になれば?」
「は?」

 ますます眉を寄せてから、西本は「何言ってんの」とムッとして、それから………小さく、小さく付け足した。

「なれるもんならなりたいよ」

 ……………え?

「なりたいって……」

 冗談かと思って笑おうとしたけれど、思いの外、真剣な顔だったので言葉を止めた。西本……

「え……、西本って、村上のこと……」

 本気で好き、とか?

「…………」
「…………」

 西本は肯定も否定もせず、視線をそらすと、書類の続きを書きはじめた。その横顔は、妙に大人びて美しくて……

(……こういう子が村上のことを抱きしめることもありうるんだな)

 ふっとその光景が目に浮かび……

 …………。

 …………。

 …………。

 なんだろう。腹のあたりがモヤモヤする。このことは考えたくない。


「………。西本は、志望校……」

 嫌悪感から逃げるために話を変えると、西本もいつもの落ちついた表情に戻って答えてくれた。

「T学園。本当は白浜高校行きたかったんだけど、親がどうしてもT学園っていうからさ」
「T学園……」

 毎年、東大合格者を二桁出す私立の進学校だ。白浜高校よりも若干偏差値が高いけれど、学年トップの西本ならば難なく合格するだろう。

「享吾君は? 白高?」
「いや……まだ、決めてない」
「そう」

 西本はなぜか、パンと手を叩いた。

「白高、いけばいいのに。いけるんでしょ? 『できるのにやらないのはズル』だよ?」
「それ……」

 できるのにやらないのはズル、というのは、村上哲成がよく言うセリフだ。村上に背中を押されて、オレは何度、本気を出すことになっただろう。でも………

「…………親は花島高校に行かせたいみたいで」
「ああ、余裕のあるレベルの高校でトップをキープして、大学の指定校推薦狙うとか、そういうこと?」
「……たぶん」

 母親が学区トップ校に行ってほしくないと思っているから、なんて変な理由を言えるわけもなく、適当に肯くと、

「享吾君、自分が納得する学校受けた方が良いよ?」

 西本は軽く手を振って言った。

「なんか、松浦君も悩んでるみたいだけど」
「松浦?」

 村上哲成の親友の松浦暁生は、野球の特別推薦で私立高校への進学が決まっているはず。それを今さら、悩む?

「松浦君もあれで色々ある人だからねえ……」
「…………」

 松浦の裏の顔を、西本も知っているのだろうか?

(………まあ、何でもいいけど)

 とにかくオレは、松浦とは関わりたくない。


 なんて思っていたのに、この数日後、オレは松浦から思いきり殴られることになる。




------

お読みくださりありがとうございました!

今回、なぜか保存が出来ていなくて、1/3くらい飛びました……
実はこういうこと、この「2つの円の………」を書きはじめてから、3回目になります。パソコンの調子が悪いのかなあ?
でも、前回も前々回も、「書き直して良かった!」となったので、今回も、これじゃダメよーと神様が教えてくれたのかな……と思うことにして、書き直し……
なんだか短くなりましたが、これでいいのだ!と思うことにして………

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係24

2018年12月07日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】

 たぶん、おそらく、きっと、オレは恋愛とかそういうことに関して、遅れているのだと思う。
 クラスの男子が喜んで見ている露出度の高い女の写真を見せられても、気マズイだけだし、男女間の具体的な写真にいたっては、正直「気持ち悪い」と思ってしまう。

 なんて、誰にも話したことのない話を、村上享吾に話してしまったのは、今、奴が弾いているピアノの音が、母の音と似ているからかもしれない。

「それは、女性を神聖視しているとか、そういうことか?」
「あー、なるほど。それはあるかもしれない」

 ピアノの椅子に並んで座っていると、くっついている右側が温かくて、安心する。

「キョーゴは?彼女とか」
「いない」
「好きな女子とか」
「いない」
「前の中学でも?」
「いない」

 即答だ。

「興味は……」
「ない」

 あっさりしてる。村上享吾は、背も高いし顔もいいのに、地味でモテない、と前に誰かが言ってたな……

(暁生は………モテるんだよな)

 しょっちゅう女子から告白されている。何回かデートをした話は聞いたことあるけれど、特定の彼女はオレの知る限りいなかった。

(でも今は、あの高校生が彼女かもしれないな)

 そして、今日もオレの部屋でそういうことをしていたかもしれない、と思うと吐き気がしてくる。部屋に入りたくない……

「………キョーゴ」
「なんだ?」
「うん………」

 村上享吾は右手だけで、小さく綺麗な音を奏でている。不思議なことに、村上享吾は色々な音色を出すことができるのだ。

「その音……母ちゃんの音と似てる。キラキラしてる音」
「そうか?」
「うん。どうやってんの?」
「ああ、これは……」

 村上享吾は曲を止めて、ちょっとだけ右の腕を下げた。

「いつもはこのくらいの腕の位置で弾くんだけど、こういう音出したい時は、腕を少し上げて、指を立て気味にして、少しはじく感じに弾く」
「ふーん……」

 オレも真似をしようと鍵盤の上に右手をおくと、手首を掴まれた。

「手首には力入れない。指先だけ固くする」
「えー無理ー」
「手首持っててやるから、そのままポンって」
「えーと………ポンっポンっ」

 掴まれたまま、鍵盤を弾いてみる。……と、なぜか村上享吾がクスクス笑いだした。人が真剣にやってるのに何だよ!

「何だよ?」
「いや………」

 手首から手を離され、その手で頭をくしゃくしゃと撫でられた。また、無条件に『嬉しい』って気持ちがきて、少し戸惑う。

「何笑ってんだよ!」

 戸惑いを隠すために、思いきり叫ぶと、村上享吾は肩を震わせながら、言った。

「いや……口でポンって言ってるのがおかしくて」

 は!?

「お前が言えっていったんだろ!」
「言えとは言ってない。そう弾けって言っただけだ」

 クククククと笑い続ける村上享吾。何だよ馬鹿にして!

「紛らわしい!言えって意味かと思った!」
「どんな勘違いだよ」

 ホント、お前おもしろいよな。

 そう言って、村上享吾はまた、ポンポンと頭を撫でてきた。

「………っ」

 また、条件反射的に『嬉しい』がくる。これは反則だ!

「あのさあっ」
「なんだ」

 まだ笑ったままの村上享吾に、口を尖らせて言ってやる。

「その頭撫でるのは、戦意喪失させるための技か?」
「は?」
「オレ、お前に頭撫でられると、怒ってても怒れなくなるっ」
「…………」
「…………」
「…………」

 しばらくの沈黙のあと、村上享吾はボソッと言った。

「撫でたくなるような頭してるお前が悪い」
「は?!」

 オレのせい?!

「なんでオレのせい……」
「ついでに言うと」
「え」

 ふいに立ち上がった村上享吾。そして、なぜか腕を掴まれ、立ち上がらさせられ……

「!」

 ぎゅーっと、抱きしめられた。驚きのあまり一瞬息が止まった。でも、あたたかい腕が気持ちよくてすぐに息を吐いた。前に抱きしめられた時も、こんな風に温かくて安心できて……

 と、思ったら、すぐに開放されてしまった。見上げると、村上享吾はムッとした表情をしている。

「なに……」
「お前が悪い」
「は?」

 再度の言いがかりに眉を寄せてしまう。だから何が悪いって?

「抱きしめたくなる顔をしたお前が悪い」
「………は?!」

 なんだそれは!

「なんでオレが悪いんだよ!」
「嫌ならオレにそんな顔見せるな」
「はああ?!」

 意味が分からない。

「どんな顔だよ!つか、別に嫌じゃねーし!むしろ嬉しいし!」
「え」
「え」

 思わず出た言葉に自分でも「あ」と思う。村上享吾も目を見開いている。

「………嬉しい?」
「…………」
「…………」
「…………」

 嬉しい……のは確かだ。心の奥の方までぽかぽかしてくる。

 コクリ、と肯くと、村上享吾は「ふーん」と言って…………

「だったら今まで我慢して損した」
「我慢?」
「そう」

 ふわり、と今度は優しく抱きしめられた。抱きしめながら、頭を撫でてくれる。

「なんか……理由もないのにこういうことするのは、男同士なのにどうかなあと思って」
「あーなるほど」

 オレもゆっくりと、村上享吾の背中に手を回して、きゅっと力を入れてみる。伝わってくる体温が、頬に当たる固い胸が、気持ちいい。

「むしろ、男同士だったらOKじゃね? 相手が女子の方が問題ある気がする」
「確かに」
「だよな」
「だな」

 クククとまた村上享吾が笑いだした。

「村上……お前、ホント変な奴だよな」
「なんだよそれ」
「お前といると調子狂う」
「調子?」

 なんだそれ?

「調子?」
「そう」

 なんかよくわかんないけど……

「それは嫌ってことか?」
「そうじゃなくて……」
「…………」
「…………」

 言いにくそうに、村上享吾はポツンと言った。

「お前と一緒にいると……自分を隠せなくなる」
「…………」

 確かに、村上享吾はオレの前では、わりと素直に笑ったりするけど……それって。

「それって、つまり、それだけオレ達が『仲良し』ってことだろ?」
「…………」
「…………」
「…………そうだな」
「そうだぞ?」

 飽きもせず頭を撫で続けてくる村上享吾を見上げる。

「オレはお前と一緒にいるの、すっごく楽しいぞ?」
「……そうか」

 村上享吾の目元がふっと和らいだ。途端に、キュッと心臓のあたりが締めつけられる。

 やっぱり、こいつの側は居心地がいい。

「な……キョーゴ」

 本当はこういうこと言ってはいけないんだろうけど、我慢できずに言ってしまった。

「一緒に、白浜高校、行かないか?」




【享吾視点】


「一緒に、白浜高校、行かないか?」

 そう、村上に言われて、ぐらっと心が揺らいだのが自分でも分かった。

「キョーゴ、白高受けられるだけの内申点あるよな?ア・テストも足りてるよな?こないだの模試も良かったよな?」
「…………」

 内申はギリギリ。ア・テストは足りてる。模試の偏差値は合格圏内ではあった。でも、目立つことを嫌う母は、オレが学区トップ校にいくことを良く思わない。ただでさえ、オレが松浦を殴ったことで、母は今、神経を磨り減らしている。だからオレは学区2番の高校を志望しようと思っているけれど……

 なんてことは言えるわけもなく、返事はせずに、村上の頭から手を下ろした。

「…………。村上は白高以外考えてないのか?」
「………………………うん」

 村上はストンとイスに座ると、再びポーンポーンと鍵盤を小さく叩きはじめた。

「白高の体育祭がすごく楽しかったっていうのもあるんだけど……、本当は、ただ単に、学区トップ校に行きたいって気持ちが強くて」
「…………」

 村上の視線がスッと母親の写真に移った。

「母ちゃんが入院してすぐの時、オレ、漢字の進級テストにはじめて落ちちゃってさ」
「進級テスト?」
「小学校の時、合格すると次の級に進めるっていうテストが毎週あったんだよ」

 ポーンポーンと音は続いている。

「オレがはじめて落ちたから、母ちゃん、自分のせいだってものすごく気にしちゃって」
「…………」
「だからオレ、もう絶対に落ちないって決めたんだよ。どんなことでも、母ちゃんのせいには絶対にしたくなくて」
「…………」
「だから、母ちゃんのためにも、学区で一番頭の良い高校に入りたくて」

 ぐっと唇をかみしめている村上……

「………そうか」
「うん」

 隣に座り、先ほどしていたように、手首を持ってやる。少しだけ、音に固さがなくなってきた。

「村上なら受かるだろ」
「まあ……うん。当日風邪引いたりしなければ大丈夫、だとは思う」
「そうだな」
「…………」
「…………」

 ポーン、ポーン……。良い音だ。

(白浜高校……)

 そこに行けば、村上と一緒に通える。

(松浦暁生は、いない)

 松浦は私立N高に推薦が決まっているのだ。………なんて、それを真っ先に考えてしまうあたり、松浦を意識している自分を認めざるをえない。

 実は、村上を抱きしめるのを我慢していたのは、「男同士だから」という理由もあるけれど、それよりも何よりも、松浦の存在のせいでもあった。村上にはいわなかったけれど……、村上の「一番」である松浦を差し置いて、オレがそういうことをすることを、村上が良く思わないだろうと思ったのだ。

(でも、嬉しいって……)

 村上が「嬉しい」と言ったことにホッとした。オレはそこまで近づいてもいいらしい。

 自分でも村上に対する感情はよく分からない。でも、一つ分かっていることは、村上にはいつでも笑っていてほしい、ということだ。

 村上は先ほど、男女間の性的なことに拒否反応があると言っていた。それなのに、松浦は、村上の「親友」という立場を利用して、村上の家をラブホテル代わりにしているらしい。今日、村上の様子がおかしかったのも、それが関係しているのだろう。「親友」と言っておきながら、村上を傷つけている松浦がムカついてしょうがない。

(あんな奴より、オレのほうが…………)

 でも、村上の一番は松浦。だから、でも……

(白浜高校に行ったら、そうしたら、そうしたら………)

 …………。

 …………。

 そうしたら、何だってんだ? 何言ってんだ? オレ。

 最近、自分でもよく分からない感情に支配されることが多くて、困る。


「なー、キョーゴ。あれ弾いて、あれ」
「あれってなんだよ?」
「ちゃ、ちゃーちゃーってやつ」
「ドビュッシーの月の光、な? お前いい加減、曲名覚えろ」
「えーいいじゃん。キョーゴ、これで分かってくれるんだから」
「…………」

 二カッと笑った村上。ああ、ほら、その顔。抱きしめたくなる。そんな顔したお前が悪い。だから、遠慮なく……

「……そうだな」
「だろ」

 ぎゅっと一瞬だけ抱きしめて、それから楽譜を開く。村上の母親の書き込みのある楽譜。村上のお気に入りの曲の一つ。

 静かにはじまる綺麗な響き……

 村上哲成の隣は、居心地がいい。



------

お読みくださりありがとうございました!

作中、まだ1989年のため、神奈川県の高校受験は、ア・テストのある神奈川方式です。
それから、前回書き忘れましたが、横浜市立の中学校は、当時も今も給食ではなくお弁当です。
続きは火曜日に。お付き合いいただけると嬉しいです!

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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係23

2018年12月04日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【哲成視点】


『オレは、仲良しのつもりはない』

と、村上享吾に言われて、自分でもビックリするくらい、落ち込んだ。その落ち込みの波は、ジワジワと広がって、昼休みには弁当を食べる気にもなれなくて、机に突っ伏してしまうくらい大きくなった。

(仲良しのつもりはないって………)

 オレは結構仲良しのつもりだったのにな……。
 村上享吾はオレの前では笑ったり、弱音を吐いたりしていたし、オレも奴の前では素になれていたし、それに……

(抱きしめて、くれたのに……)

 思い出して、胸がぎゅっとなる。
 オレが辛かった時、奴は優しく抱きしめてくれた。奴が辛そうな時、オレが手を握ってやると、奴は安心したような顔になった。

(それでも……)

 それでも仲良しじゃないのかよ? そんなのアリかよ? あれはなんだったんだよ?

 恨めしく思いながら、机に頬をつけたまま村上享吾を睨んでいたら、奴ははじめは無視していたけれど、しばらくして観念したように、こちらにやってきた。

「なんだよ、ずっとこっち見て。何か用か?」
「………………別に」

 ムッと口を尖らせて返すと、村上享吾はちょっと笑って、ポンポンと頭を撫でてきた。反射的に「嬉しい」と思ってしまって、ますますムーッとしてしまう。

「やっぱりさあ」
「なんだ?」

 笑いをこらえた村上享吾。ほら、やっぱりオレの前ではこういう顔するんじゃないかよ。だから、やっぱり……

「やっぱり、オレたち仲良しだと思う」

 ムクッと顔を上げて断言してやる。

「絶対、仲良しだろ」
「は?」

 途端に眉を寄せた村上享吾に、ビシッと人指し指を突き立ててやる。

「オレたちは、仲良し、だ」
「………………」
「………………」
「………………」

 村上享吾は、呆気にとられたような顔をしていたけれど………

「………………バーカ」

 小さく笑って、また、ポンポンと頭を撫でてくれた。胸のあたりがポカポカ温かくなってくる。

 ほら、やっぱり。オレたちは仲良しだ。



 ………とは言っても。

 村上享吾が松浦暁生を殴ったという事実は変えようがない。

 本来ならば、親友を殴った村上享吾に対して怒るべきなのかもしれないけれど、どうしても怒る気になれない。絶対に正当な理由があると思うからだ。

 でも、そんなこと、村上享吾を嫌っている暁生には、言えるわけがない。村上享吾と仲良くしているところも、絶対に見られるわけにはいかない。

「テツ?帰るぞ?」
「………うん」

 放課後、うちの教室の前で待ってくれていた暁生に声をかけられ、村上享吾に手を振るのを我慢して、目の前を素通りすぎた。奴も何も言わず、こちらを見もしなかった。

(なんだかなあ……)

 モヤモヤする。でも、暁生と親友を続けるためにはこうするしかなくて……

 最近、オレに対する態度が変だった暁生は、村上享吾が自宅謹慎で休んでから、以前の優しい暁生に戻ってくれた。だから、また変になられるのは嫌だから、だから、だから……


 いつもの帰り道。小学生のときからずっとしてきたように、今日の学校での出来事とか昨日のテレビのこととかを話しながら歩いていた。いつものように。だから、

(やっぱり、いつもの暁生に戻ってくれた)

 なんて安心していたのだけれども……

「ああ、そうだ。テツの家、明日使わせてもらってもいいか?」
「え」

 あっさりと、テレビの話の続きのように言われて、背中がヒヤリとなった。でも、暁生はいつもの笑顔を浮かべている。

(…………。オレの部屋、使うなって言ったら、また怒るのかな)

 あの時の暁生の冷たい目を思い出して怖くなる。それに……

(言っても、どうせ使うんだろうな。それで例の高校生マネージャーと……)

 ドア越しに聞こえてきた女の喘ぎ声を思い出して、吐き気がしてくる。でも、必死に、それを飲み込む。オレが我慢すればいいだけの話だ。オレが我慢すればいい。我慢すれば……

「……うん。明日は田所さんもこない日だし、オレも塾だし、大丈夫だぞ」
「おお。サンキューな」

 ポンッと頭に手をのせられた。昔から何度もされてきた仕草。それなのに。

(……こわい)
 反射的に、そう思ってしまった。昼休みに村上享吾にされたときは「嬉しい」ってなったのに。

(でも……でも)
 暁生はオレの親友。オレのヒーロー。オレをずっと助けてくれてた。だから……だから。だから、だから……

(………助けて)

 叫びだしそうになり、ぐっと手を握りしめた。そうしたら、なぜか、村上享吾の手の温もりを思い出して、少しだけ、落ち着いた。




【享吾視点】


『オレたちは、仲良し、だ』

 そう断言されて、笑ってしまった。村上哲成のクルクルした瞳も、よく変わる豊かな表情も、ニカッとした笑顔も、見ているとどうしても、笑ってしまう。どうしても、胸の奥の方が温かくなる。どうしても、頭を撫でたくなる。抱きしめたくなる。

(ペットとか、ぬいぐるみとか?)

 そんな感覚だろうか。自分でもよく分からない。分からないけれど、とにかく、村上が嫌な思いをすることが嫌だ、と思う。だから、松浦の前ではオレと話さないというなら、それはそれでいいと思う。しょうがないことだと思う。思うけど……

(正直、面白くはない)

 だから、塾で隣の席なのは良かった。ここでは絶対に松浦の目に触れることはないので、安心して村上と話せる。けれども……

(また、元気がない)

 村上はため息ばかりついている。また、松浦と何かあったんだろう……


「…………キョーゴ」
「なんだ?」

 塾の帰り際、案の定、オレの洋服の裾を引っ張ってきた村上。

「今日の帰り、うち寄ってって」
「いいけど……」

 また、ピアノか?

 そう聞くと、村上は下を向いたまま小さく首を振った。

「ピアノも聴きたいけど……それは2番目の理由」
「2番目?」

 って、なんだ? じゃ、一番目は?

「うん………」

 村上はオレのシャツの裾をぎゅっと掴んだまま、ゆっくりと顔をあげた。

 泣きそうな………瞳。

「一番目の理由はさ」
「……………」
「ただ……もうちょっと、キョーゴと一緒にいたい」
「……………」

 ……………。そんな顔をされて、NOと言えるわけがない。

「…………分かった」

 返事と一緒にポンポンと頭を撫でると、村上はふにゃりと笑った。

(ああ……………)

 抱きしめたい。

 けど、そんなことは、しない。

 

 
------

お読みくださりありがとうございました!
続きは金曜日に。お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです。

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