HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

空へ伸びる街。

2020-02-05 04:55:08 | Weblog
 筆者が生活する福岡市の都心部では、天神の交差点から半径500m圏内で、高さ規制や容積率が緩和され、いくつもの古いビルが建て替えられようとしている。それらの再開発事業を総称して「天神ビッグバン」と呼び、2024年が緩和期限となる。計画では事業完了までに30棟の建て替えを誘導し、延べ床面積は今の約1.7倍、雇用数は約2.4倍で、年間で約8500億円の経済効果を目指すものだ。福岡市の人口そのものが増えていることもあるが、天神地区はさらにその受け皿となるビジネスでも、拡大の一途を続けることになる。

 もともと、福岡市では戦前に軍事用の「板付(席田)飛行場」が作られ、戦後は一時米軍に接収されたものの、「福岡空港」として整備されて供用がスタートした。空港は市内のほぼ中央に位置するため、アクセスは日本一抜群なのだが、航空法上の「高さ制限」から市街地の天神や博多駅では高層ビルが建てられなかった。そんな話をまわりにすると、「飛行機は天神の上空を飛んでいない」と、反論された御仁もいる。まあ、法律の適用範囲や航空管制の知識がなければ、そう思われるのも仕方ない。



 ただ、冷静になって考えてみると、時速何百キロで飛ぶ航空機が市内のど真ん中にある空港を離着陸しているのだ。飛行経路は予め決まっていても、その時の天候や風向きにも左右されるし、管制塔の指示もある。何らかの原因で空港への進入角度が数度でもズレると、天神や博多駅の上空をすり抜けるケースも出て来る。一度でも福岡空港を利用された方ならご存知だと思うが、空港に接する北側や西側のエリアには事業所ビルや店舗、倉庫、一般住宅、学校、マンションが密集する。おそらく昼間の人口集積では沖縄・普天間基地周辺の比ではないだろう。もし、気象や災害、あるいは機体の欠陥、離陸失敗、操縦ミスなどで航空機が墜落すれば、大惨事を招きかねないのが福岡なのだ。

 航空法では航空機の旋回飛行や離発着の安全を図るために、空港周辺の建物の屋上からはみ出る高さの構造物(屋外看板など)、植物、その他については、設置、植栽、留置することが禁止されている。福岡市は空港からの距離に応じた「すりばち状」で制限する高さを決めており、高さ制限[H]当該地の標高[GL]+実際の建物の高さ[h]で計算される。これによると、天神地区はH=GL+65~75m、博多駅地区はH=GL+50mと決められている。つまり、天神では75m以上の建物は建てられない。(一応、緩和承認という特例があり、福岡市役所は高さ76.1mにはなっているが)

 天神ビッグバンは、アベノミクスが第3の矢とした「グローバル創業・雇用創出特区」により、天神地区が航空法の高さ制限の特例承認を獲得したため、福岡市独自の容積率緩和(ビルの低層階にテナントを誘致する他、歩道拡張といった条件をクリアすれば、上限800%だった容積率に400%を加えた最大1200%となる)を行い、都市機能の大幅な向上と増床を図っていくものだ。また、市では雇用創出に対する立地交付金制度を活用し、創業支援、本社機能誘致などハード・ソフト両面を組み合わせることで、事業を進めていくとしている。



 では、建て替えられる主要な物件を見てみよう。旧UFJ銀行の福岡支店ビルと隣の西日本ビル跡地には2021年9月に地上16階、地下2階の「天神ビジネスセンター(仮称)」が完成する。14年に廃校になった旧大名小学校のグランドには、22年12月に米系のホテル「ザ・リッツカールトン」をはじめ、オフィス、公共施設、イベントホールなどが入る25階建てのビルが建つ。天神交差点角に立つ地場鉄道会社本社の「福岡ビル」、南隣のSC「天神コア」と同「天神ビブレ」は一体開発され、また隣の「天神イムズ」も解体されて、ぞれぞれ24年に新しいビルに生まれ変わる。再開発の対象となる建物は合計で11にも及ぶのだ。

 ファッション関連の施設では天神コアや天神イムズが対象となっているが、商業施設全体がネット通販の影響を受けていることを考えると、新たにつくられる施設はリアルにお客を呼べるSCの試金石になる。特に天神はわずか数百メートル圏内に国内外のブランドのほぼすべてが揃う買い物環境が良い好立地。ショッピングから食事、観劇までの回遊が容易で、モノからコトまでを一カ所で楽しめるのだ。その一角が来年の夏以降、閉館するのだから、集客力の減退が懸念されるのは言うまでもない。

 こうした課題に対し、官民でつくる「We Love 天神協議会」は今春、天神の公開空地(公共空間)を活用して集客イベントを開催する。毎年春、天神や博多駅では福岡アジアファッション拠点推進会議の主催で、「ファッションウィーク福岡」が開催されている。今年は3月6日から29日までだ。 企画内容は各商業施設のイベント、福岡土産のキュレーションポップアップショップ、外国人向けの免税キャンペーン、そしてFACo(福岡アジアコレクション)と、例年と大して変わり映えはしない。

 We Love 天神協議会が開催する集客イベントは天神に限ったものだが、客寄せのイベントは博多駅地区を加えて、通年でファッション以外を含め何らかものが開催されている。ショッピングやグルメなどでわざわざ天神に行くメリットがあれば別だが、集客減に歯止めをかけるという程度ものでは、特に目新しいとは思えない。要はお客を呼んで、カネを落としてもらう内容にできるかである。

家賃や売上げ歩率で稼ぐ?

 話を天神ビッグバンに戻そう。こちらも肝心なのは再開発が完了した後に展開される新規ビジネスだ。本当に約2.4倍の雇用拡大が進むのか。年間で約8500億円の経済効果を生むのか。ハード面の整備はあくまで手段に過ぎないわけで、ビジネスを拡大成長させることができなければ、事業の意味は無い。

 その前提として動いているのが「スタートアップカフェによる創業支援」。福岡市は2017年4月、大名小学校の旧校舎を活用してスタートアップを支援する「Fukuoka Growth Next(FGN)」を開設した。スタートアップカフェはその1階に入居し、各起業家はビジネスの 研究・開発、創業に向けた準備を行いながら、ノウハウ支援のセミナーなども受講している。小学校のグランド部分ではこれから25階建てのビル建設が始まるが、校舎はそのまま残されスタートアップカフェは継続される。

 昨年10月末には、FGNに参画する「福岡地所」が東京の「ABBALab」と共同でベンチャーキャピタルを設立。eスポーツ関連のRATELや家具デザインのWAAKなど、FGNに入居する5社を含む14社への投資を決定した。高島宗一郎福岡市長も市の成長と市民生活の質の向上が互いに好循環を生み出す上で、「支店都市経済からの脱却」という長期的な戦略目標を掲げる。大企業の庇護に頼らない福岡発祥のビジネス、新興企業の出現を目論んでいるのだ。

 アパレルに関してはなかなか創業しようという動きがない。というか、福岡は中国や東南アジアが近いことから、どうしてもローコスト生産のよる低価格品の卸しビジネスが主力としか見られない。それらは競合相手が乱立して企業の新陳代謝も激しい。ベンチャーキャピタルなどの投資案件の俎上に上がるのは容易ではないのだ。

 筆者は仕事柄、過去に地場企業の幹部から相談を受けたことがある。口頭では「安い商品を作って売るだけではもう限界ですよ」とは答えたものの、その場で具体的なプランを見せたわけではない。折りをみて「ミニマルなデザインでアイテムを絞り込む反面、原価率を上げてクオリティをアップし、現状の量産・低価格商品に飽き足りない層を確実に攻略する商品」という具体案を考えた。試しにサンプルを作ってプレゼンまで行ったが、相談を受けた企業ですら事業化には踏み出せなかった。

 企業側も朧げながらに低価格だけではこれからの市場攻略は難しいとはわかっていても、ビジネスを軌道に乗せられるかについては疑心暗鬼で、先行投資にも二の足を踏んでしまう。ベンチャーキャピタルの出資を受けるにしても、アパレルでは「ユニバーサル」「介護」「サスティナブル」など時代性をもつ要素が盛り込まれなければ、信頼されないようである。

 ただ、FGNが投資した14社がこれから順調に成長できるかの保証はない。また、天神ビッグバンで増える延べ床面積もほとんどをオフィスや商業施設、ホテルが占める以上、家賃や売上げ歩率、宿泊料で稼ぐという構造は従来と大差ない。それらを払える先進的なビジネスが生まれて、福岡が大きく変わるかどうかは不確かなのである。

 東京の渋谷などで行われている再開発を見てもよくわかる。商業・文化施設をリニューアルし、物販・サービスのテナントを誘致するだけでは限界があるため、オフィスや文化施設を抱き合わせた開発になっている。2012年に開業した渋谷ヒカリエにはDeNAやLINEといった大手IT企業が入居したが、LINEは2017年にフロアのスペースから新宿に引っ越している。

 そのため、ヒカリエ以降に建設される大型ビルは広いフロアを持ち、オフィス不足を解消しようとしている。これが東京・渋谷の実態だが、福岡・天神が同じ次元にいくとは思えない。東京は六本木ヒルズなども含めて、再開発ビルに入るオフィスの賃料がべらぼうに高い。福岡でも建設投資を回収するには家賃を高めに設定しないと、ペイしないだろう。DeNAやLINEのように画期的なビジネスで高収益を上げる企業が出現すればいいが、そうでなければ再開発ビルの稼ぎ頭は大家に入る家賃や売上げ歩率という不動産ビジネスになってしまう。

蠢く創業支援ビジネス



 創業支援については民間企業も乗り出している。アクロス福岡の1階、ジョルジオとエンポリオ・アルマーニの福岡店が撤退した後、「ファビット・グローバル・ゲートウェイ・アクロス福岡」が開業した。東京・大手町に本社を置く民間企業のファビットが福岡でもスタートした創業支援の拠点だ。もともと福岡県庁があった場所で、天神1丁目1-1という魅力ある地番と、オープンオフィスや個室にインテリジェント機能や会議室、レジストレーションなどのサービスを付帯し、入居する起業家を募集中だ。

 しかし、如何せん家賃、使用料などの固定費が高い。フリーの個人席(テーブルと椅子)が月額2万8000円、2名用の個室で同16万円から。初期費用個人2万円、法人4万円、住所登記月1万円、郵便サービス同1000円、ロッカー同3000円。起業計画の段階では、収益は生まないのだから、その分の原資は起業家自ら準備するか、クラウドファンディングなどで集めるしか無い。まさか生産性がないのに運転資金やランニングコストをベンチャーキャピタルが出資して起業が実現しなければ、全く本末転倒である。

 ただ、雇用創出に対する立地交付金制度や創業支援に公金が動けば、それを当てにしてファビットのような不動産事業者が蠢くのも確かである。一方で、創業支援の陰では、こんな痛ましい事件も発生している。セミナーで講演したIT講師が複数のユーザーに誹謗中傷のコメントを送る人物に逆恨みされ、スタートアップカフェのトイレで刺殺されたのだ。

 講師はインターネットセキュリティ会社に務める社員で、仕事の延長線上で誹謗中傷する人物のアカウントを凍結させる対処法を公開していたようだ。だが、リアルな身の安全は守られることなく自らの命がかくも簡単に奪われる現実を見せつけられた。もちろん、犯人の行為は決して許されるものではない。だが、福岡市が起業率の向上に躍起になるあまりに、東京から呼ばれた講師などが潤う一方、犯人のように国立大学を卒業してもまともに職につかない人間がいるネット社会の歪みを晒したのも事実だ。

 福岡はバブルが崩壊しても、日本一元気な街と言われた。それはニューヨークでも注目され、地元出身者としてはとても誇らしかった。これからさらに中心部天神が拡大成長することに異論を挟むつもりはない。ただ、それにはそこで日々を過ごす人々が並行して心の豊かさを持てることが欠かせない。言い換えれば、仕事を心から楽しめるかである。その意味では、アパレルという業種もその方向にシフトする時期ではないかと思う。従来の福岡はブランドを持ってきて売ることが主流だったが、ネット時代の今はその価値も薄れている。

 若いクリエーターは資金がないのが当然だから、それこそ廃校などの活用する手もあり得る。それについては、東京台東区の旧小島小学校で行われている「ファッションデザイン関連創業支援施設 台東デザイナーズビレッジ」(http://designers-village.com/)が参考になると思う。起業を夢見るデザイナーの卵や創業5年以内の若手起業家が校舎内の教室を自分のアトリエとして格安で利用できるものだ。入居期限は原則3年間だが、2年での卒業を目標とし、1年ごとに更新のための審査が行われる。

 現在、靴からバッグ、帽子、ジュエリー、アパレルまで、19のブランドが入居。平成18年度から31年度までに91社が卒業し、あるものは自分のブランドショップを持ち、あるものはメーカーや卸として商品の販路を拡大中だ。何もカネをかけて新しいビルを建設するばかりがいいとは思わない。福岡は地方都市だからこそ、世界に羽ばたくローカルアパレルが出現してもいいはずだ。空へ伸びる街の一角で、心を豊かにできるビジネス構想。筆者も業界人の端くれとして、ビジネス孵化の下地になるようなことが続けていければと思っている。
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