2007年発行の「双体道祖神調査資料大成」では日本全体で8505体の道祖神が記録され、その道祖神のほとんどが関東、甲信越にあるとわかったが、それら23都府県以外の道祖神の存在が確認されなかった、24道県に建立されなかった要素とは何なのか、建立されなかったとしたら何故なのかと、ますます謎を深めて迫ってくるのである。
馬置道祖神は馬置バス停100m先にあるポケットパーキング(画像奥)右手の小さな沢沿いにあると、地元の方に教えていただいた。
ポケットパーキングには新しく作られた道祖神があり、その背後に自然に同化した状態で、馬置道祖神はあった。右手にある小さな沢が、馬置漆沢というらしい
教えていただかなかったら、見つからなかったろう。
馬置漆沢道祖神 寛政10 年(1798年)碑型(起舟型)姿態(祝言)碑高(51cm)
双体とも頭部破損 左の神は酒器のようなものを持っているようだが、苔に覆われて細かい部分が窺い知れない。
馬置道祖神の所在を尋ねた地元の方に教えていただいた、馬置の断崖にあるという男根型の金精様があるという場所も尋ねたが、空振りだった。
この斜面の頂上にあるほこらにあるというが、祠は空だった。
祠には空だった。小さな祠に小さな金精様、持ち去られたか。
栃原の道祖神は星宮神社裏手にあるという。思川流れの側ということである。奥に道祖神の白い案内杭が見えた。
栃原の道祖神 文化4年(1807年)碑型(舟型)姿態(肩組手握)碑高(67cm×碑幅35cm×像高45cm)
猪よけのフェンスが張り巡らされてよくわからず、この道祖神も地元の方に案内していただいた。
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