夢幻泡影

「ゆめの世にかつもどろみて夢をまたかたるも夢よそれがまにまに」

狐 1

2006年07月02日 00時10分10秒 |  河童、狸、狐
東の空がようやく白みかかるころ森からは鳥が鳴き交わす声が聞こえてくる。
さえずりがひときわ高くなるころ太陽が輝きとともに海から駆け上がる。
海からの風は異国の言葉で木々に囁きかける。
梢は太陽の光を真横に受け、反射させながら風に答える。

春夏秋冬、早朝からから深夜まで、さまざまな色、さまざまな形で目前で繰り広げられる自然のステージを、お気に入りの椅子に腰をかけて見ていると、これ以 上何を望むことがあるのだろうという気になる。その気持ちを壊したくなくて、例え空腹を感じようと、なんであろうと、そこから立ち上がって、何かしようと する気持ちさえなくなってしまう。

でもそれを話した友人は、私にとってそれが人生の最大の満足であると思ったらしい。
果たしてそうなのだろうか。
確かに、それはこれ以上ありえないくらいに満足のいく状況なのだけど、それは自分に与えられた状況の中での評価。その状況、環境自体が自分の本当に望んでいるものかどうかは別なのだと思う。
なせならそれは人生にもはや何の目的も、満足も求められなくなった私が持てる幸福だから。
満たされない欲望を知り、ふつふつと湧き上がる夢や、希望を力ずくで蓋をし、やっと得られた心の平安のなかにある世界。現実ではあるけど、心の底が求めているものとは違う世界での平穏。
でも全てを自ら放棄し、何も残されていない今の私に何を求められる。
そういう人生を選んだのだから、後悔はしたくない。 今の私に残されているのは、そのときにはそれが最良そして最善の選択肢であったのだからという自分の行為に対しての確信と、そのために自分を追い立て、たどり着いたこの無為に流れる時間と無駄な私の人生に波風を立てたくない、それだけの毎日。
恐らく私の友人にもこの私の気持ちはわからないだろう。また、それを判らせたい人にはこの気持ちは伝えたくない。
人生は夢。夢で一生を終えられるものなら、そうありたい。自分が偽りの平穏で一生を終わることが、これ以上人を傷つけないでいられるのなら。

目の前の自然の移り変わり、鳥の声、風の動きに身を任せて、ただ平安な時間の流れを願っている。それがこのお気に入りの椅子の生活。


そして今日もまた、そのような至上の朝を迎えている。
この町に来て知り合い、同棲していた河童の美登里はあれほど憧れていた人間の社会を一通り見てしまうと、もう興味を失ってしまい、それと同時に私への興味もなくなったようだ。連絡を絶って久しい。河童は雑婚だと聞いた。だから一人の相手だけでは駄目なのだろう。
私のテレパシー能力を開発してくれた狸の親父は一応南海の海に沈んだということになっているし、メス狸は子供を連れて山奥のどこかへ行ってしまった。妖力を身につけ、それと同時に不老不死の力まで身につけた狸の親父にとって、愛するものが年老い、死んでいくのを見るのが辛かったのだろうとは、女房狸の言葉 だった。
この数年、私の身の回りに起こっていた怪奇現象はなくなってしまった。
岬は全てが始まる前の、訪れる人も無い静かな朝を迎えている、はずであった。

異変はそのときに起こった。
「おっさん、なんかぐちゃぐちゃといろいろと煩いわ。眠れんから、もう少しパワーを絞ってくれないか」って声が頭の中に響いてきた。
「なんだ、誰なんだ、お前は」驚いて、周りを見渡すと、頭の中に二匹の犬のような動物のイメージが湧きあがってきた。犬は元の狸の巣のところにいる。
「もしかして狐か」って聞くと、二匹はうなずき、そうだと答える。
「何しに来たんだ」
「来ていけないか。河童だって、狸だってきたじゃないか。狐の俺たちがここにいても何の不思議もないだろう」
「まあ、そうだけど」
「とにかく、相方が子供を産むんだ。しばらく、この狸の巣を使わせてもらうからな。それで相方は初産だから、いろいろ神経的にも参っているんだ、お前さんみたいにテレパシーでがばがば怒鳴りたてると、この辺のどこにいても、相方が参ってしまう。なんとかしてくれ」
「おう、それは知らなかった。テレパシーには蓋をするから、相方にはよろしく言ってくれ」




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