岬も夏になり秋風が吹くようになり、こんな田舎でもゆるやかではあるけど、時は流れているんだなと実感させるような日々になってきました。
私にはこれ以上テレパシーは教えないということに長老たちが決めたようだ。
ただし今その能力があるのでそれを制御することだけは教えることはかまわないということになり、自分の考えをブロックして外に出さない方法とか、出力を下げる方法とかがメインになってきた。
「でもなテレパシーをコントロールするということは、テレパシーを出せなければ意味がないことだろう。だからコントロールするやり方をちゃんと覚えれば、だすこともできるようになるさ。それにテレパシーと他の能力とは特に区別がないんだ。見たいと思うか、聞きたいと思うか、感じたいと思うか、それによって受ける形、イメージがことなるだけなんだ」というのが古狸の説明。説明を終わって下手なウインクを送ってきた。
でもこのレッスンのおかげで、ワイフ狸とも話ができるようになってきた。
そのワイフ狸だけど、相変わらずあまり子育てには熱心ではない。母犬が狸と自分の子供の面倒を見ていることが多いのには変りがなかったのだけど、でもこの一月ほど、ワイフ狸が子狸たちをつれてどこかへ行くことが多くなってきた。
母犬のほうはワイフ狸が子狸を連れて出て行くのを不思議とも思っていない様子で、残された子犬たちと遊んでる。
数時間姿を消していたかと思うと、ワイフ狸も子狸もどろどろになって、疲れ果てたような様子で帰ってくる。
そのようなときには必ず古狸がワイフ狸の首を甘噛みして愛撫している。
「ここのところちょくちょくどこかへ行くようだけど、どこへ行ってるんだ」ある日古狸へ聞いてみた。
「子供たちの教育よ。狸には狸の生き方があるから、それを教えているんだ。あの犬は人に飼われていた犬だから、餌だって人から貰うことが当たり前と思っている。全部の餌を自分でとってくることなんか考えた事もないだろう。だからここにいてお前のくれる餌を当てにしているんだ。
でも狸は野生の生き物だから。自分の餌は自分で取れなければ死んでしまうんだよ。でもよ、俺はなまじ妖術が使えるから、普通の餌のとり方はできなくなっちゃってるんだよな。親としては失格だよ。だからあいつにやってもらうしかないんだ」
なるほどそうかとワイフ狸もちゃんと要所は押さえて子供の面倒を見ていることに始めて気がついた。
そうこうしているうちに、古狸とワイフ狸が何時も子供たちと外で遊んでいるようになってきた。もうだいぶ大きくなった子狸たちが、母親や古狸の背中や尻尾にじゃれまくっている。古狸もワイフ狸も今までなら怒っていたようなことでもただ、黙って楽しんでいるようだ。
もしかして、、、もしかして巣離れの時期が近づいているのかなって思っていたら、ある日子狸たちの姿が見えなくなった。
「巣離れをしたのか」って聞くと
「そうだ」と寂しそうな声で答えが返って来た。
「そうか、おめでとう、これで一つ仕事が片付いたな」って慰めるしかなかった。
二匹はぼんやりとした日を送っていたけど、おかしい。
子供たちが自立していく動物だと、巣離れをしてもそれほどこたえないはずだけどと思ったがどうもおかしい。
何かあるのだろうか。
ある日ワイフ狸が、「うちの亭主が別れようと言っている」ってボソッと言った。
「えっ、喧嘩でもしたの」って聞くと、
「喧嘩ならいいのよ。そんなら仲直りすることもあるでしょう。彼はね、私が好きだから、綺麗な私の間に別れたいっていうの。彼はいつまでたっても死ねないのよ。私がおばあちゃんになって、よろよろになっても彼はまだ今のままよ。
もう生きていくことに疲れたっていってるのよ。
私がまだ若い間に次の普通の狸を見つて、一緒に歳をとっていけっていうの」
「それで彼はどうしようというのかな」
「彼はもともと中国の狸。昔経典を日本に持ってくる船に乗って日本に来たのね。だから中国に帰って、死にたいって。あそこには何か特別な草があって、それを食べれば死ねるんだって」
「お前さんはどうするんだ」
「私はあの人にあって、この人と一緒に生きて、苦労して、この人のためなら死ねるって思ったわ。
だからあの人がいなくなったら私の余生なんて生きていく価値なんかないわね。
棄てられたらどうするか見当もつかない。
でもあの人が生きていくことに疲れたっていうのもわかる気がするし、それに遅かれ早かれ私が先に死ぬ。彼が私を失って悲しむくらいなら、彼が別れようと言うときに別れてあげるのも彼のためかもしれない。
でも自分が疲れたから死にたいって、じゃああの人に自分を賭けた私の一生は、私の気持ちはどうなるの、あまりにも身勝手だわって気もするけど」
彼と話してみるっていってその場は別れたが、彼女はまるで幽霊のように歩き去っていった。
「ワイフと話したな。そうなんだ。
妖怪になる生き物は死ねなくなるんだ。
河童を見たろう。あいつらは種として不死の能力を持っている。狐も最初から特別な能力を持っているのがいてそれは死なない。狸は普通は、死ぬんだけど、どうかしてわしのような能力を持ってしまうと死ねなくなる。死ぬのは事故で死ぬしかないんだ。
死なない同士なら、それでもいい。わしの前の嫁さんがそうだったし、彼女も交通事故で死ななければずっと生きているだろう。わしら同士は子供を産む能力はあまりないんだ。だからそれでも増えないんだな。
でも普通の狸を好きになって、そいつが老いて、死んでいくのを何人も、何十人も見なければならないというのはちょっとつらい。
わしにはもう辛すぎる気がしてきたんだ」
「ちょっと待てよ、だとすると俺はどうなる。おれもテレバシーを見につけると不死になるのか」
「たぶんな」
「そんなことは聞いてないぞ。大問題じゃないか」
「人間は昔から不老不死を追及してきたじゃないか」
「考えても見ろよ、今のお前と同じだよ。誰かが好きになっても、そいつの死ぬのしか見れないなんて、その後また好きになっても、また同じことの繰り返しじゃ、俺はいやだよ。死ぬのはだれにでも来ることじゃないか。死ねなくて、いつもいつも別れを言わなきゃいけないなんて、俺はそっちがいやだな。今持っているテレパシーでも死ねないのかな」
「もしかしたらな」
「ならこのテレパシーの能力を失えば、死ねるのだろうか」
「さあ、判らないな」
「いずれにしろ、テレパシーなんかあっても、よいことはないと最近思うようになったんだ。おれは人間だから、相手の考えがわからないでシクハクして、悩んでいるほうがまだ自然だと思う。テレパシーの能力を無くす方法はあるのかな」
「わからん。今までそんなことを考えたものはいなかったはずだから」
「とにかく、テレパシーにはブロックをかけて使わなくしよう」
「それでその後のことは何とか考えるよ」
「そうだな、お前はわしが思っている以上に賢明なのかもしれない。とにかくわしはもう生きていくことに疲れたよ。生きるとし生けるものには皆寿命がある。だから愛しいし、自分の一生を大事に生きようとするんだ。
死ねないということは生き物にとっては一番残酷なことかもしれない。特に誰かを愛したり、誰かと一緒に暮らしたりしているときにはな。
あいつは悲しむだろうし、わしを身勝手だと思うだろうけど、なにメスはすぐに忘れるよ」
ちょっとわからないという顔をすると、
「お前も言っていたじゃないか、生き物にとって子孫を残していくって言うことは一番基本的なこととしてプログラムされているんだ。
メスにとって子供を産み育てることは死に物狂いのことなんだ。命をかけた作業なんだ。だから本当にそれに値するだけの好きなオスを見つけようとするのは当然だ。
種類によっては子供を産み、育てるだけで一生かかるんだ。
どんなに好きだ、この人がいなければ自分の一生は意味がないと、そのときには思っても、それが全く可能性がないと判れば、一瞬でスイッチが切れるよ。翌日には別なオスに抱かれているかもしれない。
メスの悪口を言っているのじゃないよ、そうしないと種が残せないんだ。
オスが必要なら手当たり次第にでもメスを抱けるのも、それと同じだよ。
種を保存するために心の奥底に埋め込まれた本能だよ。
だから本当に好きなメスにあったオスのほうが、いつまでもメスを忘れきれないだろうな。
まあ
江碧鳥逾白
山青花欲然
今春看又過
何日是帰年
緑の河には白鳥が飛び
山は青く、花は燃えようとしている
今年の春もまたそうやって過ぎてしまった
いつの日に、故郷に帰れるのだろう
だよ」
「杜甫の絶句か。家に帰るんだってな。そしてそこで死ぬのか」
「うん、もう十分生きたから。俺の命だもん、いつ死ぬかぐらい自分で決めていいだろう。あいつとはもう少し一緒にいたいけど、そうすると本当に離れられなくなるしな]]
こんな重いトピック。自分で決めるしかないよな。それに考えるとしても、俺なんかより何十倍も生きてきた相手だし、俺が何かを言える立場じゃないなって黙るしかなかった。
数日後、古狸からメッセージが入った。
「ワイフはどうした。新しい相手は見つかったかな」
先日、ワイフ狸のそばに若い狸がいて、首を甘噛みしているのを見ていたけど、まだみたいだよって答えた。
「そうか、今故郷に向かう船の中だ。なんと故郷の方言をしゃべる若い、可愛い狸が乗っていてな、子供を作るのは終わりだと思ってたけど、もう一度やってもいいかなって気になったよ」ってエヘヘと笑っている。
「その子はどうやって船に乗ったのかな」って聞くと
「元彼も妖怪狸だったらしくて、少し妖術を教えてもらっていたらしい。それで世界中をあそびまわっているらしい。なかなかおしゃれな子だよ。アチチ」
「どうした」
「おしゃべりしているから、甘噛みじゃなくて、本気で噛みやがった。ワイフによろしく伝えてくれ」
数日後、テレビで中国へ向かっていた船が爆発炎上したのだが、犬のような死骸が船長室にあったと伝えていた。
ワイフ狸に彼のメッセージを伝えた。
美登里が一緒だった。美登里はなぜかその先のスケジュールをキャンセルして帰ってきたのだった。
ワイフ狸は開口一番、「彼、死んだんでしょ」って聞く。
何故って聞くと何となくそんな感じがするっていうから、彼の最後のメッセージを伝えた。そして彼みたいなオスなんか忘れて、貴女も同じようにオスを探せばっていった。
彼女は、「貴方って馬鹿ね」って怒る。
「だって、彼のその彼女の話なんて、私を諦めさせる作り話でしょう、貴方って彼と一緒にいて、そんな事もわからないの。彼がメッセージを送ってきたのは火災を起こした船の上で、もう助からないと覚悟を決めたからよ。彼の私へのダイイングメッセージだったのよ」
彼女のあまりの剣幕に言い返そうと思った私の手を美登里が止めた。
ワイフ狸はよろよろと出て行った。
「彼が死んだって何故判ったのだろう」
「貴方は言ったわね、メスはオスに命を預けるって。
だからそのオスのために子供を生むというような命をかける行為だってやれる。
認めたくはないけど、ある部分それは正しいわ。
だから女は命をかけている相手のことは感で判るの。
貴方は私がテレパシーで貴方がなにをしているのか、なぜそうしているのか判っていると思っているでしょう。
でもそうじゃない。貴方にはテレパシーは使ってないわ。一度もね。その必要がないもの」
「それにしても怒らなくても」
「貴方に怒ったわけじゃないわ。
自分と、なんともやり切れない自分の運命に怒ったのよ。
彼女には彼がどれだけ彼女を愛していたか、だからあんなことをしたんだって、今更のように気がついたのよね。
そして彼女が失ったものがどれほど大きいのか。
彼がまだ生きていれば、彼女はどうやってでも彼のところに行こうと思うでしょうけど、でももうそれはできない。永久にね。
それを彼女は判ったの」
古狸がお別れのプレゼントだと言ってくれた、密教の経典を薪にくべて燃やした
あまりにも悲しかったから。
それにそんなものが無くても彼のことは一生心に住み着いているだろう。
「おい、また可愛い子を見つけたよ」ってメッセージが心に響いてくるような気がした。
「かっこつけちゃって」
涙で炎が霞んでいた。
美登里の手が私の膝に優しく添えられるのを感じた。
古狸の好きだったワインをグラスに注いだ。
古狸へ乾杯
完
05/01/2006 11:14:09
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