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道半ばにして辞任せざるを得なかった安倍首相は、辞任記者会見でその無念さを素直に言葉に表し、一粒の涙を落した。
安倍首相のこの無念の涙、そして難病の安倍首相を支えてきた安倍、菅、麻生の「不思議な3人の友情」が、ピンチをチャンスに変えた。
菅(安倍複写版)内閣に対する支持率の急上昇である。
論理的に物を考える人間でも、判断の大部分は感情に支配される。
安倍首相が意図せず漏らした一粒の涙と理屈で抜きで安倍首相の悲願達成を側で支えた不思議な3人の友情が政権交代の危機を見事に脱した。
将棋界の天才と言われる藤井聡太二冠は、AI将棋より正確に指すといわれるが、ファンはAI将棋と全く同じ手を期待しているのではない。 論理的で血の通わぬAIと違って生身の人間である藤井2冠は、時には読み違いもある人間らしい天才棋士で、ファンは生身の藤井2冠に興味をもつのだ。血の通わぬAI将棋を望むなら、時には神の手を指し、時にはミスもする人間の棋士はもはや存在しないない。
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安倍首相、一粒の涙で支持率が2倍に
早期に次期首相大勢論を形成した菅氏の支持率も急速に上昇している。次期首相として適切な人物を尋ねる朝日新聞の調査でも、菅氏は38%で1位となった。今年6月に行われた朝日新聞の同じ調査ではわずか3%だった。
日本の首相が辞任を発表した直後、後任として有力な人物と共に支持率が上昇するのは珍しいことだ。安倍首相が健康問題で辞任会見を行ったことで、同情世論が広がったことが主な理由とされている。
安倍首相はこの会見で、2006年の第1次政権当時、わずか1年で辞任する原因となった潰瘍性大腸炎が今年6月に再発したことを率直に明らかにした。「病気の治療のために、重大な政治的判断を間違って結果を出せなくなってはならない」とも述べた。「過去8年間、国民の皆様に心から感謝したい」として頭を下げる時は、目に涙を浮かべていた。首相官邸の取材を担当する日本のある記者は「私が見てきた安倍首相の会見の中では最高だった。自らの考えと感情を率直に表現したため、多くの余韻が残った」と感想を語った。
会見後「安倍首相はかわいそうだ」との書込みがSNS(会員制交流サイト)などで一気に増え始めた。「春よ、来い」などの歌で有名な歌手の松任谷由実さんがラジオ番組で「安倍首相の記者会見をみて涙が出た」と述べたことも、日本で大きな話題になった。 このような同情世論が広まったことで今度は野党が追い込まれている。野党第一党の立憲民主党は先月のはじめ以降、安倍首相の健康異常説が話題となるたびに「そんなに体が良くないなら国会に出て説明すべきだ」と主張していた。一部の野党議員は「重大な時期に体を壊すのは、危機管理能力がないということ」と非難した。その後、安倍首相が辞任会見を行った後「体調が悪い首相にそこまで言うべきか」との非難を受けた。立憲民主党は国民民主党の一部と合併し、近く新党が発足する予定だが、朝日新聞の調査で同党の支持率は3%にまで下がった。前回の調査(5%)よりも2ポイント低い数値だ。
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菅さんが首相になることを決断した理由は「3人の友情」
安倍首相の通院以来、僕は放送で「このままでは石破氏が次期首相になる。安倍氏は石破氏にはしたくないので菅官房長官を総裁選に出す。ただし本人は嫌がっている」と言い続けていたのだがその予測は半分当たり半分外れた。
8/28(金)の14時過ぎ、「グッディ」という情報番組に出ていたら「ピコーンピコーン」というニュース速報の音がした。「来たか」と思って画面を見ると「安倍首相退陣の意向」という速報スーパーが出た。なぜかホッとした。前日まで病状報道が続き、正直気が滅入っていた。退陣と聞いて「ああこれでもう安倍さんは苦しまないな」と思ったのだ。 3時間後の会見の最後に安倍氏は「国民の皆様、8年近くにわたり本当にありがとうございました」と言ってペコリと頭を下げた。「安倍さんキレイに辞めたな」と思った。
退陣表明からわずか3日後に勝敗は決した
その翌日行われた共同通信の世論調査で内閣支持率が20Pも跳ね上がった。退陣表明した首相の支持率がこれほど上昇したのは初めてだ。この数字が出たのが8/30(日)の夜。その数時間前に「菅官房長官が総裁選に出馬の意向」という速報が出た。 この「菅出馬」と「支持率20Pアップ」で安倍退陣後の政局はほぼ大勢を決した。翌8/31(月)の夜に細田、麻生両派が相次いで菅支持を表明。麻生派の河野太郎防衛相は出馬を取りやめ、竹下派も菅支持に動き、結局首相の退陣表明から3日後に事実上すべてが終わった。 安倍氏は辞めるに当たって菅氏を後継指名し、麻生氏の了解も得たのだろうか。たぶん違うだろう。菅氏は再び病に倒れた安倍氏の後は自分でやるしかないと決め、安倍、麻生両氏の了解を取らずに出馬を決めたのではないか。 唯一、二階幹事長にだけは相談し、二階氏は支持を約束した。ただ菅氏も二階氏も安倍氏と麻生氏が支持してくれることは確信していた。
安倍、麻生、菅の不思議な友情
2012年に安倍氏が総裁に2度目の挑戦をした時、麻生氏は昭恵夫人とともに安倍氏の健康を心配して出馬に反対したが、菅氏は「勝てるから出ろ」と安倍氏にハッパをかけた。
結果的に菅氏は安倍氏に2度目の首相をやらせ、「政権を投げ出した」と批判されていた安倍氏の名誉を回復させたが、一方で今回、「俺が安倍をもう一回首相にしなければ病の再発もなかった」と悔やんだはずだ。 だから菅氏は安倍退陣を聞いた時に、跡を継ごうと決断したのだろう。 安倍氏を弟のように思っている麻生氏は、2012年には「まだ早い、あわてるな」と安倍氏を止め、今回は「治療しながら続けられるんじゃないか」と翻意を促したという。麻生さんはああ見えて優しい人なのだ。 日曜に菅氏が決断し、支持率が20P上がったところで勝負は決まった。菅氏の決断を安倍、麻生両氏が受け入れ、自民は「菅後継」を歓迎した。野党はせっかく合流したのに、「嫌な人が首相になる」と警戒心を持ったはずだ。 安倍、麻生、菅。この3人の不思議な友情により、危機の権力委譲はすみやかに行われたのだ。
【執筆:フジテレビ 解説委員 平井文夫】