久しぶりに山登りに行って来た。
鈴鹿セブンのひとつ、藤原岳、1140m。けれど大失敗、登頂ならずで終わった。そもそも今日は午後4時までに娘の都合で名古屋に戻らなくてはならず、限られた時間の中で登らないといけなかった。これが大誤算。これまで鈴鹿セブンのうち、最も高い御在所岳と次に高い鎌ヶ岳に登っていて普通に登れたので、藤原岳もこれまで通り問題なく行けるだろうと思っていた。もっともこの辺りの低山は、標高はどこも同じようなもので、登りやすいかどうかは登山道の整備状況での違いしかない。
登り始めて3合目で妻が「ヤバい、足が重い…」と言い出しペースが落ちる。6合目辺りでは足が止まり、さらに遅れだし8合目で断念。ここから娘と2人で山頂を目指すも、8合目半ばから勾配が急にきつくなり、さらに道も悪くなり娘のペースが落ちだした。9合目を過ぎたところに山荘があり、ここで娘が断念。この時点ですでに予定より1時間半以上遅れている。ただ頂上まであと20分のところなので、小走りで行けば往復20分で帰って来れるかなと思い、わずかな可能性にかけて荷物を娘に預けて小走りで行ってみる。やってみると山道の小走りは5分と持たず、このまま往復してそこからの下山では午後4時に名古屋に戻るのは間に合わないと思い断念。頂上まであとわずか、9,5合目にしてちょっと残念過ぎるが、自らのずさんな計画ゆえ仕方ない。こんな低山登山でも予定通りいかないんだなとつくづく思い知らされる。その日の体調もあるし、限られた時間内で登るのは、一人ならまだしも難しいんだなと大反省。しかも無理に山道を小走りしたせいで、腿やふくらはぎがパンパンに。やっぱり無理はいけない。
バカなプーチンがウクライナの占領地をロシアに編入してしまった。これで戦争終結はさらに遠のいてしまった感がある。西側諸国からの自国領への攻撃には核も辞さないということで、これには編入した占領地も含むという。万が一にもないと思いたいが、21世紀に核のボタンを押した男として、後世に記憶されるのはこの男になるのかなと思ったり…。ほんとうに戦争が終わらないとエネルギーや小麦などの価格が安定しないし良いことは何もない。いつの時代にも、世界にはおかしな指導者が一人や二人は居るものだが、こ奴と近平さんと比べると、北の将軍さまの息子は、まだまだかわいく見えてくるから不思議だ。
楽太郎さんではなくて円楽さんか、そして猪木も逝ってしまった。
2人のやせ細った近影を見たのは少し前だったが、それは見る人にも心痛を与えてしまうほどで、あらためて老いというのは病との闘いなんだなと思った。若い時は健康が当たり前で、食を含めて体調を顧みることすらなかったけれど、50を過ぎてようやく健康のありがたさを考えるようになってきた。寿命の前に健康寿命がある。大病しなければ好きなことができるのは、気力を含めてあと20年くらいと思っていてちょうど良いのかもしれない。
やりたいことは、やれるうちに早めにやっておく。行きたいところには行っておく。
人生って意外に短いな…と最近思う。
鈴鹿セブンのひとつ、藤原岳、1140m。けれど大失敗、登頂ならずで終わった。そもそも今日は午後4時までに娘の都合で名古屋に戻らなくてはならず、限られた時間の中で登らないといけなかった。これが大誤算。これまで鈴鹿セブンのうち、最も高い御在所岳と次に高い鎌ヶ岳に登っていて普通に登れたので、藤原岳もこれまで通り問題なく行けるだろうと思っていた。もっともこの辺りの低山は、標高はどこも同じようなもので、登りやすいかどうかは登山道の整備状況での違いしかない。
登り始めて3合目で妻が「ヤバい、足が重い…」と言い出しペースが落ちる。6合目辺りでは足が止まり、さらに遅れだし8合目で断念。ここから娘と2人で山頂を目指すも、8合目半ばから勾配が急にきつくなり、さらに道も悪くなり娘のペースが落ちだした。9合目を過ぎたところに山荘があり、ここで娘が断念。この時点ですでに予定より1時間半以上遅れている。ただ頂上まであと20分のところなので、小走りで行けば往復20分で帰って来れるかなと思い、わずかな可能性にかけて荷物を娘に預けて小走りで行ってみる。やってみると山道の小走りは5分と持たず、このまま往復してそこからの下山では午後4時に名古屋に戻るのは間に合わないと思い断念。頂上まであとわずか、9,5合目にしてちょっと残念過ぎるが、自らのずさんな計画ゆえ仕方ない。こんな低山登山でも予定通りいかないんだなとつくづく思い知らされる。その日の体調もあるし、限られた時間内で登るのは、一人ならまだしも難しいんだなと大反省。しかも無理に山道を小走りしたせいで、腿やふくらはぎがパンパンに。やっぱり無理はいけない。
バカなプーチンがウクライナの占領地をロシアに編入してしまった。これで戦争終結はさらに遠のいてしまった感がある。西側諸国からの自国領への攻撃には核も辞さないということで、これには編入した占領地も含むという。万が一にもないと思いたいが、21世紀に核のボタンを押した男として、後世に記憶されるのはこの男になるのかなと思ったり…。ほんとうに戦争が終わらないとエネルギーや小麦などの価格が安定しないし良いことは何もない。いつの時代にも、世界にはおかしな指導者が一人や二人は居るものだが、こ奴と近平さんと比べると、北の将軍さまの息子は、まだまだかわいく見えてくるから不思議だ。
楽太郎さんではなくて円楽さんか、そして猪木も逝ってしまった。
2人のやせ細った近影を見たのは少し前だったが、それは見る人にも心痛を与えてしまうほどで、あらためて老いというのは病との闘いなんだなと思った。若い時は健康が当たり前で、食を含めて体調を顧みることすらなかったけれど、50を過ぎてようやく健康のありがたさを考えるようになってきた。寿命の前に健康寿命がある。大病しなければ好きなことができるのは、気力を含めてあと20年くらいと思っていてちょうど良いのかもしれない。
やりたいことは、やれるうちに早めにやっておく。行きたいところには行っておく。
人生って意外に短いな…と最近思う。