2009年4月5日 東京新聞、中日新聞
書評
『川辺川ダムはいらない』
[著者]高橋 ユリカ 岩波書店/3150円
[評者]寺町 知正 (住民運動団体代表)
「五木の子守唄(うた)」発祥の地・熊本県五木村。
その周辺にダムを造ろうと、国は四十年あまりも前に「川辺川ダム」計画を公表した。
その後、住民や関係者の反対や批判を受け続け、群馬県の八ッ場(やんば)ダムとともに長期化・問題化した公共事業の典型である。
ところが、昨年初当選した蒲島郁夫知事によって計画が白紙撤回された。画期的な出来事だ。
公共事業の計画は、かつてはなかなか止まらなかった。だが近年は、事業の断念や修正が実現することがある。景気や財政の悪化などの要因に加え、市民運動があるところに個性的な知事や市町村長が誕生、そのトップの決断など政治の現場の動きと呼応したときだ。
川辺川ダム計画の結末は、その象徴とも言える。
著者は東京から現地に十年にわたって通い続け、その経過を「序章」で感慨をもって語る。
他の地域の事例や背景の考察などが織り込まれ、説得力が増していく。
ダム計画をめぐる流域住民の苦悩、周辺自治体や議会・議員の状況、熊本県の前知事のダムへの慎重な姿勢などが縦糸。
横糸は、全国各地に国から押し付けられる公共事業に納得しない現地の人たちとその粘り強い運動、公共事業にストップをかけた長野県の田中康夫前知事や滋賀県の嘉田由紀子知事らの姿勢、真実を見据えようとする学者や専門家の議論の変化などである。
それらが整理されていく中で、国が進める各種の計画の立脚点がもろくも崩れていくことを予見させる。
本書は、単なる「川辺川ダム」計画の記録ではない。著者が「もはや流れは変えられない」と終章を結ぶとおり、日本の公共事業や大規模事業の計画づくりや進め方は変わった。官僚と政治家、業界の思惑や利権ではなく、真に暮らしや環境を守る政策が選択される時代に入った。
本書は、主導権が地方や市民に移りつつあることを、しっかりと理解させてくれる。 |