tnlabo’s blog   「付加価値」概念を基本に経済、経営、労働、環境等についての論評

人間が住む地球環境を、より豊かでより快適なものにするために付加価値をどう創りどう使うか。

平成という時代:異次元金融緩和という劇薬

2018年04月30日 12時32分47秒 | 経済
平成という時代:異次元金融緩和という劇薬
 平成30年の4月も今日で終わり、来年の今日で平成も終わることになっています。平成のという時代も残すところあと1年、アメリカ主導の世界の荒波に翻弄された日本経済は、相変わらずの前途不安のまま平成を終わるのでしょうか。

 平成24年の12月も押し迫って民主党の野田政権に代わって自民党の第2次安倍政権が登場しました。経済という視点から見れば、此の政権交代によって大きく変わったのは「金融政策」です。

 年が明けて平成25年の3月、日本銀行の総裁が白川さんから黒田さんに代わりました。白川さん迄の日銀は、伝統的な物価の番人という基本姿勢を持ちながら、$1=¥80というリーマンショック後の異常な円高に、何とか対応しようと 地道な政策変更を進めて来ていました。

 しかし黒田総裁は伝統的な日銀とは全く違った考え方で円高対応策を打ちました。それは、アメリカでバーナンキFRB議長が取った徹底した金融緩和の踏襲で金融危機に対抗するという方式です。

 プラザ合意以降のアメリカの対日経済政策は何よりも「ドル安・円高」でした。これに対抗して、円安を実現しなければ日本経済の明日はないという状況の中で、「アメリカと同じことをやっただけ」という口実を盾に(これは私見)、黒田日銀は、いわゆる 黒田バズーカ2発を撃ちました。異次元金融緩和という、ゼロ金利と国債を買い入れて巨大な金を市場に流すというそれまでの禁じ手です。

 まさか日本がそこまでやるとは思っていなかった国際金融市場だったのでしょう、第1発で円レートは(大まかに言えば)80円から100円に、第2発で120円にという円安が実現したのです。

 この円レートですと、客観的に見ても円の購買力平価と円レートは凡そ均衡の取れた水準という事でしょう。日本産業の競争力は即座に回復、デフレ不況の重苦しい雰囲気は忽ち払拭されると見えました。

 安倍政権は、この円安実現を第1の矢とし、第2の矢は財政出動、そして第3の矢の構造改革に繋げて日本経済の完全復活といういわゆるアベノミクスを喧伝しました。
 しかし、残念ながら、成功したのは第1の矢だけでした。

 円安によって、日本の物価は海外の物価に比較して「高い」という時代は終わり、海外に出た人たちも、「外国も結構物価が高いよ」などというようになり、デフレは終わったと思われましたが、不思議なことに、政府や日銀が期待したように物価は上がらず、何かデフレが尾を引いているような「疑似デフレ」とでも言うような状態が続くのがその後の状態です。

 平成の始まりからの長~い円高不況、それをさらに決定的に超深刻な円高デフレ不況に落とし込んだリーマンショック後の塗炭の苦しみの記憶、そのトラウマが未だに日本経済を悩ましているようです。
 そんな経済状態の中で、平成は、その末期、政治的混乱の時代に入ります。
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  (「平成という時代」シリーズは2017年7月18日から書き始め今回が8回目です。)