降って来るもの

写真と散文とぽえむ

有無の頬笑みと

2018-08-30 17:03:24 | 詩16

                      有無の頬笑みと


いつでも、何処でも

誰かの想いに見守られていると感じる


遠いアノ人なのか

近くのアナタなのか

 それとも

神仏の光明のようなものなのか・・


確かに僕は、何かに守られ

誰かのbarrierに庇護され

 一人じゃないと断言できる

幾つもの想いにくるまれて

この世を渡っているのだ


随行してくれるのは

 いつでも、アナタと

writerの才と、有無の頬笑みと

幾人ものボクと・・


         



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帰還

2018-08-30 06:10:11 | 随想

                        帰還


 僕が、僕の想いの個人の感慨のままに名付けた「鎮魂と祈り」のAugust(今年はそこに”灼熱の”と加えるべきだが)の最後の項目は、今日が九回目の祥月命日に当たる、八十九歳でこの世を去った母の墓参りに帰還すること。

 あれは、意識不明で入院していた母を女房と看病に行き、物言わぬ母に「じゃ、又。明日も来るからね!!」と深まった夜の道を小一時間かけて家に帰り、あわただしく食事し風呂に入り、やっと一息ついて布団に潜った途端だった。

 女房の携帯が沈黙の夜のしじまを破ってけたたましく鳴った。「様態が急変しました!!!」との連絡。急いで身支度を整え病院へとんぼ返りしたものの、ICUの部屋から個室に移されていた母は、もはやこの世のヒトではなくなっていたのだ。まだ温かいというのに既に母は彼岸へと旅立っていたのだ。何という無念さだったろう。今思い出しても胸が波立つ。何度も何度も足を運んでいたのに、死に際に同席できなかった儚さと無念さで今も胸が騒めくのだ。

 本当は日付の変わる前後に旅立った。だからこの時間には既に十年目に入っているということだ。僕はその間中心残りを抱いてきたが、それは濃度を薄めながらこれからも続くのだろうと想う。

 僕は此の八月に、父と母と祖母を亡くす。それゆえ個人的な”鎮魂と祈りの八月”なのだ。母を連れて帰ったあの日の夜明け前の空は、九年たった今朝の空と同じようにどこまでも蒼く澄み、その静けさの中を女房と三人で故郷に帰還したのだった。

 今でも、それが昨日の出来事のように鮮明に脳裏に甦る。僕はあの日から永久に、もう子供では居られなくなった日々を生きてきたのだ。哀しい寂しい切ない帰還だった。


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まだ猛暑日は続く!!ブロ友さんも体調管理にご留意を。           08/30 06:54 まんぼ

コメント (4)
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