有無の頬笑みと
いつでも、何処でも
誰かの想いに見守られていると感じる
遠いアノ人なのか
近くのアナタなのか
それとも
神仏の光明のようなものなのか・・
確かに僕は、何かに守られ
誰かのbarrierに庇護され
一人じゃないと断言できる
幾つもの想いにくるまれて
この世を渡っているのだ
随行してくれるのは
いつでも、アナタと
writerの才と、有無の頬笑みと
幾人ものボクと・・
有無の頬笑みと
いつでも、何処でも
誰かの想いに見守られていると感じる
遠いアノ人なのか
近くのアナタなのか
それとも
神仏の光明のようなものなのか・・
確かに僕は、何かに守られ
誰かのbarrierに庇護され
一人じゃないと断言できる
幾つもの想いにくるまれて
この世を渡っているのだ
随行してくれるのは
いつでも、アナタと
writerの才と、有無の頬笑みと
幾人ものボクと・・
帰還
僕が、僕の想いの個人の感慨のままに名付けた「鎮魂と祈り」のAugust(今年はそこに”灼熱の”と加えるべきだが)の最後の項目は、今日が九回目の祥月命日に当たる、八十九歳でこの世を去った母の墓参りに帰還すること。
あれは、意識不明で入院していた母を女房と看病に行き、物言わぬ母に「じゃ、又。明日も来るからね!!」と深まった夜の道を小一時間かけて家に帰り、あわただしく食事し風呂に入り、やっと一息ついて布団に潜った途端だった。
女房の携帯が沈黙の夜のしじまを破ってけたたましく鳴った。「様態が急変しました!!!」との連絡。急いで身支度を整え病院へとんぼ返りしたものの、ICUの部屋から個室に移されていた母は、もはやこの世のヒトではなくなっていたのだ。まだ温かいというのに既に母は彼岸へと旅立っていたのだ。何という無念さだったろう。今思い出しても胸が波立つ。何度も何度も足を運んでいたのに、死に際に同席できなかった儚さと無念さで今も胸が騒めくのだ。
本当は日付の変わる前後に旅立った。だからこの時間には既に十年目に入っているということだ。僕はその間中心残りを抱いてきたが、それは濃度を薄めながらこれからも続くのだろうと想う。
僕は此の八月に、父と母と祖母を亡くす。それゆえ個人的な”鎮魂と祈りの八月”なのだ。母を連れて帰ったあの日の夜明け前の空は、九年たった今朝の空と同じようにどこまでも蒼く澄み、その静けさの中を女房と三人で故郷に帰還したのだった。
今でも、それが昨日の出来事のように鮮明に脳裏に甦る。僕はあの日から永久に、もう子供では居られなくなった日々を生きてきたのだ。哀しい寂しい切ない帰還だった。
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まだ猛暑日は続く!!ブロ友さんも体調管理にご留意を。 08/30 06:54 まんぼ