守田です。(20110814 13:00)
前にもお知らせしましたが、8月27日に芦生の森への訪問を企画してい
ます。今回は芦生の森の南側の佐々里峠からのコースで、樹齢1000年を
越える芦生杉に会いに行くのが目的です。初めて訪れた方は誰しも、こ
の世のものとは思えないような光景に圧倒されます。同時に私たちがこ
んなにも神秘的な自然に取り囲まれた存在だることに気づき、心の深い
ところでの安らぎを感じることができます。
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/02a72bd1b0cd69d6c291551fb0e9afdb
まだツアーに余裕がありますので、お近くの方、ぜひご参加下さい。
以下、サクセスランニングの企画案内と申し込みフォームです。
http://www.success-running.com/news/2011/06/ashu2011.pdf
http://www.success-running.com/contents/menu06.html
下見の様子がこちらからみれます。
http://www.success-running.com/news/2011/06/post-73.html
なおサクセスランニングを主宰するモリタクさんが、京都OHANAプロ
ジェクトのモリタクさんです!今回の芦生の森訪問には、OHANAの面々
も参加します。
僕はかつて、宇沢弘文さん監修の『地球温暖化と経済発展』という書物
の中で、芦生に関連して論文を書きました。
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-040243-9.html
主題は芦生の森を含めた日本の森を襲う温暖化の影響についてで、タ
イトルは「森林にしのびよる地球温暖化の影響」です。そこに芦生
の森の紹介も書きました。その内容をここにご紹介し、みなさんへの
再度の芦生の森へのお誘いとしたいと思います。
自然保護活動にとって、一番、大事なのはまずは自然の美しさ、素晴ら
しさに触れることだと僕は思っています。だからワンダーランド芦生に
ぜひお招きしたいのです。圧倒的な森の姿に包まれ、その中に溶け込ん
でしまうことの中から、自然を愛おしむ思いが生まれて来ます。そして
そのときあなたはもう森を守る一人となっています。
とくに311大震災・大津波・原発大災害以降の時の流れの中で、心身を
すり減らしてしまった方、放射能への対処に疲れてしまった方にご参
加いただきたいです。一緒に緑のシャワーを浴びてリフレッシュしま
しょう。私たちにはまだまだ美しく、尊いものがたくさん残されてい
ます。美しさに触れ、森から明日への活力をもらってください!
*******************************
『地球温暖化と経済発展』(東大出版会)
「第一章 森林にしのびよる地球温暖化の影響」より
1、古木が茂る芦生の森
①「原生林」と呼ばれる森
温暖化の影響に触れる前に、まずは芦生の森の姿を伝えたい。この森は、
京都市の北山から若狭湾にまで続く、丹波山塊の中にある。丹波から福
井県南部では谷のことをタンと呼ぶそうだが、芦生の峠にたって遠くを
見やると、薄もやの中に、谷が波のように続いているのをしばしば目に
する。谷の波=丹波の地名の由来は、ここから来ているという説がある。
その丹波山塊の中にあって、芦生の標高は、概ね300メートルから960メ
ートルぐらい。600メートルから800メートルの地域がその3分の2ぐらい
を占める。日本海側気候に属するが、南に下るにしたがい、太平洋側気
候帯に移っていく。
芦生に生息している生物はとても多様だ。高木層の代表は、冷温帯のブ
ナ、ミズナラ、トチなどの落葉広葉樹。ウラジロガシなどの常緑広葉樹。
そしてスギやヒノキなどの常緑針葉樹だ。とくにアシュウスギの中には、
推定樹齢1,000年を越える大木もある。日本海側のスギは、発芽したあ
と毎冬に豪雪を受ける。重みに押しつけられながら、上に伸びていくた
め、途中で枝分かれすることが多く、手の指が伸びるような形で成長し
ていく場合もある。何本にも分かれた枝が、張り出しているさまは荘厳
である。
よく芦生の森は「原生林」と呼ばれるが、正確には原生林ではない。14
世紀の昔から、木材の搬出地であり、とくに太平洋側に流れる安曇川や
上桂川に近い地域では、繰り返し伐採が行なわれた跡が残っている。
上述のアシュウスギの、上に伸びた枝の何本かが切り落とされていたり、
伐採した木を、川へと落とすために牛などで曳いた木馬道(きんまみち)
の跡が見られたりする。
これに対して、日本海側に流れる由良川流域では、下流に大きな木材消
費地が少なかったことがあって、比較的伐採は少なかった。木地師やマ
タギの人々がこの森に入った跡はそこかしこに見られ、源流域では、伐
採して太平洋側に峰越しに搬出した跡も残るものの、この由良川の中流
には、今もブナやミズナラ、トチの巨木が多く存在している。森は古く
から人々によってよく守られ、木地師による持続可能な採取生活が営ま
れていたようだ。
近世になってからは、1921年に当時の京都帝国大学が、この森を演習林
として99年契約で租借したため、現在にいたるまで、大規模伐採の手が
入らなかった。そのため、長い間、自然の更新に任された結果として、
原生状態に近い植生の森が、一部に残されたのである。「原生林」と呼
ばれる由縁だが、正確には自然遷移による極相状態である。原生状態に
戻った森林という意味だ。他の日本の「原生林」にも共通することだが、
このような人と森の歴史的関わりを考えながら芦生の森を歩いてみると、
そのさまざまな痕跡もみることができる。古の文化の残り香と遭遇する
こともまた、森を歩く大きな魅力だ。
②森の中のドラマ
由良川源流域に広がる広大なブナ林や、川の近くに自生するトチノキの
ことに少し注目してみよう。ブナは漢字では木へんに無と書く。なぜか。
落葉広葉樹であるブナは、針葉樹と比較して、伐採すると非常に早く劣
化してしまうため、材木としての価値が低いのである。だから伐採され
なかったのかというと、全く反対で、戦後の林野庁の植林政策では、
「ブナ退治」という言葉が生まれたほどの伐採が全国で行われ、代わり
にスギの植林が行われたのであった。そのため日本では大きなブナ林が、
随分、減ってしまった。
材木としての価値は少ないブナだが、森林の美しさは群を抜いている。
それはブナの木が、まっすぐ高く伸びて、枝が左右に張り出していく性
質を持っているため、その下に大きな空間が生じるからである。また落
葉広葉樹であるブナの葉は、薄くて光をよく通す。てかてかした厚みに
覆われている常緑樹の葉との大きな違いだが、そのためにブナ林の中に
は、明るく美しい緑の空間が出現するのである。
今度は、この森を代表するトチノキの巨木の傍らにたって周囲に目を凝
らしてみよう。するとところどころに、この木から落ちた実が転がって
いることに気がつく。トチノキの実の種皮はとても硬い。それはこの木
が実をつけるまでに何十年という月日がかかることと関連している。高
く伸び上がった枝から勢いよく地上に落ちて皮が破れ、はじめて種子が
地面に転がるのだ。しかもそれを生で食べると胃がよじれるほど痺れる
という。栄養豊富な果肉が動物たちに食べられてしまわないために、サ
ポニンという物質が含まれているのである。トチノキが様々な「知恵」
を凝らしているのだ。
このような「知恵」は、樹木ばかりではなく、谷に豊富なヤマアジサイ
などにも見られる。虫媒花であるこの花は、受粉のために、マルハナバ
チやカミキリの飛来が必要だ。そのために花の色は、紫外線をよく感知
するこれらの昆虫に見えやすい青色になっている。そしてそれが見る者
の心を和ませる。ところが受粉が終わった花は、まだ受粉を待つ花の邪
魔にならないようにと、次々と裏返って、紫外線を吸収する白緑色に変
わる。そこには受粉に忙しいヤマアジサイの姿がある。
うっそうとした森の中には、そんな動植物たちの共生とかけひきのドラ
マがたくさん隠されている。そのひとつひとつを知るとき、不思議な自
然の摂理は見る者の心を奪っていく。
③クマハギに彩られた針葉樹の林
動物ではシカむろんのこと、ツキノワグマやニホンカモシカが古くから
住んでいる。鳥も豊富であり、昆虫も多様で、生物種の宝庫とも言われ
ているのだが、芦生の森に特徴的なことの一つが、クマハギという行動
が多く見られることである。
クマがスギやヒノキの表面を、硬いつめで剥いでしまうのがクマハギだ。
傷をつけられた樹木は、そこを防ぐように周りがせり出してきて自分を
守るが、クマに剥がれた部分の中心はむきだしのままに残ってしまう。
さらにそこに雑菌が入るとやがて内部が腐りはじめ、樹が成長するにし
たがって、徐々に洞(うろ)が作られていく。そこはミツバチに絶好の
巣の場所を提供するが、さらに樹が大木になるにしたがい、クマ自身が
入れるほどの空洞が形成されていく。事実、クマはこの穴を越冬に利用
することが多い。
クマハギをされた樹は、材木としての価値をなさなくなるため、植林地
では、対策として樹にビニールテープが巻かれていることが多い。ビニ
ールがつめにひっかかるのを嫌がるクマが、その樹に近づかないといわ
れるからだ。
クマハギはなぜなされるのだろうか。実はいくつか説があり、定まった
答がない。ツキノワグマの生態そのものが、多くの謎に包まれているか
らでもある。動物行動学者の中には、クマが甘皮を求めてするのだとい
う人々がいるが、その場合も栄養を求めてという説と、生殖への刺激を
受ける物質が樹液に含まれているからだという説がある。
だが芦生の森や、丹波山塊では、クマハギが頻繁に行われてきたが、そ
れは必ずしも全国の生息地で一様に行われていることではない。むしろ
クマハギが行われない地域の方が多いのである。
これに対して昆虫学者の中には、クマハギの跡が、やがてクマの好物の
蜂の巣になり、さらには洞が大きくなると、今度は越冬用の場になって
いくことに注目し、クマはそれを初めから狙っているのではないかと考
える人々がいる。ところがクマハギをしてから洞ができて、やがて越冬
用に拡大したころには、当のクマはもう存在していない。クマは次世代
のためにクマハギをしていることになる。つまり芦生の森や丹波山塊の
クマには、世代間倫理があるとこれらの人々は推論するのである。その
真偽は分からない。だがクマハギによって生じた洞が、クマの世代を超
えた生活サイクルを大きく支えてきたのは確かな事実である。
このように、芦生の森の魅力は、語っても、語っても尽きることはない。
ぜひ一度は訪れて欲しいと思うが、この美しく、たくさんの生物に溢れ、
人々が織り成してきた穏やかな暮らしの跡が残る森が、近年急速な変化
をみせはじめている。森を守る人々からは、美しいブナ林の更新の危機
がささやかれ、ツキノワグマがめっきり見られなくなったという声も聞
こえる。いずれも温暖化の影響である。次にこの深刻な事態を検証して
いきたい。
*******************************
続きは『地球温暖化と経済発展』をご覧ください。
なお地球温暖化と森林の関係については、『世界』2010年4月号にも
「山と森にしのびよるナラ枯れ」というタイトルで、論文を掲載して
いただいています。バックナンバーを検索してみてください。
http://www.iwanami.co.jp/sekai/
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2010/04/274.html
前にもお知らせしましたが、8月27日に芦生の森への訪問を企画してい
ます。今回は芦生の森の南側の佐々里峠からのコースで、樹齢1000年を
越える芦生杉に会いに行くのが目的です。初めて訪れた方は誰しも、こ
の世のものとは思えないような光景に圧倒されます。同時に私たちがこ
んなにも神秘的な自然に取り囲まれた存在だることに気づき、心の深い
ところでの安らぎを感じることができます。
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/e/02a72bd1b0cd69d6c291551fb0e9afdb
まだツアーに余裕がありますので、お近くの方、ぜひご参加下さい。
以下、サクセスランニングの企画案内と申し込みフォームです。
http://www.success-running.com/news/2011/06/ashu2011.pdf
http://www.success-running.com/contents/menu06.html
下見の様子がこちらからみれます。
http://www.success-running.com/news/2011/06/post-73.html
なおサクセスランニングを主宰するモリタクさんが、京都OHANAプロ
ジェクトのモリタクさんです!今回の芦生の森訪問には、OHANAの面々
も参加します。
僕はかつて、宇沢弘文さん監修の『地球温暖化と経済発展』という書物
の中で、芦生に関連して論文を書きました。
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-040243-9.html
主題は芦生の森を含めた日本の森を襲う温暖化の影響についてで、タ
イトルは「森林にしのびよる地球温暖化の影響」です。そこに芦生
の森の紹介も書きました。その内容をここにご紹介し、みなさんへの
再度の芦生の森へのお誘いとしたいと思います。
自然保護活動にとって、一番、大事なのはまずは自然の美しさ、素晴ら
しさに触れることだと僕は思っています。だからワンダーランド芦生に
ぜひお招きしたいのです。圧倒的な森の姿に包まれ、その中に溶け込ん
でしまうことの中から、自然を愛おしむ思いが生まれて来ます。そして
そのときあなたはもう森を守る一人となっています。
とくに311大震災・大津波・原発大災害以降の時の流れの中で、心身を
すり減らしてしまった方、放射能への対処に疲れてしまった方にご参
加いただきたいです。一緒に緑のシャワーを浴びてリフレッシュしま
しょう。私たちにはまだまだ美しく、尊いものがたくさん残されてい
ます。美しさに触れ、森から明日への活力をもらってください!
*******************************
『地球温暖化と経済発展』(東大出版会)
「第一章 森林にしのびよる地球温暖化の影響」より
1、古木が茂る芦生の森
①「原生林」と呼ばれる森
温暖化の影響に触れる前に、まずは芦生の森の姿を伝えたい。この森は、
京都市の北山から若狭湾にまで続く、丹波山塊の中にある。丹波から福
井県南部では谷のことをタンと呼ぶそうだが、芦生の峠にたって遠くを
見やると、薄もやの中に、谷が波のように続いているのをしばしば目に
する。谷の波=丹波の地名の由来は、ここから来ているという説がある。
その丹波山塊の中にあって、芦生の標高は、概ね300メートルから960メ
ートルぐらい。600メートルから800メートルの地域がその3分の2ぐらい
を占める。日本海側気候に属するが、南に下るにしたがい、太平洋側気
候帯に移っていく。
芦生に生息している生物はとても多様だ。高木層の代表は、冷温帯のブ
ナ、ミズナラ、トチなどの落葉広葉樹。ウラジロガシなどの常緑広葉樹。
そしてスギやヒノキなどの常緑針葉樹だ。とくにアシュウスギの中には、
推定樹齢1,000年を越える大木もある。日本海側のスギは、発芽したあ
と毎冬に豪雪を受ける。重みに押しつけられながら、上に伸びていくた
め、途中で枝分かれすることが多く、手の指が伸びるような形で成長し
ていく場合もある。何本にも分かれた枝が、張り出しているさまは荘厳
である。
よく芦生の森は「原生林」と呼ばれるが、正確には原生林ではない。14
世紀の昔から、木材の搬出地であり、とくに太平洋側に流れる安曇川や
上桂川に近い地域では、繰り返し伐採が行なわれた跡が残っている。
上述のアシュウスギの、上に伸びた枝の何本かが切り落とされていたり、
伐採した木を、川へと落とすために牛などで曳いた木馬道(きんまみち)
の跡が見られたりする。
これに対して、日本海側に流れる由良川流域では、下流に大きな木材消
費地が少なかったことがあって、比較的伐採は少なかった。木地師やマ
タギの人々がこの森に入った跡はそこかしこに見られ、源流域では、伐
採して太平洋側に峰越しに搬出した跡も残るものの、この由良川の中流
には、今もブナやミズナラ、トチの巨木が多く存在している。森は古く
から人々によってよく守られ、木地師による持続可能な採取生活が営ま
れていたようだ。
近世になってからは、1921年に当時の京都帝国大学が、この森を演習林
として99年契約で租借したため、現在にいたるまで、大規模伐採の手が
入らなかった。そのため、長い間、自然の更新に任された結果として、
原生状態に近い植生の森が、一部に残されたのである。「原生林」と呼
ばれる由縁だが、正確には自然遷移による極相状態である。原生状態に
戻った森林という意味だ。他の日本の「原生林」にも共通することだが、
このような人と森の歴史的関わりを考えながら芦生の森を歩いてみると、
そのさまざまな痕跡もみることができる。古の文化の残り香と遭遇する
こともまた、森を歩く大きな魅力だ。
②森の中のドラマ
由良川源流域に広がる広大なブナ林や、川の近くに自生するトチノキの
ことに少し注目してみよう。ブナは漢字では木へんに無と書く。なぜか。
落葉広葉樹であるブナは、針葉樹と比較して、伐採すると非常に早く劣
化してしまうため、材木としての価値が低いのである。だから伐採され
なかったのかというと、全く反対で、戦後の林野庁の植林政策では、
「ブナ退治」という言葉が生まれたほどの伐採が全国で行われ、代わり
にスギの植林が行われたのであった。そのため日本では大きなブナ林が、
随分、減ってしまった。
材木としての価値は少ないブナだが、森林の美しさは群を抜いている。
それはブナの木が、まっすぐ高く伸びて、枝が左右に張り出していく性
質を持っているため、その下に大きな空間が生じるからである。また落
葉広葉樹であるブナの葉は、薄くて光をよく通す。てかてかした厚みに
覆われている常緑樹の葉との大きな違いだが、そのためにブナ林の中に
は、明るく美しい緑の空間が出現するのである。
今度は、この森を代表するトチノキの巨木の傍らにたって周囲に目を凝
らしてみよう。するとところどころに、この木から落ちた実が転がって
いることに気がつく。トチノキの実の種皮はとても硬い。それはこの木
が実をつけるまでに何十年という月日がかかることと関連している。高
く伸び上がった枝から勢いよく地上に落ちて皮が破れ、はじめて種子が
地面に転がるのだ。しかもそれを生で食べると胃がよじれるほど痺れる
という。栄養豊富な果肉が動物たちに食べられてしまわないために、サ
ポニンという物質が含まれているのである。トチノキが様々な「知恵」
を凝らしているのだ。
このような「知恵」は、樹木ばかりではなく、谷に豊富なヤマアジサイ
などにも見られる。虫媒花であるこの花は、受粉のために、マルハナバ
チやカミキリの飛来が必要だ。そのために花の色は、紫外線をよく感知
するこれらの昆虫に見えやすい青色になっている。そしてそれが見る者
の心を和ませる。ところが受粉が終わった花は、まだ受粉を待つ花の邪
魔にならないようにと、次々と裏返って、紫外線を吸収する白緑色に変
わる。そこには受粉に忙しいヤマアジサイの姿がある。
うっそうとした森の中には、そんな動植物たちの共生とかけひきのドラ
マがたくさん隠されている。そのひとつひとつを知るとき、不思議な自
然の摂理は見る者の心を奪っていく。
③クマハギに彩られた針葉樹の林
動物ではシカむろんのこと、ツキノワグマやニホンカモシカが古くから
住んでいる。鳥も豊富であり、昆虫も多様で、生物種の宝庫とも言われ
ているのだが、芦生の森に特徴的なことの一つが、クマハギという行動
が多く見られることである。
クマがスギやヒノキの表面を、硬いつめで剥いでしまうのがクマハギだ。
傷をつけられた樹木は、そこを防ぐように周りがせり出してきて自分を
守るが、クマに剥がれた部分の中心はむきだしのままに残ってしまう。
さらにそこに雑菌が入るとやがて内部が腐りはじめ、樹が成長するにし
たがって、徐々に洞(うろ)が作られていく。そこはミツバチに絶好の
巣の場所を提供するが、さらに樹が大木になるにしたがい、クマ自身が
入れるほどの空洞が形成されていく。事実、クマはこの穴を越冬に利用
することが多い。
クマハギをされた樹は、材木としての価値をなさなくなるため、植林地
では、対策として樹にビニールテープが巻かれていることが多い。ビニ
ールがつめにひっかかるのを嫌がるクマが、その樹に近づかないといわ
れるからだ。
クマハギはなぜなされるのだろうか。実はいくつか説があり、定まった
答がない。ツキノワグマの生態そのものが、多くの謎に包まれているか
らでもある。動物行動学者の中には、クマが甘皮を求めてするのだとい
う人々がいるが、その場合も栄養を求めてという説と、生殖への刺激を
受ける物質が樹液に含まれているからだという説がある。
だが芦生の森や、丹波山塊では、クマハギが頻繁に行われてきたが、そ
れは必ずしも全国の生息地で一様に行われていることではない。むしろ
クマハギが行われない地域の方が多いのである。
これに対して昆虫学者の中には、クマハギの跡が、やがてクマの好物の
蜂の巣になり、さらには洞が大きくなると、今度は越冬用の場になって
いくことに注目し、クマはそれを初めから狙っているのではないかと考
える人々がいる。ところがクマハギをしてから洞ができて、やがて越冬
用に拡大したころには、当のクマはもう存在していない。クマは次世代
のためにクマハギをしていることになる。つまり芦生の森や丹波山塊の
クマには、世代間倫理があるとこれらの人々は推論するのである。その
真偽は分からない。だがクマハギによって生じた洞が、クマの世代を超
えた生活サイクルを大きく支えてきたのは確かな事実である。
このように、芦生の森の魅力は、語っても、語っても尽きることはない。
ぜひ一度は訪れて欲しいと思うが、この美しく、たくさんの生物に溢れ、
人々が織り成してきた穏やかな暮らしの跡が残る森が、近年急速な変化
をみせはじめている。森を守る人々からは、美しいブナ林の更新の危機
がささやかれ、ツキノワグマがめっきり見られなくなったという声も聞
こえる。いずれも温暖化の影響である。次にこの深刻な事態を検証して
いきたい。
*******************************
続きは『地球温暖化と経済発展』をご覧ください。
なお地球温暖化と森林の関係については、『世界』2010年4月号にも
「山と森にしのびよるナラ枯れ」というタイトルで、論文を掲載して
いただいています。バックナンバーを検索してみてください。
http://www.iwanami.co.jp/sekai/
http://www.iwanami.co.jp/sekai/2010/04/274.html