私の所有する戦前の時計ですね。精工舎の9型モリス型はスイスのモリス社のモデルをコピーした製品なのでモリス型と呼ばれているそうです。1926年(大正14年)から製造を開始されたそうですから、ずいぶんと古い機械ですね。二重ケースは軍用で使われた仕様ですが、民間にも流通していたようです。軍用なので兵士に官給品として支給されたと思われがちですが、当時の下士官兵の時計は私物で官給品ではありません。私の父は応召して入営時に父親が贈ってくれたと言ってました。当時の腕時計は高価ですが、これが最後かも知れないと奮発してくれたようです。しかし、内務班の流し場で手を洗う時に外してその場に置き忘れて、取りに帰った時はすでに無くなっていたと残念がっていました。満期除隊をしておじいちゃんになんと言い訳をしたのかは聞きもらしました。考えてみれば、一銭五厘で招集した初年兵に高価な時計など官給する余裕などないでしょう。しかし、士官には装備品として偕行社や水交社などを通じて販売をされていたかも知れません。将官には支給されたようですが、将官クラスは信頼性の劣る国産品などは使わなかったでしょう。撃墜王の坂井三郎氏は当時は下士官搭乗員でしたが、それでもカメラはライカを使用していて国産のカメラなどは使っていませんでした。陸軍の加藤隼戦闘隊(六四戦隊)の加藤建夫部隊長はコンタックスの愛用者です。余談ですが、陸軍士官学校や海軍兵学校を卒業して少尉に任官すると携帯するピストルは自分で購入をしていました。南部式以外にも、自分の好みで選んだという記述を戦記本で読んだ記憶があります。
このベルトも複製品ではなく当時物ですね。陸軍用では☆の金物と方位磁石が付いているものがありますが、高価で買えません。目下、複製品を作ろうとレザー工具などを研究しているところです。
戦地での過酷な使用条件に耐えるようにケースは二重になっています。これは精工舎の特許のようです。しかし、あくまでも防塵であって防水性能はありません。これで南方の多湿なジャングルや渡河行軍に耐えたとも思えませんが・・
裏蓋にはDust-Proofと特許番号と推定される274740の数字が打刻されています。
ロシアのマトリョーシカ人形みたい。
時計自体は小さな9型のモリス型で、当時の一般的な機械です。
オーバーホール済みとのふれ込みでしたが信用しません。分解洗浄をすると洗浄液が濁りました。
コハゼバネが変です。付いていたバネは右側で、バネの部分が折れていて、バネ線を曲げたものでごまかしてあります。仕方がありませんので、手持ちのジャンクから調達します。確かに簡単に複製しにくい形状をしていますね。
このようにセットします。
そもそも、当時でも街の時計屋さんで機械や文字盤ケースなどを組み合わせて組んでいたようですからオリジナルの組合せなのかは検証のしようがありません。また、近年のマニアさんがニコイチなどで仕上げているものも多いでしょうね。私のように・・で、文字盤にはSEIKO PRECICIONと印刷されていますが懐中時計も同じ名前ですね。やけにきれいなので、たぶん最初からのオリジナルではなく、デッドストックで組んだようです。私も多少はストックしていますが、軍用で使われた24時間表記のものが欲しいですね。(陸軍☆海軍⚓海軍航空隊桜)そのうち入手したいと思います。ということで、文字盤は現状のものを使っておきます。
ブルー針のヤレ具合からして文字盤がきれい過ぎるでしょ。小鉄車や天真に摩耗がありますが、ホゾの拡大は目立ちません。しかし、老眼の目には9型の機械は辛いですね。
すみません、あまりの気温の変化に風邪を引いて昨日から寝込んでしまいました。よって、途中の画像撮ってません。どう転んでも精度が出るはずもないので、タイムグラファーにも掛けていないのですが、一日経過でなんと1分以内(というか殆ど正確)なのには多少驚いています。まぁ、ゼンマイの巻き量によって影響は受けやすいのは当然ですけどね。昨夜はオークションで軍用の文字盤のついたモリス型の落札に失敗してしまいました。気長に出て来るまで待つことにしますが、画像の雰囲気も悪くはないですね。
だいぶ以前に南京虫などで遊んでいた頃もありましたが、まぁ、どう転んでもそれだけの性能ですから卒業していましたが、最近ミリタリーウォッチに興味が出て、二重ケースにたどり着きました。
若い頃に入手された陸軍用とのことで羨ましいですね。ヤフオクにも定期的に出て来ますが、高値になってしまうので入手が出来ません。これからも研究したいと思います。