12日(火)。昨日の日経朝刊の文化欄に、ヴァイオリンドクター(製造・修復)の中澤宗幸氏が「震災バイオリン 希望の音~津波にさらわれた流木集め製作、1000人が演奏リレー」というエッセイを書いています
中澤さんは一昨年の3.11の大震災のとき、自宅で昼食を取っていたそうですが、階下の工房で修復中の五嶋龍氏所有のストラディヴァリウスを預かっていたので、真っ先に工房に飛んでいき無事を確かめたそうです 中澤さんは海岸に打ち寄せられた流木を拾い集めて、3挺の「震災ヴァイオリン」を製作し、祈りと再生を願う気持ちを込め、10年かけて1000人にリレーで演奏してもらうプロジェクト「千の音色でつなぐ絆」を始め、ちょうど1年が経つとのことです
素晴らしい企画だと思いますが、私が彼のエッセイを読んで興味を引かれたのは、流木からヴァイオリンを製造しようと思ったきっかけとなった思い出です
「30年前、欧州で見たあるヴァイオリンの横板に刻まれていたギリシャ語の言葉を唐突に思い出した。”私は森に立っていた時は木陰で人を憩わせ、ヴァイオリンになってからは歌って人を憩わせている”。がれきとして処分される前に、楽器として新たに命を吹き込むことができたらーー。その思いで東北を訪ねた」
われわれはひと言で”がれき”と言って片づけがちですが、それに命を吹き込めば立派な楽器となり、人々を感動させることができるのだということを教えられました。3挺のヴァイオリンによって1000人のリレーが達成することを祈りたいと思います
閑話休題
昨夕、初台の新国立劇場でヴェルディ「アイーダ」を観ました フランコ・ゼッフィレッリの演出ですが、1998年の新国立劇場開場記念公演として上演された演目・演出です。今回の上演は新国立劇場開場15周年記念公演と名打っています 自席の斜め前の席には、前回同様、東京シティフィルの桂冠指揮者・飯守泰次郎氏が座っていらっしゃいます。
キャストはアイーダにラトニア・ムーア(ソプラノ)、ラダメスにカルロ・ヴェントレ(テノール)、アムネリスにマリアンネ・コルネッティ(メゾソプラノ)、アモナズロに堀内康雄、ランフィスに妻屋秀和、エジプト国王に平野和ほかです。指揮はドレスデン生まれのミヒャエル・ギュットラー、オケは東京交響楽団です
物語は、古代エジプト。若き将軍ラダメスは、王女アムネリスに仕える敵国エチオピアの王女アイーダと密かに愛し合っています しかし、アムネリスもラダメスを愛しています。アイーダは父である王の密令によりラダメスから軍事機密を聞き出して、ラダメスは謀反の罪で捕えられます アムネリスは、自分を愛せば命を救おうとラダメスに迫りますが、彼は拒否します 地下牢で死を待つラダメスの前に、事前に牢に忍び込んでいたアイーダが現われ、二人は永遠の愛を誓いながら死を待ちます
アイーダを歌うラトニア・ムーアはアメリカ出身の黒人で、昨年3月のメトロポリタン歌劇場「アイーダ」公演に、ウルマーナの代役として急きょ出演し大喝采を浴びた若手ソプラノ歌手です 今回の公演も、プログラムにはムーアの名前が紹介されていましたが、チラシの段階では別のソプラノの名前が出ていました。小柄ですが体格がよく、悲劇のヒロイン、アイーダをドラマチックに歌い上げます 合唱を突いて彼女の高い声が前面に出てきます。その声の存在感は並大抵ではありません
ラダメスを歌うカルロ・ヴェントレはウルグアイ生まれのイタリア人。ウィーン国立歌劇場、英国ロイヤル・オペラなどで歌っており、新国立オペラでは09年の「トスカ」でカヴァラドッシを歌っています 後半にいくにしたがって声の出もよくなっていき、満場の拍手で迎えられました
アムネリスを歌うマリアンネ・コルネッティはペンシルバニア生まれ。メトロポリタン歌劇場、ウィーン国立歌劇場などで歌っているとのことです。この人は最初から絶好調で、メゾソプラノながら高音も伸びがあり、アイーダには冷たく、ラダメスには愛して欲しいという気持ちを、歌と演技で見事に表現しました
日本人歌手で目立って良かったのはアイーダの父親アモナズロを歌ったバリトンの堀内康雄です。威厳のある声でエチオピア王を歌い、演じました
司祭者たちの長であるランフィスを歌った妻屋秀和は期待通りのバスでいつものように存在感を示していました
今回特筆すべきはギュットラーの情熱的な指揮のもと、素晴らしい演奏を展開した東京交響楽団ですある時は歌手に寄り添ってすすり泣き、ある時は圧倒的な迫力で会場を圧倒しました ちなみに、この日のコンマスは大谷康子でした
それにつけても、ゼッフィレッリの演出・舞台の何と豪華でスケールの大きいことか とくにこのオペラのハイライトとも言うべき第2幕第2場の「凱旋の場」における勇壮な凱旋行進曲の素晴らしさ アイーダ・トランペットが高らかに鳴り響く中、兵士たちが行進していきます。本物の馬が2頭登場します 面白いのはプログラムを見ると、出演者のリストに「馬」の区分があり「チェイン・オブ・ゴールド」と「アル・ロパルナ」という名前の馬であることが分かります
この場では続いて東京シティ・バレエ団とティアラこうとう・ジュニアバレエ団によりバレエが踊られますが、このバレエがまた素晴らしいのです このバレエのシーンは、初演時には非常に短かったそうで、1880年のパリ上演の際ヴェルディが現行の形に拡大したそうです
最後の第4幕第2場、地下でラダメスとアイーダが抱き合いながら死を待つ中、地上ではアムネリスと合唱の祈りの声が静かに響きます。そして、照明が消され、いくつかのロウソクの光だけが暗闇に浮かび上がるフィナーレは印象的です
今回の「アイーダ」の最大の収穫はアイーダ役のラトニア・ムーアとアムネリス役のマリアンネ・コルネッティの2人の女性歌手を知ったことです