3日(金)。昨日、当ビルのテナント新聞・放送社の若手社員の方々と地下の焼鳥Rで飲みました 主に若手社員同士の交流を図り,当ビルが管理上抱えている問題点について意見を拝聴するというのが趣旨です
テナント側,当社の社員,会議のコーヒーをサービスするパントリーのMさんを含め総勢約20人で2時間半近く話し合いが続きました
最後に私が音頭をとって,参加者の健康とモコタロの幸せを祈念して3本〆でお開きにしました
テナント側出席者が帰った後,「実に有意義な会だった.やってよかった
」と思ってお店を出るとき,なぜか示し合わせたように,カウンターで飲んでいた女性2人組が合流,男4人女3人のゴールデン7で新橋のカラオケ店に繰り出し,われ先にとマイクの奪い合いを展開しました
女性のうちMさんとKさんの歌はこれまでも聴いたことがありますが,Hさんの歌は初めて聴きました.パンチのある歌声で松田聖子からNHKの「みんなの歌」まで見事に歌い分けたのにはビックリしました
何組かの即興カップルによりデュエットも歌われ,当事者はつかの間の幸せに浸りながら新橋の夜は更けていきました
私のスマホで何枚か写メしましたが,写された某女性から「それ消去しといてね
」とくぎを刺され,それ以外の重要参考人からも「その写真が週刊文春やToraブログに公開されたら今後の政治生命は絶たれる
」と悲痛な叫びが上がったので,内心忸怩たる思いがありますが,個人情報保護法の精神に則り,写真をここに掲載することは控えます.ということで,わが家に来てから267日目を迎え、わが家の主人のようなデカイ態度を取るモコタロです
デカイのは目だけだよ どう 目立つ?
閑話休題
串田孫一著「考えることについて」(徳間文庫カレッジ)を読み終わりました 串田孫一は1915年東京生まれ.詩人,哲学者,随筆家で,2005年に死去しています
私のように,普段ろくに考えることをしない人間は,たまにはこういう本を読んで,人生についてゆっくりと考えた方が良いのではないかと思ったのが本書を手に取ったきっかけです
考えることについて,疑うことについて,遊ぶことについて,愛することについて,幸福について,運命について,嘘について,美について,愚かさについて・・・など,44のテーマについて語っています
読んでいて最初に気が付くのは,随分感覚が古いなぁという感触です それもそのはず,ここに収められた文章は1950年~55年の間に雑誌で連載したものなのです.著者は巻末の「覚書」で
「1950年からの数年間は,人生とか思索とか教養などに関係の深いテーマで書くようにという要求が多く,世間に人生論が目立った時代で,私としても最も読者を意識して書いた時期のものである.25年から30年近く歳月の流れた今,どの程度役に立つ内容のものか,自分では正確に判断できない」
と述べています(1979年).それからさらに36年経った2015年の今,1979年に刊行された旺文社文庫を底本にして,あらためて徳間文庫カレッジから刊行される運びになったわけです
哲学者らしく,時にプラトンやソクラテスのような古の哲学者の思想が引用されますが,文章は平明で分かり易く書かれており,おそらく中高生でも分かるように書かれています
44のテーマの中で,私の関心を引いたのは「美について」語ったところです.彼は問います
「私どもは美しいものを発見したでしょうか.本当に美しいものを知っているのでしょうか.それを各人がめいめい自分に問いただしてみることです.それには何の方法も要りません.ただ眼を開くだけです.美しい音を聞くためには,ただ耳をすますだけでよいのです.その簡単なことを,案外していないことがあります.人の心の美しさを知るにも,やはり特別な手段があるわけではありません.その美しさを受け入れる構えがありさえすればよいのです」
著者の言われているとおり,「美しい音を聞くためには,ただ耳をすますだけでよい」のかも知れませんが,それがいかに難しいかと言うことです ここであらためて,1950年代に著者が聴いていた音とは(ここでは音楽と解釈して)どんな音楽だったのだろうか,と考えます.そのヒントは「気質について」という文章の中にありました
著者の友人の姪・愛子さんはN響のKさんからヴァイオリンを習っているが,著者はKさんも良く知っている人である.ある日,その愛子さんが稽古の帰りにやってきた時に,何かを弾いて欲しいと頼んだところ,彼女が弾いたのはバッハの管弦楽組曲第2番ロ短調の「サラバンド」だった 弾き終って愛子さんに「それバッハのサラバンドでしたね」と言ったので印象を良くした
なぜ著者がその曲を知っていたのかと言えば,高等学校の時,音楽部の友人が昼休みによくその曲を弾いていたので,放送などで聴くたびに,自分の十代の日を懐かしむ習わしみたいなものが出来てしまっていたからだ,という話です
やはり,当時はバッハ,モーツアルト,ベートーヴェンといった誰もが認める大作曲家が聴かれていたのだろうな,と素直に思います
また,「希望について」の中で,著者は次のように書いています
「負けない気になって言うわけではないが,希望を抱くことも,また夢見ることも,これは若いひとだけに許されたこととは思わないので,私もそれを進んで求めようとしている 長いあいだ気が付かずにいたことでも,何かの拍子に発見することがある
だからこの人生は,いつまでたっても希望があり,新しい足取りがあり,未来に向かっての,明るいおののきが続いている.私は眠る間際に,明日のことをいろいろと考えて計画を立てるのがやっぱり嬉しい
」
こういうところは共感できます.この文章を読んであらためて思いました.知らないことを知ろうとする,経験したことのないことを経験する,他人の言動に振り回されず自分の意志で行動する・・・・・これからもそういう姿勢で生きていこうかな、と それから,「夕べはもう1曲デュエットを歌いたかったな」と