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人生の目的は音楽だ!toraのブログ

クラシック・コンサートを聴いた感想、映画を観た感想、お薦め本等について毎日、その翌日朝に書き綴っています。

有田正広+仲道郁代+クラシカル・プレイヤーズ東京でベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」他を聴く

2016年07月02日 09時51分08秒 | 日記

2日(土)。わが家に来てから643日目を迎え、万歩計でご主人の運動量を確かめるモコタロです

 

          

           ほほう 最近はコンスタントに1万歩を稼いでいるようだな

 

  閑話休題  

 

現在、池袋の新文芸坐では「絶対に観てほしい邦画サスペンス’50~’70年代」という特集を組んでいます  昨日は松本清張原作による映画「黒い画集 寒流」と「黒い画集 ある遭難」の2本立てを観ました 「黒い画集 寒流」は鈴木英夫監督による1961年の白黒映画です

 

          

 

銀行の支店長・沖野(池辺良)は、1,000万円の融資の相談にのったことから料亭の若い女将・奈美(新珠三千代)と深い関係になる しかし、同期のエリート上司である常務(平田昭彦)が横恋慕したことから、二人の関係にヒビが入り始める 沖野は興信所を使って常務に復讐を企てるが、ことごとく思うようにいかない

この手の映画は、最後には主人公が復讐を成し遂げ、めでたしめでたしで終わるのが常ですが、この映画では最後まで主人公が打ちのめされたままで終わっています そこが返って新鮮です 「寒流」というのは会社で言えば「非主流派」のことで、「暖流=主流派」に乗らなければ出世できない、ということを表しています それにしても新珠三千代って美人ですね 中学時代にテレビで観た内藤洋子主演の「氷点」では冷たい母親を演じていたのを思い出します

2本目の「黒い画集 ある遭難」は杉江敏男監督による1961年の白黒映画です

 

          

 

一緒に登山し遭難した3人のうち一人だけが死亡した 登山素人の浦橋(和田考)が生き残ったのに、それなりの登山実績があった岩瀬(児玉清)が遭難したことを不審に思った岩瀬の姉・真佐子(香川京子)は、従兄の槙田に頼み、登山リーダーだった江田(伊藤久哉)とともに弟の遭難現場に花を捧げるよう依頼する 江田と槙田は当時と同じコースをたどる登山を決行する。その途中、槙田は江田に、なぜ岩瀬が登山する前から疲れていたのか、1週間前の天気予報では山が嵐になる可能性が高かったのになぜ登山を決行したのか、と疑問をぶつける そして、なぜ岩瀬を死に追いやったのか動機だけが判らないと言う。江田は槙田の足下に亀裂の罠を作り、初めて動機を打ち明ける。真実を知った槙田は亀裂に足元を掬われ崖下に転落していく。してやったりの江田だったが、転落の音に誘発された雪崩が彼の頭上を襲い掛かった

観ているわれわれは槙田と同じで、江田の動機は何だったのか、という疑問を抱きながら次の展開を待っています 映画のほとんどが、雪の中を登山する3人の行動を追う内容なので、集中して観るのに努力が要ります 

キャストで一番驚くのは岩瀬を演じた児玉清です。名前を伏せたらまったく分かりません 私などは児玉清をいう名前を聞いた上でも顔と名前が一致しませんでした 若き日の児玉清はテレビのクイズ番組やNHKの週刊ブックレビューの司会で観た児玉清とあまりにもかけ離れた風貌でした

なお、この作品は、松本清張さんが「山男に悪人はいない」という通説を懐疑的に思い執筆したそうです。何か心当たりでもあったのでしょうか

 

          

           

 

  も一度、閑話休題  

 

昨夕、池袋の東京芸術劇場大ホールでクラシカル・プレイヤーズ東京のコンサートを聴きました プログラムは①モーツアルト「交響曲第32番ト長調K.318」、②ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番ト長調」、③モーツアルト「交響曲第40番ト短調K.550」です ②のフォルテピアノ独奏は仲道郁代、指揮は有田正広です

 

          

 

自席は1階I列13番、センターブロック左通路側です 開演10分前から有田氏と仲道さんによるプレトークがあり、仲道さんは次のように解説しました

「舞台に置かれている、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の演奏で使用するフォルテピアノは1816年、ロンドンのブロードウッド製の楽器です 1817年にベートーヴェンはブロードウッドからフォルテピアノをもらってるので兄弟ピアノみたいなものだと思います 前回のコンサートでフォルテピアノを使用した際、リハーサルの時は良く鳴ったのに、会場に聴衆が入って本番を迎えたら音を吸収してしまい、思ったように響きませんでした そこで、東京芸術劇場の石丸さんにご相談し、ある秘密兵器を使用することになりました ”石丸アクリル”と呼んでいますが、どんなものか後のお楽しみです。フォルテピアノの位置は、指揮者の右サイドに斜めに傾けて置いています。そして、オーケストラは弦楽器を左サイドに、管楽器を右サイドに固めています。いろいろ試した結果、この態勢が一番良いというが分かりましたので、この態勢で演奏します

そしてオケのメンバーがステージに登場し配置に着きます。左サイド、コンミスはバッハ・コレギウム・ジャパン(B.C.J)でお馴染みの荒木優子さん、先日「サントリーホール・チェンバーミュージック・ガーデン」でギターと一緒に演奏したヴァイオリンの廣海史帆さんの姿も見えます チェロには同じくB.C.Jでお馴染みの山本徹さんがいます。反対側の管楽器を見ると、オーボエの三宮正満さん、尾崎温子さん、フラウト・トラヴェルソの前田りり子さん、菅きよみさん、ファゴットの堂坂清隆さんら、B.C.Jのレギュラーメンバーが顔をそろえています 古楽器集団「クラシカル・プレイヤーズ東京」としては、これだけの人材を確保しておけば演奏は万全でしょう

モーツアルトは1777年から1779年にかけて母親とマンハイム・パリへ求職旅行に出たわけですが、交響曲第31番ニ長調”パリ”K.297はコンセール・スピリチュエルで大成功を納めたものの、旅行先で母親を亡くします 失意の中、ザルツブルクに帰ったモーツアルトが1779年4月26日に完成したのが交響曲第32番ト長調K.318でした。モーツアルト23歳の時の作品です。曲は単一楽章で、急ー緩ー急の3つの部分から成るシンフォニアの形式をとります

有田正広が指揮台に上がり、椅子の座って指揮をとります(腰痛か?)。曲を聴く限り、まるでオペラの序曲と言っても良いでしょう モーツアルトはテンポが命ですが、有田正広の指揮はまさにモーツアルトのテンポ、軽快そのものです とくに古楽器での演奏においては、ゆったりしたテンポは間延びしてしまいます

 

          

 

2曲目はベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番ト長調」です。この曲は1805年~06年に作曲されました この時期は、ピアノ・ソナタ”熱情”(1805年)、歌劇「フィデリオ」(1805年)、ヴァイオリン協奏曲(1806年)、交響曲第5番”運命”(1808年)、交響曲第6番”田園”(1808年)、ピアノ協奏曲第5番”皇帝”(1809年)と次々と傑作が生み出されていったところをみると、その先駆け的な作品と言えます

ステージのセッティングが行われます。プレトークで出た「石丸アクリル」の登場です 高さ2メートルほどの透明なアクリル製の衝立が4枚、フォルテピアノの向こう側に立てられ、音の反響板になります

ローズレッドの衣装の仲道郁代が登場、フォルテピアノに向かいます 第1楽章はピアノから入ります。古楽器特有の柔らかい音が会場に響き渡ります。主役のフォルテピアノも伴奏のオーケストラも古楽器であることと関係があるのか、音楽作りが繊細です プレトークでも話されていたように、この曲は全楽章を通じて『室内楽的な』曲想です 独奏楽器とオーケストラとの緻密な会話で成り立っているように感じます。ある意味、現代のグランド・ピアノと現代楽器によるオーケストラによる演奏に慣れている耳には非常に新鮮に感じるし、まったく違う曲を聴いているような錯覚に陥ります 第1楽章のカデンツァは、チェンバロとピアノの中間のような独特なフォルテピアノの音色の魅力が発揮された素晴らしい演奏でした

アンコールはベートーベンの あまりにも有名な「エリーゼのために」でした

 

          

 

休憩後はモーツアルト「交響曲第40番ト短調K.550」です。フォルテピアノがステージ中央から外されたので、オケの態勢も通常のスタイル(正面奥に管楽器、手前に弦楽器)に戻るのかと思っていたら、そのままの態勢で演奏するようです 弦楽器が左、管楽器は右にスタンバイします。前半は椅子に座って指揮をとった有田氏ですが、後半は立って指揮をします(腰痛、治った?)

有田正広の指揮で第1楽章が開始されます。思った通りの速いテンポです 「モーツアルトはこうでなくっちゃ」というテンポです。第3楽章「メヌエット」における前田りり子のフラウト・トラヴェルソ、三宮正満のオーボエは素晴らしい演奏でした

ところで、この曲を含めた交響曲第39番、第40番、第41番の3曲については、何の目的で書かれたのかについて所説 言われてきました これらの曲は1788年の6月26日(第39番)、7月25日(第40番)、8月10日(第41番)と、わずか1か月半の間に集中して書かれたわけですが、演奏された記録がないということで、目的がはっきりしないということなのです しかし、最近の研究では、第40番は多くの音楽家のパトロンだったゴットフリート・ヴァン・スヴィーテン男爵の主催するコンサートで演奏されたという説があるそうで、そうであれば他の2曲も含めて男爵のために書かれたのではないか、という説があるようです 何が本当なのかよく分かりませんが、『モーツアルト研究の現在』はどうなっているのか、興味があるところです

この公演のプログラムに「モーツアルトの交響曲でのクラリネット使用について」という解説記事が載っています。それによると

「クラリネット・パートを持つ曲は第31番ニ長調”パリ”K.297、第35番ニ長調”ハフナー”、第39番変ホ長調K.543、第40番ト短調K.550のわずか4曲のみである

これを見てビックリしました つまり、第36番”リンツ”も、第38番”プラハ”も、第41番”ジュピター”も、クラリネット・パートを持っていないのです てっきり、モーツアルトの交響曲はほとんどがクラリネット・パートがあるとばかり思っていました モーツアルトはクラリネットが好きだったようですから こういう解説は勉強になります

さて、次回の演奏会ですが、来年3月5日(日)午後3時から東京芸術劇場コンサートホールで開催されます。ベートーヴェンの交響曲第1番、第2番、そしてモーツアルトのホルン協奏曲第4番が演奏されます。一般発売は10月22日からです。S席4,000円、A席3,000円、B席2,000円と格安です。私は当日の同じ時間帯に東京交響楽団の東京オペラシティシリーズ公演があるので聴きに行けません。本当に残念です

 

          

コメント (2)
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