15日(金)。わが家に来てから656日目を迎え、お中元のメロンゼリーには目もくれず、オヤツにかぶりついているモコタロです
だって おいら メロンゼリーなんて食べられないもんね
閑話休題
昨日、夕食に「メカジキの照り焼き」「焼肉」「生野菜サラダ」「冷奴」を作りました メカジキかなり安かったけど、まさかサメだったりして
も一度、閑話休題
昨日午前11時から、上野の東京藝大奏楽堂で「第8回モーニングコンサート」を聴きました プログラムは①イベール「フルート協奏曲」、②エルガー「ヴァイオリン協奏曲ロ短調」です
①のフルート独奏は八木瑛子、②のヴァイオリン独奏は城戸かれん、指揮は湯浅卓雄、オケは藝大フィルハーモニアです
チケットの入場整理番号は324番でしたが、1階15列24番というセンターブロック右通路側席が確保できました 会場は9割方埋まっているでしょうか。前回といい今回といい、かなり人気があります
1曲目はジャック・イベールの「フルート協奏曲」です イベール(1890-1962)はフランス生まれで、1911年にパリ音楽院に入学しています。この曲は1932~33年に作曲され、当時の名フルート奏者マルセル・モイーズに献呈されました
4年在学中の八木瑛子がブルーの衣装で登場します 彼女は第25回日本木管コンクールで第1位を受賞した実力者です
この曲は第1楽章「アレグロ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「アレグロ・スケルツァンド」から成りますが、第1楽章冒頭からフランスの作曲家らしい軽妙洒脱なアレグロが疾走します 第2楽章は一転、抒情的で優雅な曲想です。どこかラヴェルを思い起こさせる雰囲気を持っています
第3楽章は再度、速いパッセージを超絶技巧で駆け抜けます
実に鮮やかな演奏でした
さて、この曲の最中、私の周囲で問題がありました 隣に20代半ばと思われる若い女性が座っていたのですが、演奏の最中、膝の上に乗せたスマホの光が漏れていたのです
別にメールや検索をしていた訳ではなさそうだったのですが、曲が終わっても拍手をしないのでオカシイと思ったら、おもむろに耳からイヤホンを外したのです。つまり、生の演奏を前にして、スマホでまったく別の音楽を聴いていたらしいのです
私は最近、大抵のことでは驚きませんが、これには心底驚きました
とても常識をもった同じ人間とは思えません。「こいつ、何しにここに来たんだ
」と怒りを覚えました。「お前なんか、コンクリート詰めにして東京湾に・・・」と罵倒するのをジッと我慢して、次の曲で同じことをやろうとしたらイヤホンを取り上げてやろうと思っていましたが、幸か不幸かスマホと共にバッグにしまって、ずっと「寝ていた」ので ほおってきました
結局この女は、コンサートに来て、スマホで別の曲を聴いて、ぐっすり寝て帰っていったわけで、もの凄く時間を無駄に過ごしています
これからも一生そうして生きていくのでしょう。想像がつきます
オケが拡大して2曲目のエドワード・エルガー(1857-1934)の「ヴァイオリン協奏曲 ロ短調」の演奏に入ります 黒を基調としたシックなドレスの城戸かれんが舞台に登場します
現在4年に在学中ですが、第79回日本音楽コンクールで第2位に入賞するなど多くの受賞歴があります
この曲は第1楽章「アレグロ」、第2楽章「アンダンテ」、第3楽章「アレグロ・モルト」から成ります。第1楽章は、オーケストラによる長い序奏のあと独奏ヴァイオリンが悠然と登場します 城戸さんが書いた曲目解説に「英国人ならではのノーブルさが音楽から香ってきます」とありますが、まさに「ノーブル」(気高さ)を感じる曲想が続きます
第2楽章のアンダンテにもその気高さが感じられます。第3楽章では、弦楽器群が、楽器をマンドリンのようにつま弾く奏法”ピッツィカート・トレモロ”(エルガーが考案したとのこと)によって独奏ヴァイオリンを支える音楽が聴けますが、ここは幻想的な雰囲気に満ちています
最後に、第1楽章冒頭のテーマが回帰されて大協奏曲の幕を閉じます
城戸かれんは楽譜を見ながらの演奏でしたが、50分にも及ぶ超大作を確かな技巧と並々ならぬ集中力で弾き切りました
ところで、7月7日の当ブログでご紹介した藝大オペラ「コシ・ファン・トゥッテ」のチラシが出来たので、ここに掲載します
最後の、閑話休題
昨夕、サントリーホールで読売日響第560回定期演奏会を聴きました プログラムは①ハイドン「交響曲第6番ニ長調”朝”」、②マーラー「交響曲第6番イ短調”悲劇的”」です
指揮は2017年度から読響の首席客員指揮者に内定しているドイツ生まれの俊英コルネリウス・マイスターです
読響は通常、左サイドにヴァイオリン・セクションを集めるオーソドックスな態勢を取っていますが、この日は左から第1ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、第2ヴァイオリン、その後ろにコントラバスという対向配置を採ります ドイツの指揮者はこの編成が多いように思います。コンマスは小森谷巧です
この日のプログラムは、マイスターのたっての希望で実現したそうです。約140年離れた時代に作曲された2つの交響曲を一晩で描き分けようとする試みです
1曲目はフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)の「交響曲第6番ニ長調”朝”」です ハイドンは1761年からハンガリーの貴族パウル・アントン・エステルハージ侯爵に仕えて作曲活動に勤しんでいましたが、交響曲の作曲活動の初期に書いた第6番、第7番、第8番には、それぞれ「朝」「昼」「晩」という標題が付いています
どうやらエステルハージ侯爵は3曲セットで作曲するように命じたようです
第6番は「朝」ですが、第1楽章を聴くと、何気に”朝ぼらけ”の雰囲気が伝わってきます 弦楽器に乗せてフルートが朝を告げているようです。このフルートが素晴らしい
第2楽章と第4楽章ではヴァイオリンとチェロの独奏が聴かれます。さながらダブル・コンチェルトのようです
ハイドンは個々の作品に性格を与えながら、最終的に104曲の交響曲を作曲して、後世の人々から「交響曲の父」と呼ばれるようになったのですね
マイスターの指揮はしなやかです 彼は楽章が終わってもタクトを下ろさず、そのままの姿勢をキープします。そしてタイミングを見計らってタクトを下ろし 次の楽章に入ります。この人の特徴は 楽員の緊張感を解かないことかもしれません
休憩後はハイドンの約140年後の作品、グスタフ・マーラー(1860-1911)の「交響曲第6番イ短調”悲劇的”」です オケの規模が拡大し、フルオーケストラで対峙します
ところで、休憩時間中にプログラムの曲目解説を読んでいて「おやっ?」と思いました それは中間楽章(第2楽章と第3楽章)の演奏順の扱いです
プログラムに書かれていたのは第2楽章「アンダンテ・モデラート」、第3楽章「スケルツォ」という順番でした
これに対し、これまで私が聴いて来た生演奏やCDの多くは第2楽章「スケルツォ」、第3楽章「アンダンテ・モデラート」という順番でした
この問題について、プログラムの解説では詳細に書かれていないので、ネットで調べてみたら、1963年に出版された国際マーラー協会による「全集版」では「スケルツォーアンダンテ」の順がマーラーの最終的な意志だったとされていたが、2003年に国際マーラー協会が発表したところによると、マーラー自身が「スケルツォーアンダンテ」の順で演奏したことがないとして、「アンダンテースケルツォ」の順番を最終的な解釈としていることが分かりました
マイスターのタクトにより第1楽章が開始されます 冒頭の行進曲風の第1主題は、まるで死への行進です
マイスターの音楽作りを聴いていて感じたのは、クリアな見通しの良い音楽作りをする人だな、ということです
個々の楽器の音がはっきりと分別して聴こえ、しかもそれが見事なアンサンブルを構成していきます
要するに、音が団子状になって一度に襲ってこないということです
マイスターは、マーラーでも 楽章が終わっても 自身は姿勢を崩しません いつでも次の楽章に移る態勢にあります
マーラーほどの大曲になると、大抵の指揮者は胸ポケットからハンカチを取り出して顔を拭いますが、マイスターはそういう素振りは一切見せません。常にオケに緊張感を持たせているように見えます
第2楽章のアンダンテは美しい楽章です。第3楽章は第1楽章の変形のような音楽で、スケルツォで悲劇を強調しているように思われます そして、最後の第4楽章は、悲劇の集大成です。言葉で言い表せば「破滅」とか「崩壊」というのが最も相応しいかもしれません
とにかく救いようのない音楽です。誰が付けたか知りませんが「悲劇的」とは良く表現したものです
第4楽章が中盤にかかった頃、私は打楽器奏者の中の誰がハンマーを叩くのだろう?と興味深々で、予想を立てていました 向かって右サイドの動きの少ない打楽器奏者が最もそれらしいな と予想していたのですが、見事に外れ、ど真ん中にいた奏者が大きな小槌を持ち上げて「ドーン
」と大きな音を出していました
すぐ前に座っているトロンボーン奏者は、きっと床から数センチ浮き上がり、難聴になって労災申請するのだろうな、と余計な心配をしてしまいました
最後の音が鳴り終わっても、指揮者がタクトを下すまで誰も拍手をしません。これがコンサートの醍醐味です マイスターのタクトが下されると、会場のそこかしこからブラボーがかかり大きな拍手がステージを囲みました
これがサントリーホールの良いところです
この演奏をもってコルネリウス・マイスターの読響・首席客員指揮者は「内定」から「決定」に変わったのではないかと確信します