“望まない妊娠のすべての原因が男性にある”
こんな言葉から始まる書籍「射精責任」が7月に販売され、大きな反響を呼んでいます。ネット上では共感や批判などさまざまな意見が書き込まれ、刊行記念イベントは異例のにぎわいに。
この書籍に、なぜいま大きな関心が集まっているのでしょうか。
授業でこの本を使う大学も現れています。学生たちはどのようなことを感じたのでしょうか。
(首都圏局/ディレクター 田中かな)
望まない妊娠の原因は男性にある?
「射精責任」を執筆したのは、アメリカの人気ブロガー、ガブリエル・ブレアさんです。これまでに、「ニューヨーク・タイムズ紙」のベストセラーに選ばれる本を執筆するなど、アメリカのオピニオンリーダーとして活動してきました。
「射精責任」では、望まない妊娠の原因は男性にあること、また男性にとって望まない妊娠を避けるのは難しくないことを主張し、軽妙な文体で議論を展開しています。
セックスをするから望まない妊娠をするのではありません。望まない妊娠は、男性が無責任に射精をした場合にのみ起きるのです。
彼とパートナーが妊娠を望んでいないというのに、男性が精子を女性のヴァギナに放出した場合にのみ、起きる。これに対する予防は、男性にとって難しくありません。
(ガブリエル・ブレア「射精責任」より)
望まない妊娠の原因が男性にある理由については、さまざまなデータを用いて次のように語りました。
・女性の排卵時期は予測が難しい。排卵はコントロールできないが、射精は、頻度や、誰かの体内に残すかどうかをコントロールできる。
・女性用避妊具は手に入れにくく、副作用があるものもある。一方で男性用避妊具(コンドーム)はドラッグストアやコンビニで24時間、365日購入が可能で値段も安い。
・男女間には力の差がある。女性が、避妊を行わない無防備なセックスを断ったりすると、男性が暴力あるいは怒りで対応することがある。
無責任な射精による望まない妊娠によって、女性は「中絶するのか」などの大きな決断を迫られるだけでなく、出産で命を落とすこともあるとつづります。
精子は危険な体液だと考えるべきでしょう。女性に痛みを与え、生涯続く混乱を招き、死をもたらすことさえあります。精子は人間を作り出すことができます。精子は人間を殺すことができます。(中略)
男性は、おもちゃではなく、実際に危険な武器を持ち歩いているようなものです。彼らが精子をどのようにして扱うのかで、命が左右されるのです。
(ガブリエル・ブレア「射精責任」より)
そして、リスクを避けるために、男性が責任を持ってセックスのたびにコンドームをすること、コンドームをするのが嫌であれば避妊手術(パイプカット)を受けることを、ブレアさんは求めています。
「射精責任」に日本でも大きな反響
この本が7月に日本で発売されると、SNSでは共感や批判などさまざまな意見が書き込まれ、大きな話題となりました。
都内の書店では、刊行記念イベントを開催するという告知をしたところ、オンラインを含めて400人以上の申し込みがありました。スタッフの河合麻衣さんによると、こうしたイベントでは異例の多さだといいます。
イベントスタッフ 河合麻衣さん
「申し込みの勢いがすごかったです。本の注目度も高く、これほどすごいスピードで売れ続けるのは珍しいことです。本当にうねりを感じています」
この書籍が注目されるのは、日本社会が、中絶や望まない妊娠を女性だけの問題としてきたことが背景にあると、本の解説を担当する専門家は指摘します。
去年、日本の中絶件数は12万件以上。一日におよそ340件近く中絶手術が行われていることになります。さらに望まない妊娠によって生まれた赤ちゃんを女性が遺棄し、逮捕される事件もあとをたちません。
岡山大学 齋藤圭介准教授(ジェンダー研究が専門)
「皆さん、うすうす気づいていたはずなんですよ。望まない妊娠をさせた男はどこに行ったんですか?とか、女性が避妊してほしいと言っても、してくれない男性がいるとか。
これまでは中絶の議論に男性がいなかった。そこに男性がいるべきであるということに焦点を当てたのが、この本の一番の売りですね」
男性の責任 どうとらえる
都内の書店で8月に開かれた刊行記念イベントでは、翻訳を行った村井理子さんとフリーライターの武田砂鉄さんが、男性の責任や、これから起こすべき行動について意見を交わしました。
この本で何度も繰り返されていますけど、男性は24時間、精子を出すことができる。自分の意志で出すことができる。これは当然のことなんですけれど、その自覚がないことによっていろんなことが起きてしまっている。
女性は、妊娠してしまったら本当に大変なことで、とんでもない大きな決断が必要になります。そのことについて、もう少し男性が歩み寄って理解してくれると、望まない妊娠は減るのかなと思います。
この本で解説を書かれている齋藤さんは、本書を読む男性はそもそも意識が高いだろうし、そのような男性には本書のメッセージは届きやすいと。
では本書を手に取ることがない男性に、メッセージを届けるためにはどうしたらよいのかという課題が残ると。どうしたらいいんでしょうね。本書を手に取ることのない男性は。
やっぱり男性同士で話をするのがいいんですかね。女性から読んでと言われて、素直に読む人だったらもう読んでいるかもしれないし。
女性から言われると、素直になれない男性もいると思います。
「批判的な視点が変わった」「共感できない、だけど揺さぶられる」
本の解説を担当した齋藤さんは、教べんをとる岡山大学で、この本を題材に性について考える授業を始めました。
学生たちは本を読み、日本の性教育の現状などを調査して発表。これまで話しづらかった性の話についても、意見を交わしました。
本の表紙を見たときは、タイトルのインパクトが強くて人前で読むのが恥ずかしいなと思いました。本の内容は、女性は妊娠から逃げられないなど、当たり前なことも多く書かれていました。
当たり前なことが本になっているのは、男性と女性それぞれがセックスについてふだんから話すことが少ないからだと思いました。
今まで私は、中絶をした女性を批判的に思っていたことに気づかされました。
知り合いで「中絶した」という女性がいて、彼女に対して批判的な視線を向けてしまったんです。でも妊娠させてしまった男性のことをあまり批判的に思っていなかった、その存在に気づいていなかったなと。
女性を妊娠させても、男性にはリスクがないと本に書いてあったんですけど、そんなわけはないと思いました。僕が、もし女性を妊娠させたら大学やめなくちゃいけなくなるだろうし、めちゃくちゃ親に怒られるだろうし。
この本は共感できない部分が多かったのですが、でも、それもいいなと思いました。本を読んだときに感情が大きく揺さぶられると、話題を呼ぶと思うんですよ。
男性、女性に関わらず、いろんな人にこの本を読んでもらえたら、新しい教育とかにつながるのかなと思いました。
この本に答えが書いてあるわけじゃなくて、あくまで私たちが、性や中絶というものを考えるときに、議論を進めていくステップに使うべき本なんだなと、私も思いますね。そういう意味で、本に対する批判的な意見というのはすごく大事ですね。
この本を読み射精責任について考えることは、女性だけでなく男性にも、多くのメリットをもたらしてくれると齋藤さんは考えています。
岡山大学 齋藤圭介准教授
「生殖というものに男性はいままで深く関わってきませんでした。それはメリットでもあり、デメリットでもあると思います。
子ども好きの男性は多いですよね。この本を読むと、男性が『自分も生殖の当事者なんだ、生殖に関わるべき存在なんだ』と認めてもらったと感じる効果があると思います。
また実践的なメリットとしては、目の前のセックスのパートナーといい関係を、男性の方から築けるきっかけになります」
書籍では最後に、望まない妊娠を防ぐため実際の行動に移すことを呼びかけています。
今いる場所から始めるのです。男性は、責任ある射精をすることを誓い、すべての男性が責任ある射精をする行動様式を作り上げるのです。(中略)
徹底的な性教育を求める必要があります。男女の生殖機能の違いと、望まない妊娠をどう防ぐのかを学ぶことができる、明確な記述を含むカリキュラムが必要です。精子が妊娠の原因になることを明確に示し、責任ある射精を明確に期待するカリキュラムが必要です。コンドームを効果的に使用し、コンドームを使用したセックスが快楽を減らすという考えを変える必要があります。
(ガブリエル・ブレア「射精責任」より)
- 2023年11月15日 NHK
「射精責任」が話題 望まない妊娠の原因は男性に?
授業で使う大学も
“望まない妊娠のすべての原因が男性にある”
こんな言葉から始まる書籍「射精責任」が7月に販売され、大きな反響を呼んでいます。ネット上では共感や批判などさまざまな意見が書き込まれ、刊行記念イベントは異例のにぎわいに。
この書籍に、なぜいま大きな関心が集まっているのでしょうか。
授業でこの本を使う大学も現れています。学生たちはどのようなことを感じたのでしょうか。
(首都圏局/ディレクター 田中かな)
望まない妊娠の原因は男性にある?
「射精責任」を執筆したのは、アメリカの人気ブロガー、ガブリエル・ブレアさんです。これまでに、「ニューヨーク・タイムズ紙」のベストセラーに選ばれる本を執筆するなど、アメリカのオピニオンリーダーとして活動してきました。
「射精責任」では、望まない妊娠の原因は男性にあること、また男性にとって望まない妊娠を避けるのは難しくないことを主張し、軽妙な文体で議論を展開しています。
セックスをするから望まない妊娠をするのではありません。望まない妊娠は、男性が無責任に射精をした場合にのみ起きるのです。
彼とパートナーが妊娠を望んでいないというのに、男性が精子を女性のヴァギナに放出した場合にのみ、起きる。これに対する予防は、男性にとって難しくありません。
(ガブリエル・ブレア「射精責任」より)
望まない妊娠の原因が男性にある理由については、さまざまなデータを用いて次のように語りました。
・女性の排卵時期は予測が難しい。排卵はコントロールできないが、射精は、頻度や、誰かの体内に残すかどうかをコントロールできる。
・女性用避妊具は手に入れにくく、副作用があるものもある。一方で男性用避妊具(コンドーム)はドラッグストアやコンビニで24時間、365日購入が可能で値段も安い。
・男女間には力の差がある。女性が、避妊を行わない無防備なセックスを断ったりすると、男性が暴力あるいは怒りで対応することがある。
無責任な射精による望まない妊娠によって、女性は「中絶するのか」などの大きな決断を迫られるだけでなく、出産で命を落とすこともあるとつづります。
精子は危険な体液だと考えるべきでしょう。女性に痛みを与え、生涯続く混乱を招き、死をもたらすことさえあります。精子は人間を作り出すことができます。精子は人間を殺すことができます。(中略)
男性は、おもちゃではなく、実際に危険な武器を持ち歩いているようなものです。彼らが精子をどのようにして扱うのかで、命が左右されるのです。
(ガブリエル・ブレア「射精責任」より)
そして、リスクを避けるために、男性が責任を持ってセックスのたびにコンドームをすること、コンドームをするのが嫌であれば避妊手術(パイプカット)を受けることを、ブレアさんは求めています。
「射精責任」に日本でも大きな反響
この本が7月に日本で発売されると、SNSでは共感や批判などさまざまな意見が書き込まれ、大きな話題となりました。
都内の書店では、刊行記念イベントを開催するという告知をしたところ、オンラインを含めて400人以上の申し込みがありました。スタッフの河合麻衣さんによると、こうしたイベントでは異例の多さだといいます。
イベントスタッフ 河合麻衣さん
「申し込みの勢いがすごかったです。本の注目度も高く、これほどすごいスピードで売れ続けるのは珍しいことです。本当にうねりを感じています」
この書籍が注目されるのは、日本社会が、中絶や望まない妊娠を女性だけの問題としてきたことが背景にあると、本の解説を担当する専門家は指摘します。
去年、日本の中絶件数は12万件以上。一日におよそ340件近く中絶手術が行われていることになります。さらに望まない妊娠によって生まれた赤ちゃんを女性が遺棄し、逮捕される事件もあとをたちません。
岡山大学 齋藤圭介准教授(ジェンダー研究が専門)
「皆さん、うすうす気づいていたはずなんですよ。望まない妊娠をさせた男はどこに行ったんですか?とか、女性が避妊してほしいと言っても、してくれない男性がいるとか。
これまでは中絶の議論に男性がいなかった。そこに男性がいるべきであるということに焦点を当てたのが、この本の一番の売りですね」
男性の責任 どうとらえる
都内の書店で8月に開かれた刊行記念イベントでは、翻訳を行った村井理子さんとフリーライターの武田砂鉄さんが、男性の責任や、これから起こすべき行動について意見を交わしました。
この本で何度も繰り返されていますけど、男性は24時間、精子を出すことができる。自分の意志で出すことができる。これは当然のことなんですけれど、その自覚がないことによっていろんなことが起きてしまっている。
女性は、妊娠してしまったら本当に大変なことで、とんでもない大きな決断が必要になります。そのことについて、もう少し男性が歩み寄って理解してくれると、望まない妊娠は減るのかなと思います。
この本で解説を書かれている齋藤さんは、本書を読む男性はそもそも意識が高いだろうし、そのような男性には本書のメッセージは届きやすいと。
では本書を手に取ることがない男性に、メッセージを届けるためにはどうしたらよいのかという課題が残ると。どうしたらいいんでしょうね。本書を手に取ることのない男性は。
やっぱり男性同士で話をするのがいいんですかね。女性から読んでと言われて、素直に読む人だったらもう読んでいるかもしれないし。
女性から言われると、素直になれない男性もいると思います。
「批判的な視点が変わった」「共感できない、だけど揺さぶられる」
本の解説を担当した齋藤さんは、教べんをとる岡山大学で、この本を題材に性について考える授業を始めました。
学生たちは本を読み、日本の性教育の現状などを調査して発表。これまで話しづらかった性の話についても、意見を交わしました。
本の表紙を見たときは、タイトルのインパクトが強くて人前で読むのが恥ずかしいなと思いました。本の内容は、女性は妊娠から逃げられないなど、当たり前なことも多く書かれていました。
当たり前なことが本になっているのは、男性と女性それぞれがセックスについてふだんから話すことが少ないからだと思いました。
今まで私は、中絶をした女性を批判的に思っていたことに気づかされました。
知り合いで「中絶した」という女性がいて、彼女に対して批判的な視線を向けてしまったんです。でも妊娠させてしまった男性のことをあまり批判的に思っていなかった、その存在に気づいていなかったなと。
女性を妊娠させても、男性にはリスクがないと本に書いてあったんですけど、そんなわけはないと思いました。僕が、もし女性を妊娠させたら大学やめなくちゃいけなくなるだろうし、めちゃくちゃ親に怒られるだろうし。
この本は共感できない部分が多かったのですが、でも、それもいいなと思いました。本を読んだときに感情が大きく揺さぶられると、話題を呼ぶと思うんですよ。
男性、女性に関わらず、いろんな人にこの本を読んでもらえたら、新しい教育とかにつながるのかなと思いました。
この本に答えが書いてあるわけじゃなくて、あくまで私たちが、性や中絶というものを考えるときに、議論を進めていくステップに使うべき本なんだなと、私も思いますね。そういう意味で、本に対する批判的な意見というのはすごく大事ですね。
この本を読み射精責任について考えることは、女性だけでなく男性にも、多くのメリットをもたらしてくれると齋藤さんは考えています。
岡山大学 齋藤圭介准教授
「生殖というものに男性はいままで深く関わってきませんでした。それはメリットでもあり、デメリットでもあると思います。
子ども好きの男性は多いですよね。この本を読むと、男性が『自分も生殖の当事者なんだ、生殖に関わるべき存在なんだ』と認めてもらったと感じる効果があると思います。
また実践的なメリットとしては、目の前のセックスのパートナーといい関係を、男性の方から築けるきっかけになります」
書籍では最後に、望まない妊娠を防ぐため実際の行動に移すことを呼びかけています。
今いる場所から始めるのです。男性は、責任ある射精をすることを誓い、すべての男性が責任ある射精をする行動様式を作り上げるのです。(中略)
徹底的な性教育を求める必要があります。男女の生殖機能の違いと、望まない妊娠をどう防ぐのかを学ぶことができる、明確な記述を含むカリキュラムが必要です。精子が妊娠の原因になることを明確に示し、責任ある射精を明確に期待するカリキュラムが必要です。コンドームを効果的に使用し、コンドームを使用したセックスが快楽を減らすという考えを変える必要があります。
(ガブリエル・ブレア「射精責任」より)