注:この記事は、有識者個人の意見です。COVID-19有識者会議の見解ではないことに留意ください。
新型コロナウイルス感染症の後遺症は、倦怠感、呼吸苦、咳嗽、味覚・嗅覚障害などが主な症状であり、20歳代以降の全世代で高頻度に認められ、月単位(2~4か月後)で遷延することが明らかになってきた。
回復後に出現する遅発性後遺症はウイルス後疲労症候群と呼ばれ、脱毛、記憶障害、睡眠障害、集中力低下などがある。
後遺症発症のリスク因子として、高齢、女性、肥満、急性期の症状数が5以上であることが報告されたが、現段階では後遺症の原因は不明であり、確立された治療法はない。
後遺症には医学的、社会的、経済的問題があり、これらは喫緊の課題である。
最大の後遺症予防法は新型コロナウイルス感染症に罹患しないことであり、継続的な患者への啓発活動が重要である。
はじめに
これまでにエボラウイルス病やデング熱といったウイルス性疾患でも後遺症があることが知られているが[1][2]、新型コロナウイルス感染症(coronavirus disease 2019: COVID-19)にも後遺症(以下、コロナ後遺症)があることが分かってきた。2020年7月頃より欧米から疫学報告が散見された[3][4]。その後、本邦からは国立国際医療研究センターや和歌山県からコロナ後遺症の疫学が報告された[5][6]。これらの疫学情報などをもとに、本章では2021年4月時点でコロナ後遺症に関して分かっていること、いまだ明確になっていないことを記載する。
症状の種類、頻度、持続期間
① 国内からの報告
2020年2~6月に国立国際医療研究センター病院を退院した患者78名を対象とし、コロナ後遺症に関する電話聞き取り調査が2020年7月~8月に行われた[5]。63名から回答があり、平均年齢は48歳、約9割が日本人であった。75%が新型コロナウイルス肺炎と診断されたが、酸素投与を受けた中等症患者が27%、人工呼吸管理を受けた重症患者が8%と、多くは軽症患者であった。
結果は、発症から約2か月で48%の方に、約4カ月たっても27%の方に何らかの後遺症を認めた 。【図1】はCOVID-19発症からの日数と、急性期症状を有する患者さんの割合の関係を表したものである。呼吸苦、倦怠感、嗅覚障害、咳嗽、味覚障害といった症状が、発症2カ月後も5~18%、発症から約4カ月後も2~11%続いていた 。コロナ後遺症を、14日間を越えて遷延する症状と定義した場合、年代別のコロナ後遺症を有する割合は【表1】の通りであった。全体で76%の患者にコロナ後遺症が認められており、20歳代で75%、30歳代で83%であることを考えると、若年者であっても後遺症を有する割合が少ないわけではないことがわかる。また、症例数は少ないが、20歳代では嗅覚障害(50%)、味覚障害(47%)の頻度が高かったのに対し、30歳以降では咳嗽(33~80%)、呼吸困難(25~60%)、倦怠感(27%~60%)の頻度が高い傾向があった[7]。また、遅発性の合併症として、全体の24%の患者に脱毛を認めた 。COVID-19発症から脱毛出現までの平均期間は58.6日(SD 37.2日)、脱毛の平均持続期間は76.4日(SD 40.5日)であった。脱毛の性状(円形脱毛症か男性型脱毛症化など)やその程度に関しては明らかになっていない。
次に、和歌山県でのCOVID-19の後遺症などのアンケート調査では、2020年9月14日時点で退院後2週間以上経過している216名の回復者を対象に、管轄保健所から聞き取り調査が行われた[6]。回答者数は163人(回答率75.5%)であり、75人(46%)に何らかの症状を認めた。嗅覚障害、倦怠感、味覚障害、呼吸困難感が主な症状であり、年代別では30歳代が77%と最も高頻度に何らかの症状を認め、40歳代から60歳代でも50%以上で何らかの症状があった。ただし、本報告ではCOVID-19発症から調査時までの期間が記載されていないため、解釈には注意が必要である。
図1
COVID-19発症からの日数と急性期症状を有する患者の割合
COVID-19発症からの日数と、急性期症状を有する患者さんの割合の関係を表したものである。呼吸苦、倦怠感、嗅覚障害、咳嗽、味覚障害といった症状が、発症2カ月後も5~18%、発症から約4カ月後も2~11%続いていた。
Open Forum Infect Dis, 2020. 7(11): p. ofaa507.
② 海外からの報告
イタリアからの報告では、発症後60日の段階で87%の患者が何らかのコロナ後遺症を訴えていた[3]。特に倦怠感や呼吸苦の頻度が高く、関節痛、胸痛、咳嗽、喀痰、嗅覚障害、眼や口腔内乾燥、結膜充血、味覚障害、頭痛、食欲不振、咽頭痛、眩暈、筋肉痛、下痢など様々な症状がみられた。
1733名の退院患者を対象とした中国からのコホート研究では、発症から約6か月間経過しても76%の患者に何らかの後遺症を認めた [8]。頻度の高い症状としては、倦怠感や筋力低下(63%)、睡眠障害(26%)、脱毛(22%)、嗅覚障害(11%)であった 。本研究の特徴としては、6か月以上の長期追跡期間に加え、客観的な定量評価として6分間歩行試験、胸部CT検査、呼吸機能検査などの包括的な検査が行われた点が挙げられる。患者をScale 3(酸素投与を必要としなかった軽症群 n=439)、Scale 4(酸素投与を必要とした中等症群 n=1172)、Scale 5-6(high flow nasal canula、非侵襲的陽圧換気、侵襲的人工換気を必要とした重症群 n=122)の3群に分けて評価したところ、呼吸機能検査では総肺気量、残気量、肺拡散能が予測値の80%以下であった患者の割合は、Scale3群やScale4群と比較し、Scale 5-6群で有意に多かった(【図2】)。このことから、重症患者ほど呼吸機能低下を認める患者の割合が多いことがわかる。
図2
総肺気量、残気量、肺拡散能が予測値の80%以下であった重症度別COVID-19患者の割合
患者をScale 3(酸素投与を必要としなかった軽症群 n=439)、Scale 4(酸素投与を必要とした中等症群 n=1172)、Scale 5-6(high flow nasal canula、非侵襲的陽圧換気、侵襲的人工換気を必要とした重症群 n=122)の3群に分けて評価したところ、呼吸機能検査では総肺気量、残気量、肺拡散能が予測値の80%以下であった患者の割合は、Scale3群やScale4群と比較し、Scale 5-6群で有意に多かった
Lancet, 2021. 397(10270): p. 220-232.
コロナ後遺症のリスク因子
コロナ後遺症リスク因子の種類には、発症リスク、遷延リスク、重症化リスクなどが挙げられるが、現段階ではコロナ後遺症の遷延リスクや重症化リスクは明確になっていない。発症リスク因子に関しては、高齢、女性、肥満(body mass index)、発症から7日以内の症状の数が5以上である ことが報告されている[9]。また、症状別では、倦怠感や筋力低下のリスク因子として高齢、女性、重症であること、不安障害やうつのリスク因子として女性、重症であること が挙げられた[8]。
コロナ後遺症の病態
コロナ後遺症の病態は明確になっていないが、英国の国立衛生研究所(National Institute for Health Research)がコロナ後遺症をLong COVIDと呼び、下記の4つの病態が複雑に絡み合ったものと定義付けている。
1. 急性期症状の遷延
急性期症状の遷延するタイプである「持続型」の後遺症で最も多く認められたのは、呼吸器症状であった。呼吸苦、咳嗽、喀痰などがそれにあたり、肺の器質化、線維化などがその原因であると考えられている。また、嗅覚障害や味覚障害はCOVID-19に特異的な症状であった。イタリアからの報告によると、COVID-19患者59人のうち20人(33.9%)で嗅覚異常と味覚異常がみられ[10]、特に若年者や女性に多く見られた。これらの所見はCOVID-19に特徴的であり、オッズ比は6.74であった[11]。
2. ウイルス後疲労症候群(post-viral fatigue syndrome)
これは急性期ではなく、回復後に出現する症状である。発症から約110日後に電話で聞き取った回復者のうち、約3割の患者に脱毛、記憶障害、睡眠障害、集中力低下などの症状が見られたというフランスからの報告がある[12]。日本からの報告でも脱毛はほぼ同じ頻度で認められた[5][6]。これはウイルスが直接影響した症状ではなく、感染による肉体的精神的ストレスによって起きている可能性が指摘されている[5]。
3. 集中治療後症候群(post intensive care syndrome: PICS)
集中治療後症候群は、集中治療室での治療後に生じる身体障害・認知機能障害・精神の障害を指す。COVID-19の場合は重症者の多くが高齢者であり、ワクチンも特効薬もない感染症で治療が長期化したこと、厳重な感染対策のために家族や友人とも会えず孤独な闘病をよぎなくされたことなどから、若年者と比較して重い症状が現れた可能性がある。
4. 心臓や脳への影響
COVID-19は、肺だけでなく、心臓や脳にも感染し深刻な障害を起こす恐れがある。脳では髄膜炎や脳炎[13]、心臓では心筋炎や心房細動など[14]が報告されている。
コロナ後遺症の原因
現段階では明確なコロナ後遺症の原因が分かっていないが、いくつかの仮説が提唱されており[15]、世界中で研究が進んでいる。
新型コロナウイルスはスパイクと呼ばれる突起がACE2受容体に結合することで細胞内に直接侵入・増殖し、組織を障害する。ACE2は肺、脳、鼻や口腔粘膜、心臓、血管内皮、小腸に存在するため、後遺症として多様な症状を呈する可能性がある [16][17]。その他の仮説として、サイトカインストームの影響[18]、活動性ウイルスそのものの影響[1]、抗体が少ないことによる不十分な免疫応答[19]などが挙げられている。
コロナ後遺症の治療
現段階ではコロナ後遺症に対する確立した治療法はなく、対症療法が中心となる。外来診療を受けたCOVID-19患者214名を対象とした研究では、亜鉛製剤やビタミンC(アスコルビン酸)の投与を行うことは、症状の持続期間の短縮には寄与しなかったとの報告がある[20]。今後の研究においてコロナ後遺症の病態を解明していくとともに、有効な治療法を見つける必要がある。
今後の課題
コロナ後遺症に関しては医学的、社会的、経済的問題があり、これらは喫緊の課題であると考えられる。
まず、コロナ後遺症の概念を広く周知することが重要だろう。特に、コロナ後遺症患者が多く受診する診療所の医師には、コロナ後遺症に関する客観的な疫学情報を知っておくことが求められであろう。コロナ後遺症の多くは主観的な症状であり、客観的な指標で定量評価しにくいが、多様な症状を”気持ちのモンダイ”で片付けるのではなく、患者の声を傾聴する必要がある。COVID-19は地域全体で取り組むべき疾患となりつつあり、今後は地域単位で急性期・慢性期のCOVID-19患者を支えていく体制づくりが必要になるだろう 。
次に、コロナ後遺症の定義作成は重要である。現段階では、世界的なコンセンサスの得られている定義はない。英国のNational Institute for Health and Care Excellenceは症状の持続期間によって①Acute COVID-19: 発症から4週間以内、②Ongoing symptomatic COVID-19: 発症から4~12週間、③Post-COVID-19 syndrome: 発症から12週以降の3つに分類している[21]。また、米国疾病予防センター(CDC)は、4週間以上続く症状をpost-COVID Conditionsと呼ぶことを提案している[22]。この定義を考える際、筆者は何らかの新型コロナウイルスの感染を示唆する客観的所見は必要と考えている。具体的には、SARS-CoV-2 PCR検査、抗原検査、抗体検査などがそれにあたる。
コロナ後遺症患者のための社会保障も課題である。コロナ後遺症のために復職困難となったり、定期通院が必要となったりすることがあり、経済的救済が必要となる。これを考える際に重要となるのが、コロナ後遺症の定義であり、行政側とともに慎重かつ迅速な対応が必要であろう。
今後は臨床研究を通して後遺症が出現もしくは遷延するリスクを明らかにし、病態解明による有効な治療薬開発につなげる必要がある 。
さいごに
しばしば「コロナはただの風邪」という言葉を耳にする。
また、長引くコロナ対策疲れがあることは理解できる。しかし、COVID-19は後遺症という点だけ見ても風邪やインフルエンザとは異なり、 同様 に考えてはいけない 。多様な症状が月単位で長引き、回復者の生活の質を低下させ、美容というデリケートな面でも問題を引き起こしている。重症者だけでなく、軽症・中等症の患者や若年者にも一定の割合でコロナ後遺症が長く続くという事実を認識し、患者への啓発活動に繋げることが大切である。
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