久し振りの「今日のお気に入り」は、萩原朔太郎(1886-1942)の詩一篇と俳句一句。「乃木坂」の旧名は「幽霊坂」、ご存じでしたか。
乃木坂倶楽部
十二月また来れり。
なんぞこの冬の寒きや。
去年はアパートの五階に住み
荒漠たる洋室の中
壁に寝台(べつど)を寄せてさびしく眠れり。
わが思惟するものは何ぞや
すでに人生の虚妄に疲れて
今も尚家畜の如くに飢えたるかな。
我れは何物をも喪失せず
また一切を失ひ尽せり。
いかなれば追はるる如く
歳暮の忙がしき街を憂ひ迷ひて
昼もなほ酒場の椅子に酔はむとするぞ。
虚空を翔け行く鳥の如く
情緒もまた久しき過去に消え去るべし。
十二月また来れり
なんぞこの冬の寒きや。
訪(と)ふものは扉(どあ)を叩(の)つくし
われの懶惰(らんだ)を見て憐れみ去れども
石炭もなく暖炉もなく
白堊の荒漠たる洋室の中
我れひとり寝台に醒めて
白昼(ひる)もなほ熊の如くに眠れるなり。
冬日暮れぬ思ひ起せや岩に牡蠣(かき)
(河上徹太郎編 「萩原朔太郎詩集」 新潮文庫 所収)