今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集の中の「菊池寛百歳」と題したコラムから。
「菊池の文章はひと口に言えば、あらゆるムダを去ってまっすぐに目的に達してそれでいて味わいある無類のものである。芥川龍之介の弔辞にもそれはみられる。
芥川龍之介君よ
君が自ら択み自ら決したる死について
我等何をか云はんや
ただ我等は君が死面に平和なる微光の漂へるを見て甚だ安心したり
友よ安らかに眠れ!
君が夫人賢なれば
よく遺児を養ふに堪ゆるべく
我等亦微力を致して君が眠のいやが上に安らかならん事に努むべし
ただ悲しきは
君去りて我等が身辺とみに蕭条たるを如何せん
芥川は死の直前たまたま不在中の菊池を会社に訪ねたという。それを社員の誰も伝えなかった。芥川は何か訴えたかったのだろう。あるいは今一度別れを告げたかったのだろう。よく来る客だから社員は伝えるのを忘れたのだろうが、ひとこと言ってくれればかけつけたものをと、菊池は足ずりせんばかりにくやしがったという。」
(山本夏彦著「良心的」-夏彦の写真コラム-新潮文庫 所収)