今日の「お気に入り」は、佐野洋子さん(1938-2010)のエッセー「死ぬ気まんまん」から。
「私は今が生涯で一番幸せだと思う。
七十歳は、死ぬにはちょうど良い年齢である。
思い残すことは何もない。これだけはやらなければなどという仕事は嫌いだから当然ない。
幼い子供がいるわけでもない。
死ぬ時、苦しくないようにホスピスも予約してある。
家の中がとっちらかっているが、好きにしてくれい。
あの世などあると思わないが、もしあって親父がいたら、私は親父より二十も年上なので、
対応に困ると思う。
すっげえ貧乏をした。私が学んだことは、全て貧乏からだった。
金持ちは金を自慢するが、貧乏人は貧乏を自慢する。
みんな自慢しなければ生きていけないんだな。
夕食の時の訓辞にもう一つあった。
『一番大事なものは金で買えない』
私にとって一番大事なものは何だったのだろう。
『情』というものだったような気がする。」
(佐野洋子著「死ぬ気まんまん」光文社刊)
大事なものは只では得られない・・・か。
今日の「お気に入り」は、佐野洋子さん(1938-2010)のエッセー「死ぬ気まんまん」から。
「 そして老人の居場所も役目もあった。
老人の経験による情報がナマのまま役に立ったのであるが、今や情報は電波にのって、
チラチラピーピーというコンピューターが全て引き受けている。だからもう役に立た
ないのだ。ゴミと同じなのだ。
政府は明らかにゴミと同じ扱いをしている。例外は、金を持っている老人はゴミで
はない。政治家は、六万円の年金で暮らす人ではないから、下々ののことはわからな
いのである。
たぶん政治家の見えるところに下々の六万円の人たちがうろついていることはない
だろう。ナマの下々は見たことはないと思う。
でも今、老人は働いている時は税金を払い、役人達もその税金で一生安泰に暮らし、
天下り二年でまた退職金を何千万ももらい、また違うところに移ってまたもらったり
している。
俺は長老になると言っていた男がいたが、今や長老を存在させる集団がない。
老人ホームで長老になってどうする。
で、金と命は惜しむなを家訓として来た私は、したがって、腫瘍マーカーがなんぼ
であるかなんぞ一度も考えたことがなく、ほとんどガンのストレスは皆無だった。そ
したら腫瘍マーカーが通常人と同じになっていた。ガンは気に病んじゃいけんのよ。
その時、医者が『よかったネェ』と本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれたので、私は
感動した。本当に医者は可能な限り病気をよりよくしようと心から働いている。
私はこの医者の笑顔のために、元気でいたいと思った。
医者は聖職者なのだ。
(教師も聖職者だった。教師が自ら、労働者だと言いだしてから日本の教育が変にな
ったと思う。それ、かかって来い、日教組。私は保守、反動と言われてもいい。)
というわけで、毎週点滴をしにゆく。よくわからないが、免疫力を強める薬と、
骨を強化する薬を点滴するが、痛くもかゆくもなく、気分が悪くなることもない。
いくら死ぬ気まんまんでも、なかなか死ねないのかと思うと、気落ちがする。
私はあと十年でも十五年でも生きるかもしれないそうだ、ヤダナァ。」
(佐野洋子著「死ぬ気まんまん」光文社刊)