「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・08・31

2007-08-31 08:45:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の「無想庵物語」から。

 「けれども物を識ることは物を創ることとは別だと無想庵は知ったのだろう。物識りであるのを誇るようなことはもうなかった。ただ何とかして徳田(秋声)さんのような、島崎(藤村)さんのような小説が書きたいと一途に願って、それでいてまねはしたくない、新機軸を出したいというのだから天才がなければ出来ない相談である。
 五尺七寸二十貫に近い希に見る美男で、その肉体は健康だったが、その精神は屈折に乏しいように私には見えた。谷崎(潤一郎)佐藤(春夫)をはじめ夥(おびただ)しい友にめぐまれ、ことに川田順は彼に助けられたことは一度もないのに、再三再四彼の危急を救った。辻潤は彼の何度目かの洋行のとき東京から京大阪まで追って別れを惜しんだ。
 かくのごとき友情は近ごろ絶えて見ない。昔はあったというが、誰にでもあったわけではない。それだけの魅力があったのである。
 私は武林に失敗した芸術家を見て、芸術家にして失敗しないものがあろうかと惻隠(そくいん)の情にたえないのである。これまで私は鈴木三重吉、嘉村礒多、中村正常以下多く追悼のコラムを書いて、戯れに追悼文作家と称したことがあるが、みんな知らない人ばかりである。起居を共にしたのはこの人ひとりである。いま死後二十余年を経て、私をしてこの長い追悼の辞を書かせたのは、ほかでもないこの人の力である。」

  (山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)
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2007・08・30

2007-08-30 08:55:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の「無想庵物語」から。

 「武林無想庵(明治十三年生)は死んだ父の親しい友で、したがって年は私とは親子ほどちがうが縁あって友になった。
 武林は老荘の徒で老若に全くこだわらない。ほとんど認めていなかったのではないか。生きている人と死んだ人の区別もさだかでない。ながい海外生活から帰って父を訪ねたら父はすでに死んでいて、そこに中学二年になる少年の私がいて、見れば瓜二つだから同じようなものだとつれて歩いたのである。
 私はその夏相州二宮(にのみや)で一カ月、やがてパリ近郊のメエゾン・ラフィットでほぼ一年起居を共にした。
 武林の妻文子は情人の一人にピストルで撃たれ、幸い命はとりとめたが夫妻はそのスキャンダルで日本中に名を知られた。けれどもそんなこと、ものともするような二人ではない。
 私は無想庵をまず希代の物識りとして知った。学の東西古今に及ぶこと、この人のごときをそのご見ない。露伴先生と徹宵語って尽きないといえば察しがつくだろう。」

  (山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)
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2007・08・29

2007-08-29 08:40:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の「無想庵物語」から。

 「金は魔物というが労せずして舞いこむ金はことに魔物で、人の子を毒すだけである。まずこれを減らすまいとして臆病になる。利息だけで暮そうとしてケチになる、人が来ると借りにきたのではないかと疑るようになる。」

  (山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)
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2007・08・28

2007-08-28 09:05:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の「無想庵物語」から。

 「人間の精神は幼少年期に形成される。フレーベルは五つまでだといった。」

   (山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)
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2007・08・27

2007-08-27 08:40:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)の「無想庵物語」から。

 「人間の住むところはどこも同じ」

 「貧は士の常」

 「いつでもどこでも自分は『見物人』」

 「人生は死ぬまでのひまつぶしと見つける」

  (山本夏彦著「無想庵物語」文藝春秋社刊 所収)
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2007・08・26

2007-08-26 07:50:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」。

   地下鉄の向ひに並ぶ顔の中の
       険しき顔を我と気づけり (木村雅子)
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2007・08・25

2007-08-25 07:55:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」。


   枯草の中に廃車は赤錆びぬ
      用済みのものに容赦なき世ぞ (興津甲種)
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2007・08・24

2007-08-24 08:40:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」。

  立山が後立山に影うつす夕日の時の大きしづけさ

  山空をひとすじに行く大鷲の翼の張りの澄みも澄みたる

                       (川田順
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2007・08・23

2007-08-23 09:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」。

  楽しくも夢中で話せる電話の脇
      「腹がへった」と言いゆく夫 (亀井栄子)
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2007・08・22

2007-08-22 21:33:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」。

   老いたれば悲しみごとも深からず
              朗(ほがら)に人の死をば語らふ 
                    
                       (村野次郎
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