今日の「お気に入り」は。山本夏彦さん(1915-2002)と山本七平さん(1921-1991)の対談集から。
「夏彦 『雨月物語』に『菊花の約(ちぎり)』がありますね。
播磨の国、加古の駅(うまや)に丈部(はせべ)左門という博士あり。
この左門が旅でわずらっている赤穴(あかな)宗右衛門を縁あって救う。
二人は親しんで義兄弟になる。
宗右衛門はひとたび国へ帰って九月九日の重陽の日には必ずもどると約束するが、その日になっても帰らない。
そんなはずはないと酒、肴をととのえて待っていると、宗右衛門は故郷で反乱の新城主に捕えられ、死ねば魂はよく千里行って千里帰るというから、死んで霊となって来たという。
ただねえ、これだけじゃ本当の友かどうかわかりにくい。
七平 オー・ヘンリーの小説に似たのがあったな。
仲のいい友だちが何年後にここで会おうと約束をして別れる。
その約束の日、巡査が歩いていると男が暗闇に立っている。
『そこで何している』と問うと『実は何年後の何日に、ここで会う約束をしたから立っている』と言って、タバコに火をつける。
『ほんとに現れるかね』と巡査。
『あの男は義理堅いから、必ず現れますよ』
『今その時間の五分前じゃないか』と巡査。
二人は二、三、問答して、じゃ私はひと回りしてくるからねと巡査は行く。
まもなく友だちと称する男が現れたのはいいが、見ると人相が全く違う別人で、それが待っていた男を逮捕する。
実は前の巡査が友だったんですね。
約束の時間にそこへ行って名乗りを上げようと思ったら、タバコの火でこれがお尋ね者だとわかったというわけ。
自分が捕えるにしのびなくてひと回りしてくると言って仲間に頼んだという、オー・ヘンリーの物語。
夏彦 ありましたねえ。」
(山本夏彦・山本七平著「意地悪は死なず」中公文庫 所収)
「夏彦 『雨月物語』に『菊花の約(ちぎり)』がありますね。
播磨の国、加古の駅(うまや)に丈部(はせべ)左門という博士あり。
この左門が旅でわずらっている赤穴(あかな)宗右衛門を縁あって救う。
二人は親しんで義兄弟になる。
宗右衛門はひとたび国へ帰って九月九日の重陽の日には必ずもどると約束するが、その日になっても帰らない。
そんなはずはないと酒、肴をととのえて待っていると、宗右衛門は故郷で反乱の新城主に捕えられ、死ねば魂はよく千里行って千里帰るというから、死んで霊となって来たという。
ただねえ、これだけじゃ本当の友かどうかわかりにくい。
七平 オー・ヘンリーの小説に似たのがあったな。
仲のいい友だちが何年後にここで会おうと約束をして別れる。
その約束の日、巡査が歩いていると男が暗闇に立っている。
『そこで何している』と問うと『実は何年後の何日に、ここで会う約束をしたから立っている』と言って、タバコに火をつける。
『ほんとに現れるかね』と巡査。
『あの男は義理堅いから、必ず現れますよ』
『今その時間の五分前じゃないか』と巡査。
二人は二、三、問答して、じゃ私はひと回りしてくるからねと巡査は行く。
まもなく友だちと称する男が現れたのはいいが、見ると人相が全く違う別人で、それが待っていた男を逮捕する。
実は前の巡査が友だったんですね。
約束の時間にそこへ行って名乗りを上げようと思ったら、タバコの火でこれがお尋ね者だとわかったというわけ。
自分が捕えるにしのびなくてひと回りしてくると言って仲間に頼んだという、オー・ヘンリーの物語。
夏彦 ありましたねえ。」
(山本夏彦・山本七平著「意地悪は死なず」中公文庫 所収)