「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

Long Good-bye 2019・07・19

2019-07-19 06:10:00 | Weblog









   今日の「お気に入り」。


     「 『 人間は何のために生きるの? 』

       麻衣子は、なだめるように熊吾の肘(ひじ)を柔らかくつかみ、そう訊いた。

       熊吾は歩を停め、ほとんどの店が明かりを消して閉めてしまった商店街の向

      こうで、丸い仄(ほの)かな光に包まれている駅舎を見つめた。

      『 生まれてきたからじゃ 』

       麻衣子は、微笑み、ヨネの家のほうへと熊吾の背を押しながら、

      『 私は、死ぬのが怖いから生きてるんやと思うねん 』

      と言った。

      『 ほう、そんなら、死ぬのが怖くなくなったら、人間はみんな自殺するっちゅうの

      か? なんぼ死ぬことが怖くのうても、目的があれば、人は生きようとするじゃろう 』

       我が意を得たりといった表情で、麻衣子は、駄々っ子を導くように、熊吾の手を

      引っ張って、もと来た道を戻り始めた。

      『 松坂のおじさんの、生きる目的は何? 私には、生きる目的ができたよ 』

      『 ほう、麻衣子に生きる目的ができたか。わしの目的は、伸仁をおとなにすることじゃ。

      あいつが、自分の力で生きていけるようになるまで守ってやることじゃ。こういう考え

      方は、五十歳で初めて父親になった男にしかわからんじゃろう。五十歳で子をもうける

      男は何人もおる。しかし、それは、上の子が一人前になり、次の子も学校を卒業し、ま

      さかと思うちょった三人目ができてしもうたっちゅう場合がほとんどじゃ。あとにも先

      にも、たったひとりの子が、五十になってできた人には、わしの気持がわかるはずじゃ 』


      ( 中 略 )


      『 麻衣子の、生きる目的は何じゃ? 』

      と熊吾は、麻衣子に手を引っ張られて夜道を歩きながら訊いた。

      『 身寄りのない、寂しい人間に、安住の家を作ってあげること。そのために、お金

      を貯(た)めるねん 』

      『 お金を貯めて、どうするんじゃ 』

      『 そんな人たちばっかりが働ける場所を作るねん 』

      『 たとえば? 』

      『 旅館でもええし、水産加工の工場でもええねん。みんなが仲良う働けて、いろん

      な悩みを相談しおうたり、はげましあったりできて、お互いが干渉せんと暮らせる

      場所 』

       人間は、育ち方も、性格も、体力も、それぞれ異なっているのだから、考え方や

      意見が違うのは当然だ。

       けれども、どうして人間は、自分とは異なるやり方や考え方を排除しようとする

      のだろう。それは、優しさが欠落しているからだ。

       根本的なところで優しければ、異質なものは異質として、包み込んであげること

      ができるはずだ。

       麻衣子は、そんな意味のことを話してから、

      『 ヨネさんは、仕事から帰ったら、お酒を飲むのが楽しみで、話し相手がないとき

      は、ラジオを聴きながら、ひとりごとを言うてる。おばあちゃんは、黒砂糖入りの

      あめ玉をしゃぶるのが楽しみで、一日に一個のあめ玉を、口から出したり入れたり

      してる。いっぺんにしゃぶってしまうのが勿体(もったい)ないから、口から出した

      あめ玉を皿に載せて、大事に取っといて、またしゃぶるねん。それが、おばあちゃ

      んのあめ玉の楽しみ方やねん。私が、そのあめ玉を二十個買うてきて、そんな口か

      ら出したり入れたりなんて汚いことせんと、好きなだけ食べたらええて言うても、

      おばあちゃんは、相変わらず、一日に一個のあめ玉を楽しんでる 』

       熊吾は、麻衣子が何を言いたいのか、わかるような気がした。

       おそらく、ヨネも、喜代の祖母も、不平や怒りや愚痴や嫉妬(しっと)などの感

      情を、自分のなかで処理する方法を身につけているのか、もしくは、そのような

      感情を抱きにくい性質を有しているのかのどちらかで、そんな穏やかさが、麻衣

      子に感応したのであろう。

       熊吾はそう思った。

       ひょっとしたら、麻衣子の内部にも、元来、柔和で鷹揚(おうよう)で包容力に

      富んだものがひそんでいて、それが、ヨネや、喜代の祖母との触れ合いによって

      顕在化したのかもしれなかった。」
     

      ( 宮本 輝著 「血脈の火 ‐ 流転の海 第三部 ‐ 」新潮文庫 所収 )






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Long Good-bye 2019・07・13

2019-07-13 05:05:00 | Weblog








   今日の「お気に入り」。



   「 いちはやくコンピューターの普及を見たアメリカで、創造性の開発がやかまし

   く言われ出したのは偶然ではない。人間が、真に人間らしくあるためには、機械

   の手の出ない、あるいは、出しにくいことができるようでなくてはならない。創

   造性こそ、そのもっとも大きなものである。

    しかし、これまで、グライダー訓練を専門にしてきた学校に、かけ声だけで、

   飛行機をこしらえられるようになるわけがない。はたして創造性が教えられるも

   のかどうかすら疑問である。

    ただ、これからの人間は、機械やコンピューターのできない仕事をどれくらい

   よくできるかによって社会的有用性に違いが出てくることははっきりしている。

   どういうことが機械にはできないのか。それを見極めるのには多少の時間を要す

   る。創造性といった抽象的な概念をふりまわすだけではしかたがない。

    本当の人間を育てる教育ということ自体が、創造的である。教室で教えるだけ

   ではない。赤ん坊にものごころをつけるなどというのは、最高度に創造的である、

   つよいスポーツの選手を育てあげるコーチも創造的でなくてはならない。芸術や

   学問が創造的であるのはもちろんである。セールスや商売もコンピューターでは

   できないところが多い。その要素が多ければ多いほど創造的であるとしてよい。

    人間らしく生きて行くことは、人間にしかできない、という点で、すぐれて創

   造的、独創的である。コンピューターがあらわれて、これからの人間はどう変化

   して行くであろうか。それを洞察するのは人間でなくてはできない。これこそま

   さに創造的思考である。」


       ( 外山滋比古著 「思考の整理学」 ちくま文庫 所収 )



   この書が世に出たのは、36年前の1983年3月だそうです。





  
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Long Good-bye 2019・07・11

2019-07-11 04:44:00 | Weblog








   今日の「お気に入り」は、「推敲」という言葉の由来。


    「 昔、唐の詩人、賈東(かとう)が、

       鳥宿池辺樹  鳥は宿る池辺の樹

       僧敲月下門  僧(そう)は敲(たた)く月下の門

     という句を考えついた。はじめは『僧は推す』としたのを、再考、『僧は敲く』に

     改めた。しかし、なお、どちらがよいか判断がつかず、馬上で『推』したり『敲』

     いたりして考えにふけるうちに、大詩人、韓退之(かんたいし)の行列につき当り、

     とがめられた。一部始終を打ち明けたところ、韓退之はこれに感じ、ともに考えて、

     『敲』がよい、といったという故事による。

      賈島は鞍上、まさに夢中だったのである。さめた頭で考える必要もあるが、とき

     には、こういう無我夢中で考えることもなくてはならない。 」

      (外山滋比古著 「思考の整理学」 ちくま文庫 所収)

      
 


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Long Good-bye 2019・07・09

2019-07-09 04:00:00 | Weblog







    今日の「お気に入り」は、ネットで見かけた投稿(抜粋)。

     
     「 『レールから外れたら人生終了』という日本に蔓延(はびこ)る神話が皆を不幸にしている。」


       「 この国では『大学を卒業したら、すぐにどこかの会社で働き始める』というのがデフォ

        ルトになっていて、そのレールに沿っていないものは『落第者』と見なされてしまう。

        レール脱線者への風当たりは強い。




     「 『レール』から外れた者は、落第者と見なされ社会から冷たく扱われがちなので、『不幸』

      になる可能性が高い。」

     「 『レールから外れると不幸になる、人生終了する』と思い込んでいる人がレールから外れる

      とほぼ確実に不幸になる。 」

     「 『レールから外れると不幸になる、人生終了する』と思い込みのない人は、レールから外れ

      ても不幸にならないかもしれない(もちろん不幸になる可能性もある)。」

     「 『レールから外れていない人』の中でも 『レールから外れると人生終了』と思い込んでい

      る人の方が不幸になりやすい。 」


   
     「 ブラック企業なんかも『レールから外れたら人生終了』と思い込む人の心理を利用している

      んだと思う。劣悪な労働条件でも働かなきゃ、と思うのは『ブラック企業のような糞みたいな

      レールでもいいからしがみつかないと人生終了する』と思い込んでいるからだと思う。 」


     「 辛くなったらいつでも辞めればいい。レールから外れたら人生終了なんて嘘だから。


     「 『レールから外れると人生終了する』という人々の意識が、ブラック企業を生み出し日本を

      労働地獄へ追い込んでいる。 」

     「 『レールから外れたら人生終了』というところから生まれた安定志向が、チャレンジ精神や

      イノベーションの減少に繫(つな)がり、ひいては社会の停滞や不幸の増大を招く
と個人的に

      思ったりする。」



     「 一刻も早く、『レールから外れたら人生終了』という神話を打破しなければならないと思う。」









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Long Good-bye 2019・07・07

2019-07-07 05:40:00 | Weblog








    今日の「お気に入り」。


   「 勉強家は朝から晩まで、同じ問題を考えている。いかにも勤勉なようだが、さほど効率はよく

    ない。田舎の勉強、京の昼寝、というが、時間のありあまるほどある人が、没頭して時の移る

    のを忘れる勉強をしても、それほど、うまく行かない。むしろ、休み休みの方が進むものは進

    む、ということを教えたことばであろう。」



   「 思考の整理とは、いかにうまく忘れるか、である。」



      ( 外山滋比古著 「思考の整理学」 ちくま文庫 所収 )     




                                
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Long Good-bye 2019・07・01

2019-07-01 17:29:00 | Weblog







   今日の「お気に入り」。


    「 レールに乗って順風満帆の側にいる人間が、そうでない人たちに

    不寛容になったら、世界はぎすぎすしたものになる。」






                       
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