「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

TEMPERANCE&LABOR 節制と労働 Long Good-bye 2022・01・31

2022-01-31 05:19:00 | Weblog

 今日の「 お気に入り 」は 、ジャン=ジャック・ルソーさん ( 1712 - 1778 ) のお言葉 。

  ( " Happiness is a good bank account, a good cook and a good digestion. "

  「 幸福とは 、銀行口座が豊かで 、よい料理人がいて 、胃腸が丈夫なことだ 。

   ( 逐語訳:「 幸福とは 、良い銀行預金口座〔残高〕、良い料理人、良い消化 」)

        ― ジャン・ジャック・ルソー ( Jean-Jacques Rousseau )」

  もう一つ 、どこぞの 、どなたかのお言葉 。

  ( " Exercise regularly. Eat sensibly. Die anyway. "

  「 ほどほどに食べ 、定期的に運動し 、どちらにせよ死ぬ 。」


  ルソーさんについて 、インターネットのフリー百科事典「 ウィキペディア 」にかなり
  長い解説記事が掲載されています。以下は 、その書き出しと「 幼年期 」の部分のみ 。

   「 ジャン=ジャック・ルソー( Jean-Jacques Rousseau 、
    1712年6月28日 - 1778年7月2日 )は 、フランス語圏ジュネーヴ共和国に生まれ 、
    主にフランスで活躍した哲学者 、政治哲学者 、作曲家 。」

   「 ジャン=ジャック・ルソーは 、1712年6月28日 、ジュネーヴの
    グラン・リュ街にて誕生した 。父はイザーク・ルソー 、母はシュザンヌ・ベルナール 。

    ルソー家の先祖はパリ近郊モンレリに由来し 、
    1549年にディディエ・ルソーがプロテスタント弾圧から
    逃れるためにジュネーヴに移住したことに起源がある 。
    ジュネーヴはカルヴァン派のユグノーが構成するプロテスタント
    の都市共和国であり 、当時はまだスイス誓約者同盟に加盟して
    いなかった 。ジュネーヴはルソーの故郷であり続け 、自分を
    ジュネーヴ市民として見ていた 。

    父イザークは陽気で温和な性格をもった時計職人であり 、
    ルソー家が代々営んでいた『 時計師 』は 、当時のジュネーヴでは
    上位身分であった市民と町民のみに限定される職であった
    (母方の祖父も時計師であった )。要するにジャン=ジャックは
    貧困層ではない中間的な職人階級の家に生まれたのであるが 、
    幸せな家庭環境や安定した人生に恵まれなかった 。
    7月7日 、ジャン=ジャックは生後9日にして母を喪っている 。
    母シュザンヌ・ベルナールは裕福な一門の出で、賢さと美しさを
    具えていたと言われている 。ジャン=ジャックは母からこうした
    美点を受けついで誕生するが 、幼いころは病弱であった 。
    病気がちであったことは精神面の敏感さと共に生涯にわたって
    苦悩の原因になっていく 。
    5年後の1717年にルソー家は上流階級の住む街グラン・リュから
    庶民の住むサン=ジェルヴェ地区に居を移し 、
    ジャン=ジャックは父方の叔母シュザンヌ・ルソーの養育を受け 、
    父親を手本に文字の読み書きなどを教わりながら育った 。
    7歳の頃から父とともにかなり高度な読書をおこない 、小説や
    プルタルコスの『 英雄伝 』などの歴史の書物を読む 。
    この時の体験から 、理性よりも感情を重んじる思想の素地が培われた 。

    1722年 、ルソーが10歳のころ 、彼の人生は一変する 。」


  ルソーさんの寸言と言われるものを二つ、三つ 。
  どうやら 、お言葉どおりの人生は歩まなかった方のようですが 、
  二百年以上あとの現代にも通じるようなことを仰ってるから不思議です 。
  

  「 節制と労働こそが、人間にとって最良の医者である。
   労働は食欲を活発にし、節制が過剰に食におぼれるのを防いでくれる。

   Temperance and labor are the two best physicians of man;
   labor sharpens the appetite, and temperance prevents from
   indulging to excess.



   自由なる人々よ 、この言葉を忘れるな 。我々は自由を得るかも知れない 、
   しかし一度それが失われると取り戻す事はできぬ 。

   Free people, remember this maxim: We may acquire liberty,
   but it is never recovered if it is once lost.



   自然に還れ。

   Back to Nature.  」



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MODERATE DIET 食はほどほどに Long Good-bye 2022・01・28

2022-01-28 05:39:00 | Weblog

  今日の「 お気に入り 」は 、ノンフィクション作家 ビル・ブライソンさん の

  著書 " The Body ― A Guide for Occupants " からの 抜き書き 。

  ” ・・・ For nearly all vitamins and minerals, the risk
   of taking in too much is as great as the risk of getting too little.
   Vitamin A is needed for vision, for healthy skin, and for fighting
   infection, so it is vital to have it. Luckily, it is abundant in many
   common foods, like eggs and dairy products, so it's easy to
   get more than enough But there's the rub. The recommended
   daily level is seven hundred micrograms for women and nine
   hundred for men; the upper limit for both is about three
   thousand micrograms, and exceeding that regularly can
   become risky. How many of us could begin to guess even
   roughly how close we are to getting the balance right ? Iron
   similarly is vital for healthy red blood cells. Too little iron and
   you become anemic, but too much is toxic, and there are
   some authorities who believe that quite a number of people
   may be getting too much of it. Curiously, too much or too little
   iron both provide the same symptom, lethargy. " Too much
   iron in the form of supplements can accumulate in our tissues
   causing our organs literally to rust, " Leo Zacharski of
   Dartmouth-Hitchcock Medical Center in New Hampshire told
   New Scientist in 2014. " It's far stronger risk factor than
   smoking for all sorts of clinical disorders, " he added. ”

   " The greatest of vitamin controversies was stirred up by the
   American chemist Linus Pauling ( 1901 - 94 ) who had the
   distinction of winning not one but two Nobel Prizes ( for
   chemistry in 1954 and for peace eight years later ). Pauling
   believed that massive doses of vitamin C were effective
   against colds, flu, and even some cancers. He took up to
   forty thousand milligrams of vitamin C daily ( the recommended
   daily dose is sixty milligrams ) and maintained that his large
   intake of vitamin C had kept his prostate cancer at bay for twenty
   years. He had no evidence for any of his claims, and all have
   been pretty well discredited by subsequent studies. Thanks to
   Pauling, to this day many people believe that taking a lot of
   vitamin C will help to get rid of a cold. It won't
. "

   " ・・・ Eight of the twenty amino acids cannot be made in
   the body and must be consumed in the diet. If they are missing
   from the foods we eat, then certain vital proteins cannot be
   made. Protein deficiency is almost never a problem for people
   who eat meat, but it can be for vegetarians because not all plants
   provide all the necessary amino acids. It is interesting that most
   traditional diets in the world are based around combinations of
   plant products that do provide all the necessary amino acids.
   So people in Asia eat a lot of rice and soybeans, while indigenous
   Americans have long combined corn with black or pinto beans.
   This isn't just a matter of taste, it seems, but an instinctive recognition
   of the need for a rounded diet. "

   " The most prudent option, it seems, is to have a balanced and
   moderate diet. A sensible approach is, in short, the sensible approach.
"

   ( 出典 :Bill Bryson 著 " The Body ― A Guide for Occupants " .
        Knopf Doubleday Publishing Group. 刊 )

  上掲の英語の文章は 、翻訳本の中で 、次のように 日本語訳されています 。   

  「 ・・・ ほとんどすべてのビタミンとミネラルは 、とりすぎると 、不足

   したときと同じくらい大きな危険がある 。ビタミンAは 、視力や健康な

   肌 、感染症の撃退のために必要なので 、食事でとることが必須だ 。

   幸い 、卵や乳製品など多くの一般食品に豊富に含まれていて 、じゅう

   ぶんすぎるほど簡単に摂取できる 。しかし 、それが厄介なところなの

   だ 。一日当たりの推奨摂取量は女性七百マイクログラム 、男性九百マ

   イクログラムで 、男女とも上限は約三千マイクログラム 、習慣的にそ

   れを超えると危険になる 。大まかにでも 、どのくらい食べれば正しい

   バランスが取れるか見当をつけられる人がいったい何人いるだろう 。同

   じく 、鉄も健康な赤血球を維持するために不可欠だ 。鉄が不足すると

   貧血になるが 、とりすぎると中毒を起こす 。一部の専門家は 、かなり

   多くの人がとりすぎているのではないかと考えている 。不思議なこと

   に 、鉄の過剰摂取と欠乏はどちらも同じ 、嗜眠 ( しみん ) という症状

   を引き起こす 。『 サプリメントという形で鉄をとりすぎると 、体の

   組織に蓄積して 、文字どおり器官をさびつかせてしまうことがある 。』

   と 、ニューハンプシャー州のダートマス・ヒッチコック医療センター

   のレオ・ザカルスキは 、2014年 、≪ニュー・サイエンティスト≫

   誌に語った 。『 さまざまな臨床的障害を招く 、喫煙よりはるかに強

   力な危険因子といえる 』 。」


   「 最大のビタミン論争を引き起こしたのは 、アメリカの化学者ライ

   ナス・ポーリング ( 1901 - 94 ) だった 。ふたつものノーベル賞 ( 1954

   年に化学賞 、その八年後に平和賞 ) を受賞するという栄誉に輝いた人

   物だ 。ポーリングは 、ビタミンCの大量投与が風邪やインフルエンザ 、

   ある種のがんにまで効果があると信じていた 。一日四万ミリグラムの

   ビタミンCをとり ( 一日当たりの推奨用量は六十ミリグラム ) 、ビタミ

   ンCの大量摂取のおかげで自分の前立腺がんを二十年間食い止めること

   ができたと主張した 。どの主張にも根拠はなく 、すべてはのちの研究

   で 、ほぼ信用に値しないと判断された 。ポーリングのせいで 、今でも

   多くの人がビタミンCをたくさんとれば風邪が治ると信じているが 、

   そんなことはない
。」


  「 ・・・ 二十種類のアミノ酸のうち八種類は体内でつくれないので 、

   食事でとらなくてはならない 。わたしたちが食べるものの中にそれら

   が欠けていると 、ある種の重要なタンパク質がつくれなくなる 。肉を

   食べる人にはタンパク質不足の心配はほとんどないが 、菜食主義者の

   場合は問題になることがある 。必要なアミノ酸すべてがとれる植物は

   限られているからだ 。興味深いことに 、世界のたいていの伝統的な

   食事は 、必要なアミノ酸すべてがとれる植物性食品の組み合わせを基

   本にしている 。たとえばアジアの人々は米と大豆をたくさん食べる一

   方で 、アメリカ先住民は昔からトウモロコシとクロマメまたはインゲ

   ンマメを組み合わせていた 。どうやら味の問題だけではなく 、バラ

   ンスのよい食事の必要性を本能的に察知していると思われる 。」


  「 ・・・ 最も賢明な選択肢は 、バランスの取れた適度な食事をとる

   ことらしい 。結局 、分別のあるやりかたこそが 、合理的な方法な

   のだ
。」

   ( 出典 : ビル・ブライソン著 桐谷知未訳 「 人体大全 ― なぜ生まれ 、
         死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか ― 」新潮社 刊 ) 

   原書および翻訳本の第14章からの引用はここまで 。

   ビタミンC のご利益は 、戦後の日本人の頭に刷り込まれましたね 。

   頭のどこかで 、摂れば摂るほど体にいい 、と信じ切っています。

   余分に摂っても 、不要な分は勝手に排出されると聞かされ 、安心しています 。

   それが証拠に 、みかんを沢山食べると指の先が黄色くなり 、尿が黄色くなるからと 。

   若き日に受けた洗脳は 、一生ついて回ります 。

   脳裡を去ることはありません 。

   死して事已む 。  
   

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ASTHMA 喘息 Long Good-bye 2022・01・25

2022-01-25 05:05:00 | Weblog

  今日の「 お気に入り 」は 、ノンフィクション作家 ビル・ブライソンさん の
 著書 " The Body ― A Guide for Occupants " からの抜き書き 。

  翻訳本の中で「 大気汚染は喘息の発作を起こすが病因ではない 」との
 見出しがついた一節 。

  " If YOU HAD to nominate someone to be a poster figure for
   asthma, you could do worse than the great French novelist
   Marcel Proust ( 1871 - 1922 ). But then you could nominate
   Proust as a poster figure for a great many medical conditions
   because he had a superabundance of them. He suffered from
   insomnia, indigestion, backaches, headaches, fatigue, dizziness,
   and crushing
ennui. More than anything else, however, he was
   a slave to asthma. He had his first attack at nine and passed a
   wretched life thereafter. With his suffering came an acute germ
   phobia
. Before opening his mail, he would have his assistant
   place it in a sealed box and expose it to formaldehyde vapors
   for two hours. Wherever he was in the world, he sent his mother
   detailed daily reports on his sleep, lung function, mental composure,
   and bowel movements. He was, as you will gather, somewhat
   preoccupied with his health.
    Though some of his concerns were perhaps a touch hypochondriacal,
   the asthma was real enough. Desperate to find a cure, he submitted
   to countless ( and pointless ) enemas; took infusions of morphine,
   opium, caffeine, amyl, trional, valerian, and atropine; smoked
   medicated cigarettes; inhaled drafts of creosote and chloroform;
   underwent more than a hundred of painful nasal cauterizations;
   adopted a milk diet; had the gas to his house cut off; and lived as
   much of his life as he could in the fresh air of spa towns and mountain
   resorts. Nothing worked. He died of pneumonia, his lungs worn out,
   in the autumn of 1922 aged just fifty-one.
    In Proust's day, asthma was a rare disease and not well understood,
   Today it is common and still not understood.
The second half of the
   twentieth century saw a rapid increase of asthma rate in most Western
   nations, and no one knows why. An estimated 300 million people in the
   world have asthma today
, about 5 percent of adults and about 15
   percent of children of those countries where it is measured carefully,
   though the proportions vary markedly from region to region and
   country to country, even from city to city. In China, the city of Guangzhou
   is highly polluted, while nearby Hong Kong, just an hour away by train,
   is comparatively clean as it has little industry and lots of fresh air
   because it is by the sea. Yet in clean Hong Kong asthma rates are 15
   percent, while in heavily polluted Guangzhou they are just 3 percent,
   exactly the opposite of what one would expect. No one can account
   for any of this. .
    Globally, asthma is more common among boys than girls before puberty,
   but more common in girls than boys after puberty. It is more common in
   blacks than whites ( generally but not everywhere ) and in city people
   than rural people. In children, it is closely associated with both being
   obese and being underweight ; obese children get it more often, but
   underweight children get it worse. The highest rate in the world is
   in the U.K., where 30 percent of children have shown asthma symptoms
.
   The lowest rates are in China, Greece, Georgia, Romania, and Russia,
   with just 3 percent
. All the English-speaking nations of the world have
   high rates, as do those of Latin World.
    There is no cure, though in 75 percent of young people asthma resolves
   itself by the time they reach early adulthood. No one knows how or why
   that happens either, or why it doesn't happen for the unfortunate minority.
   Indeed, where asthma is concerned, no one knows much of anything
. "


     ( 出典 :Bill Bryson 著 " The Body ― A Guide for Occupants " .
        Knopf Doubleday Publishing Group. 刊 )


  上掲の英語の文章は 、翻訳本の中で 、次のように 日本語訳されています 。

  「 喘息のイメージキャラクター に誰かを推薦する必要があるなら 、フラ
   ンスの偉大な小説家マルセル・プルースト ( 1871 - 1922 年 ) を選ぶの
   も悪くない 。とはいえ 、数え切れないほどの 体の不調を抱えていたプ
   ルーストだから 、ほかにもたくさんの病気のイメージキャラクターに
   推薦できる 。不眠症 、消化不良 、腰痛 、頭痛 、疲労 、めまい 、極度
   の倦怠感にも悩まされた 。しかし何より 、喘息には苦しめられた 。九
   歳のとき初めて発作を起こしてからは 、つらい人生を送った 。苦痛の
   せいで 、異常なほどの細菌恐怖症になった 。郵便物は開封前に 、アシ
   スタントに頼んで密封した箱の中に入れ 、ホルムアルデヒド蒸気で二
   時間滅菌した 。
   世界のどこにいるときも 、睡眠 、肺の調子 、心の落ち着き具合 、便通
   について 、毎日詳しい報告を母親に書き送った 。ご推察のとおり 、プ
   ルーストは自分の健康に少しばかり取り憑かれていた 。
    懸念のいくつかは心気症的なものだったかもしれないが 、喘息は本物
   だった 。必死に治療法を探していたプルーストは 、無制限に ( そして無
   意味に ) 浣腸をし 、モルヒネやアヘン 、カフェイン 、アミル 、トリオ
   ナール 、カノコソウ 、アトロピンを注射し 、薬用タバコを吸い 、クレ
   オソートとクロロホルムを吸入し 、痛みを伴う鼻粘膜 焼灼術を百回以
   上受け 、牛乳を中心とした食事をとり 、家へのガス供給を止めさせ 、
   できるかぎり温泉町や山の保養地の新鮮な空気の中で生活を送った 。
   しかし 、何ひとつ効果はなかった 。1922年の秋 、すっかり肺を
   消耗させて肺炎を起こし 、プルーストは亡くなった 。まだ51歳だ
   った 。
    プルーストの時代には喘息はまれな病気で 、よく理解されていな
   かった 。現代ではありふれた病気になったが 、理解はいまだに進ん
   でいない 。二十世紀後半には 、ほとんどの先進国で喘息の発生率が
   急増したが 、その理由は不明だ 。今日 、喘息患者は全世界に三億人
   いると推定され 、注意深い測定が行われた国々では 、成人の約五パ
   ーセント 、子どもの約十五パーセントを占めるという 。ただし 、
   その割合には地域ごと 、国ごと 、さらには町ごとに大きなばらつき
   がある 。中国では 、広州市は大気汚染が深刻だが 、列車でほんの
   一時間の距離にある近隣の香港は 、製造業がほとんどない海辺の都
   市なので空気がよく 、比較的汚染が少ない 。なのに 、香港の喘息
   の発症率は十五パーセントだが 、大気汚染のひどい広州市の発症率
   は三パーセントにすぎず 、予想とはまったく逆の結果になっている 。
   その理由は誰にも説明できない 。
    世界的に見ると 、喘息は思春期前では女子より男子に多いが 、思
   春期後では男子より女子に多い 。白人より黒人に多く ( 一般にはそ
   うだが 、どこでもというわけではない ) 、田舎に住む人より都会
   に住む人に多い 。子どもについては 、肥満と低体重のどちらとも
   密接な関連がある 。肥満の子どものほうが喘息にかかりやすいが 、
   重症になりやすいのは低体重の子どもだ 。世界で最も発生率が高
   いのはイギリスで 、2018年には三十パーセントの子どもが喘
   息の症状を示した 。最も発生率が低いのは 、中国 、ギリシャ 、
   ジョージア 、ルーマニア 、ロシアで 、わずか三パーセントだ 。
   英語圏の国々はどこも発生率が高く 、ラテンアメリカの国々も同
   じくらい高い 。治療法はないが 、若者の七十五パーセントは 、
   成人期初期までには自然に治る 。どのようにして 、なぜ治るのか 、
   あるいはなぜ少数の不運な子は治らないのか 、誰にもわからない 。
   それどころか 、喘息については何もかもがよくわかっていないの
   だ 。」

  ( 出典 : ビル・ブライソン著 桐谷知未訳 「 人体大全 ― なぜ生まれ 、
       死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか ― 」新潮社 刊 ) 

   原書および翻訳本の第13章からの引用はここまで 。

   研究者に「 喘息についてただひとつ言えるのは 、主として欧米の病気であること
   ( " All we can really say about asthma is that it is primarily a Western disease. " ) 」
  と言わせるほど喘息はよくわかっていない病気なんですね 。
   三十代になって、気道が狭まる喘息発作に見舞われ 、苦しい思いをした経験が
  ありますが 、四十代以降 、とんとご無沙汰です。
   若い頃は 、お酒を飲むと 、皮膚の所々に蕁麻疹が出ましたが 、晩酌の習慣がな
  いためか 、舐める程度のアルコールでは 、いつしか蕁麻疹が出ることも無くなり
  ました 。
   子どもの頃からアレルギー体質といわれてきましたが 、今の歳まで花粉症には
  なりません 。
   一筋縄ではいきませんね 。

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BRILLAT-SAVARIN 元祖 糖質制限 Long Good-bye 2022・01・23

2022-01-23 11:13:00 | Weblog

  今日の「 お気に入り 」は 、「炭水化物を制限する食事法の父」と称される
  ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァランさん ( 1755 - 1826 ) についての 、
 インターネットのフリー百科事典「 ウィキペディア 」掲載の記事です 。

  「 ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン( Jean Anthelme Brillat-Savarin,
    1755年4月1日 - 1826年2月2日)はフランスの法律家 、政治家 。
   美食批評および『 Physiologie du goût 』(『味覚の生理学 』『 Physiology
   of Taste 』)』の著者として知られている 。

   また、『 Dis-moi ce que tu manges : je te dirai ce que tu es. 』
    ( 『 あなたが普段から食べているものを教えて欲しい 。あなたがどんな人で
      あるか 、当ててみせよう 』
      『 Tell me what you eat, and I will tell you what you are. 』)


   『 Un dessert sans fromage, est une belle à qui il manque un œil. 』
    ( 『 チーズが無いデザートは、片目を失っている美女も同然である 』)

   の言葉はしばしば引用される。

    本来の姓は『 ブリア 』であるが 、サヴァランという名の女性が全財産を
   相続させる条件として自分の名前を受け継ぐことを要求したため 、
   『 ブリア=サヴァラン 』を名乗った
。」

    「 ブリア=サヴァランは『 炭水化物を制限する食事法の父 』
    と見られている 。彼は『 小麦粉 、穀物 、砂糖が肥満の原因である 』と
    確信しており 、『 美味礼賛 』の中で 、タンパク質が豊富なものを食べ
    るよう勧めており 、デンプン 、穀物 、小麦粉 、砂糖を避けるよう力説
    した
。」

   「 『 思ったとおり、肉食動物は決して太ることはない( オオカミ 、ジャッ
    カル 、猛禽類 、カラス )。草食動物においては 、動けなくなる年齢に
    なるまで脂肪が増えることは無い 。だが 、ジャガイモ 、穀物 、小麦粉
    を食べ始めた途端 、瞬く間に肥え太っていく 。
     ・・・肥満をもたらす重要な原因の2つ目は 、ヒトが日々の主要な食べ
    物として消費している小麦粉や 、デンプン質が豊富なものだ 。
    前述のとおり 、デンプン質が豊富なものを常食している動物の身体には、
    いずれも例外なく 、強制的に脂肪が蓄積していく 。ヒトもまた 、この
    普遍的な法則から逃れられはしない 。』



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Long Good-bye 2022・01・19

2022-01-19 05:15:00 | Weblog


  今日の「 お気に入り 」は 、ベンジャミン・フランクリンさんのお言葉 。

  「 There never was a good war or a bad peace.

    良い戦争や悪い平和なんてあったためしがない。 」









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Long Good-bye 2022・01・15

2022-01-15 05:15:00 | Weblog

  今日の「お気に入り」は 、どなたかのお言葉 。

   " If you can't feed a hundred people, then feed just one. "








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BODY TEMPERATURE 体温 Long Good-bye 2022・01・14

2022-01-14 05:17:00 | Weblog


  今日の「 お気に入り 」は 、ノンフィクション作家 ビル・ブライソンさん の

 著書 " The Body ― A Guide for Occupants " からの 抜き書き 。 。

  ” THE SURFACE LAW is not something most of us ever have to
  think about, but it explains a lot about you. The law states simply that
  as the volume of an object grows, its relative surface area decreases.
  Think of a balloon. When a balloon is empty, it is mostly rubber with a
  trivial amount of air inside. But blow it up and it becomes mostly air with
  a comparatively small amount of rubber on the outside. The more you
  inflate it, the more its interior dominates the whole.
   Heat is lost at the surface, so the more surface area you have relative to
  volume, the harder you must work to stay warm. That means that little
  creatures have to produce heat more rapidly than large creatures.
  They must therefore lead completely different lifestyles. An elephant's
  heart beats just thirty times a minute, a human's sixty, a cow's between
  fifty and eighty, but a mouse's beats six hundred times a minute — ten
  times a second. Every day, just to survive, the mouse must eat about
  50 percent of its own body weight.
   We humans, by contrast, need to consume only about 2 percent of
  our body weight to supply our energy requirements. One area where
  animals are curiously — almost eerily — uniform is with the number
  of heartbeats they have in a lifetime.

  Despite the vast differences in heart rates, nearly all animals have
  about 800 million heartbeats in them if they live an average life. The
  exception is humans. We pass 800 million heartbeats after twenty-five
  years, and just keep on going for another fifty years and 1.6 billion
  heartbeats or so. It is tempting to attribute this exceptional vigor to
  some innate superiority on our part, but in fact it is only over the last
  ten or twelve generations that we have deviated from the standard
  mammalian pattern thanks to improvements in our life expectancy.
  For most of our history, 800 million beats per lifetime was about the
  human average, too.

   We could reduce our energy needs considerably if we elected to
  be cold-blooded. A typical mammal uses about thirty times as much
  energy in a day as a typical reptile, which means that we must eat
  every day what a crocodile needs in a month. What we get from this
  is an ability to leap out of bed in the morning, rather than having to
  bask on a rock until the sun warms us, and to move about at night
  or in cold weather, and just to be generally more energetic and
  responsive than our reptilian counterparts.

  We exist within extraordinarily fine tolerances. .Although our body
  temperature varies slightly through the day ( it is lowest in the
  morning, highest in the late afternoon or evening ) , it normally
  doesn't stray more than a degree or so from 98.6 degrees Fahrenheit.
  ( That's in adults. Children tend to run about one degree higher. )
  To move more than a very few degrees in either direction is to invite
  a lot of trouble. A fall of just two degrees below normal, or a rise of four
  degrees above, can tip the brain into a crisis that can swiftly lead to
  irreversible damage or death. To avoid catastrophe, the brain has its
  trusty control center, the hypothalamus, which tells the body to cool
  itself by sweating or to warm itself by shivering and diverting blood flow
  away from the skin and into the more vulnerable organs.

   That may not seem terribly sophisticated way of dealing with such a
  critical matter, but the body does it remarkably well. ・・・ "

  " Occasionally, as we all know, our body temperature is elevated beyond
  normal in the condition known as a fever. Curiously, no one knows quite
  why this happens — whether fevers are an innate defense mechanism
  aimed at killing invading pathogens or simply a by-product of the body
  working hard to fight off infection. The question is important because if
  fever is a defense mechanism, then any effort to suppress or eliminate
  it may be counterproductive. Allowing a fever to run its course ( within
  limits, needless to say ) could be the wisest thing. An increase of only a
  degree or so in body temperature has been shown to slow the replication
  rate of viruses by a factor of two hundred
— an astonishing increase in
  selfdefense from only a very modest rise in warmth. The trouble is, we
  don't entirely understand what is going on with fevers. ・・・ "

  " If elevating our temperature a degree or two is so helpful at fending
  off invading microbes, then why not raise it permanently ? The answer
  is that it is just too costly. If we were to raise our body temperature
  permanently by only 3 - 4 degrees Fahrenheit, our energy requirements
  would shoot up by about 20 percent. The temperature we have is a
  reasonable compromise between utility and cost, as with most things,

  and actually even normal temperature is pretty good at keeping microbes
  in check.
Just look at how swiftly they swarm in and devour you when
  you die. That's because your lifeless body falls to a delicious come-and
  -get-it temperature, like a pie left to cool on a windowsill. "

   ( 出典 :Bill Bryson 著 " The Body ― A Guide for Occupants " .
        Knopf Doubleday Publishing Group. 刊 )


  上掲の英語の文章は 、翻訳本の中で 、次のように 日本語訳されています 。

  「 『 体表面積の法則 』は 、ほとんどの人にとってなじみのないもの

   だが 、これを知れば人体について多くのことがわかる 。法則は単純

   に 、物体の体積が増せば 、相対的な表面積が減少することを示して

   いる 。風船について考えてみよう 。しぼんだ風船はほとんどがゴム

   で 、中に空気はほんの少ししか入っていない 。しかし膨らませれば

   ほとんどが空気になり 、外側のゴムの量は相対的に小さくなる 。膨

   らませれば膨らませるほど 、全体に占める中身の割合が増していく 。

    熱は表面から失われるので 、体積に対する表面積が大きいほど 、

   保温に懸命に取り組む必要がある 。つまり 、小さい生物は大きい

   生物よりすばやく熱を産生しなくてはならない 。したがって 、両

   者はまったく異なる生活を送ることになる 。ゾウの心拍数は一分

   にたった三十回 、ヒトは六十回 、ウシは五十~八十回だが 、ネズ

   ミは一分に六百回 ― 一秒に 十回だ 。毎日 、生き延びるためだけ

   に 、ネズミは体重の約五十パーセントの食糧をとらなくてはなら

   ない 。それに対して 、わたしたち人間は 、エネルギー必要量を満

   たすのに 、体重の約二パーセントの食糧をとるだけで足りる 。

   物たちのあいだで不思議なほど ― ほとんど不気味なほど ― 共通

   しているのは 、一生の心拍数だ 。一分間の心拍は大幅に異なるの

   に 、ほぼすべての哺乳類は 、平均寿命まで生きれば約八億回の

   心拍数を記録する 。例外は人間だ 。わたしたちは二十五年余りで

   八億回の心拍数を超え 、さらに五十年進み続けて 、およそ十六億

   回に達する 。この並外れた活力は 、ヒトが持つ生まれながらの優

   位性によるものと考えたくなるが 、実際には 、平均寿命が向上し

   たおかげで哺乳類の標準パターンから外れたのは 、ここ十世代か

   ら十二世代のことにすぎない 。歴史の大半を通じて 、一生に八億

   回の心拍数はヒトの平均値でもあった


    もしわたしたちが変温動物になる道を選んでいたら 、エネルギ

   ー必要量を減らせただろう 。典型的な哺乳類は一日に 、典型的な

   爬虫類の約三十倍のエネルギーを使う 。つまり 、ヒトはワニのひ

   と月分の食糧を毎日食べなくてはならない 。そのおかげで 、太陽

   が体を温めてくれるまで岩の上で日向ぼっこしなくても 、朝ベッ

   ドから飛び起き 、夜や寒い気候でも動き回り 、たいていは爬虫類

   より精力的で敏感に反応できる 。

    わたしたちは 、きわめて精密な許容範囲の中で生きている 。ヒ

   トの体温は一日を通してわずかに変化するが ( 朝に最も低く 、午

   後遅くか夕方に最も高い ) 、摂氏三十六~三十八度というごく狭

   い範囲にとどまる 。どちらの方向へでも数度以上ずれれば 、い

   くつもの問題を招くことになる 。平熱よりたった二度下がるか 、

   四度上がるだけで 、脳は危機に陥り 、瞬く間に回復不可能な損

   傷や死を招きかねない 。大惨事を避けるため 、脳には頼りにな

   る制御中枢 、視床下部があり 、汗をかいて体温を下げろとい

   う指示や 、身震いしたり 、血流を皮膚から遠ざけて損傷しやす

   い器官に向かわせたりして体温を上げろという指示を出す 。

    重要な問題の対処法としてはあまり洗練されていないようにも

   思えるが 、体はそれをみごとにこなしている 。・・・ 」


  「 誰もが知っているように 、ときどきわたしたちの体温は普段よ

   り上がって 、発熱と呼ばれる状態になる 。不思議なことに 、

   なぜそうなるのか正確にはわかっていない 。熱は 、侵入する病

   原体を殺すことを目的とした生来の防御機構なのか 、それとも

   体が感染症を撃退しようと懸命に戦っているときの単なる副産

   物なのか ? もし発熱が防御機構なら 、熱を抑えたり下げたり

   する努力は逆効果かもしれないので 、この疑問は重要だ 。もし

   かすると 、発熱は自然に下がるのを待つべきなのかもしれない

   ( もちろん 、適度な範囲で ) 。体温がほんの一度ほど上がるだけ

   で 、ウィルスの複製速度が二百分の一になる
ことが示された 。

   少し温かくなるだけなのに 、驚くほど自衛力が増加する 。問題

   は 、発熱で何が起こっているのか完全には理解できていないこ

   とだ 。・・・ 」


  「 体温を一、二度上げるのが 、侵入する微生物を撃退するのに

   そんなに役立つのなら 、なぜ常に上げておかないのか ?

   答えは 、単にあまりにも高くつくからだ 。わずか二度ほど

   常に体温を上げようとすれば 、エネルギー必要量が約二十パ

   ーセント急増する 。わたしたちの体温は 、ほとんどのものと

   同様 、実益とコストの合理的な妥協点であり 、実のところ 、

   平熱でもかなりうまく微生物を食い止めている
。もしも死ん

   だら 、どれほどすばやく微生物が群がってあなたを貪り食う

   か 、見てみるといい 。生命を失った体は 、まるで出窓に置

   いて冷ましたパイのように 、すぐに食べられるおいしい適温

   にまで下がっているからだ 。」

   ( 出典 : ビル・ブライソン著 桐谷知未訳 「 人体大全 ― なぜ生まれ 、
         死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか ― 」新潮社 刊 ) 

   原書および翻訳本の第11章からの引用はここまで 。
   
   ( 筆者註 )
    ・原書の第11章のタイトル「 EQUILIBRIUM 」は 、本文中の次のくだりから
     とられているようです。

     ” Maintaining equilibrium within the body is called homeostasis ( 恒常性 ) .
      The man who coined the term and is often referred to as the father
      of the discipline was the Harvard physiologist Walter Bradford
      Cannon ( 1871 - 1945 ). ・・・
” 

    ・華氏度 ( ファーレンハイト度、°F ) と摂氏度 ( セルシウス度、°C ):
      前者は 、考案者であるドイツの物理学者ガブリエル・ファーレンハイトに因み 、
      後者は 、スウェーデンの天文学者・測地学者アンデルス・セルシウスに由来し 、
      水の氷点と沸点との間を100分割した目盛り付けであるとか 。 
 
      両者の換算は次の通り :
                  セルシウス度から    セルシウス度へ
      ファーレンハイト度  [°F] = [°C] × 9⁄5 + 32   [°C] = ([°F] − 32) × 5⁄9 

      日本の計量法上は、「ファーレンハイト度」や「華氏度」を使用することは
      禁止されている。

     上記の他 、インターネットのフリー百科事典「 ウィキペディア 」
     には 、次のような解説記事も掲載されています 。

     ・平賀源内が1765年に作った温度計「日本創製寒熱昇降器」には 、
      極寒、寒、冷、平、暖、暑、極暑の文字列のほか
      数字列も記されており「 華氏」を採用していた 。

     ・SF作家レイ・ブラッドベリの『華氏451度』 - 華氏451度(摂氏233度)
        は紙の燃焼点(または引火点)である。未来世界で本が規制され
        焚書されているという設定から来ている。
     ・キースの「98.6」 - 人間の平熱とされる華氏98.6度を、歌手のキースは
        そのままタイトルにして1966年に発表 。本国やイギリスなどで
        ヒットした。
     ・アメリカ合衆国のロックバンド、ボン・ジョヴィの『7800°ファーレン
        ハイト( 7800° Fahrenheit )』 - 華氏7800度は岩(ロック)を
        溶かす温度である。
     ・マイケル・ムーア監督の映画『華氏911』 - 『華氏451度』と9月11日(ア
        メリカ同時多発テロ事件)をかけたもの。


     ・アメリカ合衆国・ジャマイカではメートル法への置き換えが生産者側・消費
      者側の両方で大きな抵抗に遭っているため、カ氏度は様々な分野で広く使わ
      れ続けている。同様にイギリスの一部では低い温度はセルシウス温度で表さ
      れるが、日常的に使われる温度はカ氏温度で測定されている。

     ・カナダの天気予報や報道機関は全てセルシウス度を使い、日常でもセルシウ
      ス度が使われているが、カナダのキッチンオーブンや一部のエアコンは、
      カ氏度で利用されることがある。これは、アメリカ向けの家電製品を使う
      機会が多いため、カ氏度が初期設定としてセットされているためである。
      最近は、アナログ表示が減り、デジタル表示の製品が増え、簡単にカ氏温度
      とセルシウス温度との切り替えが可能になっているため、カ氏温度のみを表
      示する製品は減少している。

     ・ニュージーランドやオーストラリアでは完全にセルシウス度(およびセルシ
      ウス温度)への移行が完了している。

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EQUILIBRIUM 平衡 Long Good-bye 2022・01・13

2022-01-13 05:05:00 | Weblog


  今日の「 お気に入り 」は 、ノンフィクション作家 ビル・ブライソンさん の

 著書 " The Body ― A Guide for Occupants " からの 抜き書き 。

   ” Because of our frailties, much of our own planet is off-limits
  to us. Earth may feel like a generally benign and kindly place,
  but a very large part of it is too cold or hot or arid or lofty for us
  to live successfully on it. Even with the advantage of clothing,
  shelter, and boundless ingenuity, humans can manage to live
  on only about 12 percent of Earth's land area and just 4 percent
  of the total surface area if you include the seas. It is a sobering
  thought that 96 percent of our planet is off-limits to us.
   The thinness of the atmosphere puts a limit on how high we
  can live. The highest permanent settlements in the world are in
  the Andes in Northern Chile on Mount Aucanquilcha, where
  miners live at 17,500 feet, but that appears to be absolutely at
  the limits of human tolerance. The miners themselves choose to
  trudge an additional 1,500 feet up the slopes to their workplace
  each day rather than sleep at 19,000 feet. For purposes of
  comparison, Mount Everest is about 29,000 feet. ”

  ( 出典 :Bill Bryson 著 " The Body ― A Guide for Occupants " .
        Knopf Doubleday Publishing Group. 刊 )

   上掲の英語の文章は 、翻訳本の中で 、次のように 日本語訳されています 。
   
  「 脆い体をもつわたしたちにとって 、この惑星の大半が立ち入り禁止

   区域だ 。地球は概して快適で恵み深い場所に感じられるかもしれない

   が 、実はその大部分は 、わたしたちがうまく暮らしていくには寒すぎ

   るか 、暑すぎるか 、乾燥しすぎているか 、標高が高すぎる 。衣類

   や住居や限りない創造力という強みはあっても 、ヒトがどうにか住め

   るのは地球の陸地の約十二パーセント 、海洋も含めれば全表面積のた

   った四パーセントにすぎない 。

    人間がどのくらいの標高に住めるかに制約を加えるのは 、空気の薄

   さだ 。世界で最も標高の高い人間の定住地は 、チリ北部アンデス山脈

   のアウカンキルチャ山にあり 、鉱山労働者たちが標高五千三百四十メ

   ートルの土地で暮らしているが 、これは紛れもなく人間に耐えられる

   限界に思える 。鉱山労働者たちでさえ 、仕事場のある標高五千八百

   メートルの場所で寝るのではなく 、毎日苦労しながら四百六十メー

   トルのぼることにしている 。比較のために書いておくと 、エベレス

   トは標高約八千八百五十メートルだ 。」

   ( 出典 : ビル・ブライソン著 桐谷知未訳 「 人体大全 ― なぜ生まれ 、
         死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか ― 」新潮社 刊 ) 

    原書および翻訳本からの引用はここまで 。

    ヒトが生存可能な環境が地球の全表面積のたった4%と 、言われてみれば当然のこと

   ではありますが 、ショックです 。

    少しでも暮らしやすい場所 、限られた安住の土地を求めて 、移動し続けるのが人類の

   宿命なのでしょうが 、これからの世界 、移民や難民の問題を避けて通ることは出来なさ

   そうです 。


    原書の第11章の表題は「 EQUILIBRIUM 」ですが 、抽象的にすぎるためか 、

   翻訳本では 、「 ヒトが生存可能な環境とは 」と変更されています 。この章では 、

   ヒトの「 細胞 」に関する興味深い事実や研究成果が数多取り上げられて

   います 。モノマニアックな研究者たちの逸話、その変人 、奇人ぶりが

   ユーモアたっぷりに書かれてもいます 。

    同じ章の最後の方に出てくる 、ナチス・ドイツのドイツ軍や 、日本軍の

   731部隊が行った非人道的な様々な行為についての記述は 、抑制的に語られて

   いるだけに 、鬼気せまるものがあります。著者も翻訳者、日本の出版社もこの章の

   タイトル付けに苦慮したことが察しられます 。

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人生で一番大事な日は Long Good-bye 2022・01・10

2022-01-10 05:33:00 | Weblog


  今日の「 お気に入り 」 。

   " The two most important days in your life are

    the day you were born and the day you find out why. "

                ( Mark Twain )


  マーク・トウェインさん ( 1835 - 1910 ) について、フリー百科事典「 ウィキペディア

 ( Wikipedia )」に 、次のような解説記事が掲載されています 。

  「 マーク・トウェイン( Mark Twain 、本名:サミュエル・ラングホーン・クレメンズ
   ( Samuel Langhorne Clemens )、1835年11月30日 - 1910年4月21日 )は 、
   アメリカ合衆国の著作家、小説家 。ミズーリ州出身 。『 トム・ソーヤーの冒険 』
   の著者として知られ 、数多くの小説やエッセーを発表 、世界中で講演活動を行う
   など 、当時最も人気のある著名人であった 。

   ウィリアム・フォークナーは 、『 トウェインが 最初の真のアメリカ人作家であり 、
   我々の全ては彼の相続人である 』と記した 。

   アーネスト・ヘミングウェイは『 アフリカの緑の丘 』において 、「 あらゆる現代
   アメリカ文学は 、マーク・トウェインの『 ハックルベリー・フィン 』と呼ばれる
   一冊に由来する 」と述べた 。

   来 歴

   ミズーリ州フロリダで判事の父ジョン・クレメンズ( John Marshall Clemens )
   と母ジェーン・クレメンズ( Jane Lampton Clemens )との間に 、5人兄弟の
   3番目として 1835年11月30日に生まれた 。この年ハレー彗星が観測されたが 、
   トウェインは後年『 自分はハレー彗星とともに地球にやってきたので 、
   " go out with it " , ハレー彗星と共に去っていくだろう 』と周囲の人間に
   吹聴している 。クレメンズ家は 、17世紀半ばにアメリカ合衆国バージニア州
   に移民した旧家であったが 、破産し経済的にめぐまれなかった 。
   家伝によると先祖はチャールズ1世の判事グレゴリー・クレメントだという 。
   また 、彼は色弱であった 。

   ・長男:オーリオン( Orion Clemens , 1825年 - 1897年 )
   ・次男:プリザント( Pleasant Clemens , 1828年 - 1829年 )
   ・長女:マーガレット( Margaret Clemens , 1830年 - 1839年 )
   ・三男:ベンジャミン(Benjamin Clemens , 1832年 - 1842年 )
   ・四男:サミュエル
   ・五男:ヘンリー( Henry Clemens , 1838年 - 1858年 )

   彼が4歳の時 、一家は出生地から50km程離れたミシシッピ川沿いの町 、ミズ
   ーリ州ハンニバルに転居した 。ここは当時舟運で栄え 、ニューオーリンズ
   やセントルイスからは人が日夜途絶えることがなかった 。後にこの町とそこ
   の住人が 、トウェインの最も有名な作品(『 トム・ソーヤーの冒険 』、
   『 ハックルベリー・フィンの冒険 』など )の登場人物と場所のモデルと
   なった 。

   クレメンズ家は 、テネシー州にいた頃から奴隷を所有していたが 、1820年
   のミズーリ妥協のために 、奴隷を彼らの新居に伴うことができた 。トウェ
   インにとって女中のジェニーは第二の母親であり 、奴隷の子供たちは遊び
   友達であった 。ハックルベリー・フィンと逃亡奴隷のジムの描写は 、こう
   した人間関係に由来している 。

   父は多くの負債を残して1847年に死去した 。長男のオーリオンはすぐに新
   聞の出版を始め 、サミュエルはその手伝いに2年間にわたって従事してい
   る 。オーリオンの新聞で最も活発な論争の的になった記事のいくつかは 、
   弟のサミュエルの手によるものであるが 、オーリオンが町を離れていると
   きに書かれたものであった 。

   サミュエルは蒸気船で働いた後 、17歳の時に印刷工として働くため 、故
   郷を後にセントルイスへ移った 。1857年に蒸気船の水先人見習 、1858年
   には水先人の資格を取得した 。1858年6月 、セントルイスとニューオー
   リンズを35日で往復する蒸気船ペンシルヴァニア号がボイラー爆発の事故
   を起こした際 、この船に乗船する予定であったマーク・トゥエインは急
   遽他の船での仕事に就いており助かったが 、この事故に事務員として乗
   船していた弟のヘンリーが巻き込まれ 、ヘンリーは死亡した 。

   南北戦争が始まると舟運の激減のために水先人を失業し 、アメリカ連合
   国軍に志願 。少尉として従軍するも 、『 マーク・トウェイン自伝 』
   ( 勝浦吉雄訳 、筑摩書房 )によれば 、疲労による戦闘不能で除隊
   ( 1940年1月下院では脱走とされる )。1861年には 、兄のオーリオン
   がネバダ準州( 現・ネバダ州 )の政務長官に任命されたため 、それ
   についてネバダに移る 。その後さらにサンフランシスコに移り 、新聞
   記者としていくつかの新聞社で働いている 。この時期特派員としてハ
   ワイにも滞在しており 、新聞記事を集めた『 ハワイ通信 』( 1866年 )
   を出している 。

   1869年には 、新聞に長期連載したヨーロッパ旅行体験記が 、
   " The Innocents Abroad "(『 無邪気な外遊記 』、『 地中海遊覧記 』)
   で出版され評判となる 。以後も長編旅行記をいくつか出版した 。1870年 、
   オリヴィア・L・クレメンズと結婚 。五男一女を儲けるが 、全員両親に
   先立っている 。ハートフォード ( コネチカット州 )に居住し多くの作品
   を発表するようになった 。1873年に出版した『 金ぴか時代 』は彼の出
   世作となるが 、彼の名を不動にしたのは1876年に出版された『 トム・
   ソーヤーの冒険 』である 。これで大ベストセラー作家となったトウェ
   インは非常に豊かな資産家となるが 、一方で浪費や新発明への見境のな
   い投資 、株の投機などで次第にその富は減少していった 。ただし 、
   この時期においても1885年の『 ハックルベリー・フィンの冒険 』などの
   ようにベストセラーをコンスタントに発表しており 、人気が衰えたわけ
   では決してなかった 。

   1894年には投資の失敗などにより 、トウェインは破産する 。このとき 、
   スタンダード・オイルの副社長だったヘンリー・H・ロジャーズ(『 あし
   ながおじさん 』のモデルと言われている )の助力を得て 、資産の再編
   成を行った 。この借金返済の一環として 、1895年には世界中で講演活動
   を行い 、1897年に出版した『 赤道に沿って 』の印税も全額返済に充て
   ることで 、トウェインは借金を完済し再び資産家となった 。1897年には
   新聞に「 トウェインが死んだ 」という誤報を流され 、「 私が死んだと
   いう報道は誇張である 」( The report of my death was an exaggeration. )
   と発表した 。1898年6月15日にはアメリカ反帝国主義連盟のメンバーとなり 、
   合衆国のフィリピン併合に反対した 。1906年にはアメリカを訪れたショーレム・
   アレイヘムと会っている 。1910年 、死去する 。この年はハレー彗星が75年
   ぶりに地球に到来した年であり 、本人が予見した通り 、ハレー彗星と共に
   この世を去っていった 。

   なお『 あしながおじさん 』で知られる作家ジーン・ウェブスターは 、
   トウェインの姪の娘に当たる 。」
  


 


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EXERCISE 運動 Long Good-bye 2022・01・08

2022-01-08 06:05:00 | Weblog


  今日の「 お気に入り 」は 、ノンフィクション作家 ビル・ブライソンさん の

 著書 " The Body ― A Guide for Occupants " からの 抜き書き 。

  ” ・・・ But in the late 1940s a doctor at Britain's Medical
   Research Council, Jeremy Morris, became convinced that the
   increasing occurrence of heart attacks and coronary disease
   was related to levels of activity, and not just to age or
   chronic stress, as was almost universally thought at the time.
   Because Britain was still recovering from the war, research
   funding was tight, so Morris had to think of a low-cost way
   to conduct an effective large-scale study. While traveling to
   work one day, it occurred to him that every double-decker bus
   in London was a perfect laboratory for his purposes because
   each had a driver who spent his entire working life sitting
   and a conductor who was on his feet constantly. In addition
   to moving about laterally, conductors climbed an average of
   six hundred steps per shift. Morris could hardly have invented
   two more ideal groups to compare. He followed thirty-five
   thousand drivers and conductors for two years and found that
   after he adjusted for all other variables, the drivers ― no
   matter how healthy ― were twice as likely to have a heart
   attack as the conductors. It was the first time that anyone
   had demonstrated a direct and measurable link between exercise
   and health. ”

   ( 出典 :Bill Bryson 著 " The Body ― A Guide for Occupants " .
        Knopf Doubleday Publishing Group. 刊 )

  上掲の英語の文章は 、翻訳本の中で 、次のように 日本語訳されています 。   

  「 ・・・ しかし1940年代後半 、イギリス医学研究審議会の医師

   ジェレミー・モリスは 、心臓発作と冠動脈疾患の発生増加が 、当時広

   く信じられていた加齢や慢性ストレスといった原因だけでなく 、活動

   レベルにも関連していると確信するようになった 。イギリスはまだ戦

   争の被害から復興している最中で 、研究資金が不足していたので 、

   モリスは有効な大規模研究を行なう低予算の方法を考えなくてはなら

   なかった 。ある日の通勤中 、ロンドンのあらゆる二階建てバスが 、

   自分の目的にかなう完ぺきな実験室になると気づいた 。どのバスにも 、

   全労働時間を座って過ごしている運転手と 、常に立ちっぱなしの車掌

   がいる 。車掌は水平方向に動き回るだけでなく 、一回の勤務時間に

   平均で六百段の階段をのぼり下りしていた 。比較するのにこれ以上な

   いほど理想的な二集団だった 。モリスは三万五千人の運転手と車掌を

   二年間追跡調査し 、その他すべての変数を調整したあと 、運転手は

   ― どれほど健康だとしても ― 車掌より二倍心臓発作を起こしやすい

   ことを見出した 。運動と健康の測定可能な直接のつながりが

   はっきり示されたのは 、それが初めてだった 。 」

   ( 出典 : ビル・ブライソン著 桐谷知未訳 「 人体大全 ― なぜ生まれ 、
         死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか ― 」新潮社 刊 ) 




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