「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

一茶 2006・05・31

2006-05-31 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、江戸後期の俳人小林一茶(1763-1827)の「七番日記」所収の句です。陶淵明の連作詩「飲酒」の一節「菊を采る東籬の下/悠然として南山を見る」を踏まえた句だそうです。

   悠然として山を見る蛙(かはづ)かな
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来世は女に 2006・05・30

2006-05-30 06:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から平成14年1月の「ならば来世も女に」と題した小文の一節です。

 「昨今は夫婦別姓の時代、離婚の時代、キャリアウーマンの時代だという。タレントならいざ知らず凡夫凡婦の離婚に莫大な慰謝料なんかとれないのに、近くとれるようになるだろうと思って、そしてそれは近くなるのである。夜学生だの苦学生だのと言わなくなった。みんなアルバイトになった。『男女雇用機会均等法』は公布された。
 セクハラは訴えられるようになった。それでいて自分の体は自分のものだと言うようになった。何より女は自立できるようになった。女の助平は公認されるようになった。子を生むのも生まないのも女の勝手になった。女と男の助平度が量れるとしたら、男は女の敵ではない。いいとか悪いとかではない。有史以来圧せられていた女の正体が、晴れてあらわれるようになったのである。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
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2006・05・29

2006-05-29 07:55:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「むかし島崎藤村は時代を明治、大正、昭和と年号で区切って理解すると誤る、明治は大正十二年の大震災まで残っていた。」

 「藤村は大震災までは明治の続きで、大正十二年から昭和ははじまったといった。卓見である。私は藤村に従って昭和三十年代、正しくは東京オリンピックまでは戦前が残っていて、それ以後から戦後がはじまったと見るようになった。」

 「昭和三十年代までは、戦前と同じ貧乏があった。銭湯の時代だった。湯は石炭で、または薪でたいた。したがって月に一度は煙突掃除が回ってきた。会社には十六七の夜学生がいた。夜学生は天丼でもカツ丼でもよかったら二つ食べないかとすすめても、以前は食べたのに食べなくなった。もう飢餓の時代は去ったと漠然と知って、誰もすすめなくなった。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)

 このコラムの中で、山本夏彦さんの文章に乱れがあらわれています。筆者の見る限りでははじめてのことでした。
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2006・05・28

2006-05-28 07:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「医者は私は全き健康だという。けれども全き健康が危いのだ。その如月(きさらぎ)の望月のころお陀仏になる予感がすると笑っていうと、また始まったと相手にしないが、もしお陀仏にならなかったらどうする、縁起でもないと言ってくれる才媛もあるが、そのときはさらなる来年の望月のころまで雨天順延だと私はふざけて笑うのである。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
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健康というのはイヤなもの 2006・05・27

2006-05-27 07:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「どんな人の頭のなかにも当人と他人(第三者)がいる。自分の損になる時でも、自分のなかなる他人の発言を聞くのが良心的な人だといわれているが、そうか。」

 「ブッシュ(父)大統領が来日の直前、日本人記者に謝罪する気はないかと問われて『ない』ときっぱり答えた。原爆投下のことだなと直感したのだ。ここで謝罪して賠償問題でも生じたら、アメリカ人にとっては為にならない。大統領はないと断言してはじめて健康なアメリカ人なのである。
 日本人は『どうしてそんなに謝るの』と皆々不満である。アメリカ人はテロ事件以来当人自身である。あの原爆を肯定して、国民に信じさせ、自分も信じたふりをしている。それが世界中の国民の常だとすると、わが国民は白を黒だということが少いと、私は二十余年のむかし中央公論の『当人論』(いま中公文庫『二流の愉しみ』所収)に書いた。
 ナレーションで言うとしどろもどろだが、私は削りに削って次のように書いたのである。―――
日清日露の戦役まで侵略戦争だと支那人が言うのは勝手だが、日本人が言うのは不自然である。それなら当人ではない、他人である。当人というものは自分の利益とみれば沖縄県石垣の尖閣諸島でさえ自国領だと言いはるものである。それが健康な個人であり国家である、わが家であり、わが社である。故に健康というものはイヤなものである。けれどもおお、個人も法人も国家も健康でなければならないのである。わが国のごとく他人が言いはることを先回りして言って良心的だと思う国家は、怪しいかな他国にあなどられるのである。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
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2006・05・26

2006-05-26 07:30:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、平成13年10月の「牝鷄晨す」と題した小文の一節です。

 「来世は男に生れたいかと女に問うと、戦前はみんな男に生れたいと答えた。
『人生婦人の身となることなかれ、百年の苦楽他人(夫)による』と唐代の詩人はうたったから、千何百年も前からそうだったのだろう。女はソンで男はトクだと思っていたが、戦後は反対になった。
 次第に来世も女に生れたいと答える女がふえたが、今は十人中九人までは再び女に生れたいと答える。」

 「まれに一年間だけなら男に生れてもいいがそれ以上はいや、もとの女に返りたいという娘がある。これはまだ男を知らぬ女だ。男を知った女に問うと男は哀れだからと言う。たいてい年増で、どこが哀れだと問いつめてもそれ以上は答えない。」

 「男が哀れだというのは sex のことである。女は自立できるようになると男と対等になった。生む生まないは女の勝手にはなったが、本来女の体は生むようにできている。だから男をしぼってしぼってやまないのである。女に敵う男はない。古人はそれを知ってつとに牝鷄(ひんけい)晨(あした)すと言った。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)

 (筆者注)広辞苑によれば、「牝鷄晨す」は、「牝鶏が時をつくる意で、女が勢力をふるうことのたとえ、家や国がほろぶ前兆・原因とされた」とあります。
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2006・05・25

2006-05-25 10:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から平成13年9月の「舞妓さんにわたしはなりたい」と題した小文の一節です。

 「不思議な投書を見た。鎌倉在住の八歳の少女の『まいこさんに私はなりたい』という投書である(朝日新聞八月三十一日)。こんどは『私もなりたいまいこさんに』と静岡の六歳の子の投書が載ったのである(同九月八日)。
 新聞が若者に読まれなくなって三十年近くになる。したがって投書人口は減って、六十代七十代になりつつある。たまに二十代の投書があると担当者はとびつく。けれども八歳と六歳は幼なすぎる。それにこんな投書を採用したわけがわからない。」

 「保育園のころから踊りを習わせてもらっている。もう少し大きくなったらお茶、三味線、鼓も習い共に舞妓になりたいと書いてある。
 二人とも芸がなければ舞妓になれないと知っている。一人はできたら鼓も習いたいと書いているから予備知識があることが分る。
 こういう時代が昭和二十年代にないことはなかった。小くに、まり千代、五郎丸の全盛時代で、宝塚の女優にでもなるつもりで素人の娘たちが志願してなった。当時はまだ親に売られて芸者になった妓が現役でいた時代だから、互にうまくいくはずがなかった。実情を知って驚いてすぐやめた。あとはキャバレー、バーの時代で、花柳界は柳橋が最も早く滅びた。
 赤坂は田中角栄の全盛のころはまだ盛んだった。角栄は白昼『千代新』に電話をかけて、これから行く、誰でもいいがあいている芸者を呼んどいてくれと命じて行って、三十分そこそこで帰ったという。それでいておかみにも女中にも十二分な祝儀を与えたから評判が悪かろうはずがない。閣僚は激務である。手まひまかかる恋愛なんぞされては国民は迷惑である。
 角栄だから相手は不見転(みずてん)ではない。すこしは名のある芸者が枕席に侍ったのである。赤坂がそうなら新橋もそうである。祗園も例外ではない。ただ芸者は芸を売って色は売らない看板を出しているから素人はそうかと思う。それを新聞が知らないはずがないからけげんなのである。
 アメリカではケネディまでは醜聞ではなく艶聞だった。世間は羨んだ。ケネディのあとを継いだジョンソンは三人の美人秘書を雇って、実はと切出したら一人は泣いて帰ったが、二人は承知した。執務中勃然と兆したときの相手をつとめるのが仕事である。角栄ばかりでなくそれ以下の政治家、実業家も似たようなものだった。まさか埋草に載せたわけではなかろうとけげんなのである。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
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2006・05・24

2006-05-24 06:15:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「フィクション fiction という言葉を英語の字引でひくと虚構とある。キョコウと口で言い、耳できいただけでは何のことか分らない。時と場合によって作り話、絵そらごと、小説と私は訳している。」

 「アンカーは錨(いかり)であるが、スポーツの世界ではリレーの最終走者、または泳者である。錨と最終走(泳)者の間は離れすぎて素人には同じアンカーとは思えない。活字の業界では最後に原稿にまとめる人とあるから、これでようやくつながった。コピー copy は普通写しだが、広告界では広告文案である。」

 「むかし中野重治は『コミット、パースナリティ、アイデンティティ、アビリティ、コンテクスト以下概念のあいまいなカタカナ語ばかりで語りあうインテリの出す結論は、あいまいなものにきまっている』というほどのことを書いた。当時の病(やま)いは高じるばかりである。すでにアパレル業界では、この冬は柄(がら)ではストライプが流行ってきている。ストライプにはチョーク・ストライプ、ピン・ストライプ、ヘヤ・ライン……などと言ってついに日本語は『てにをは』を残すのみになった。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
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2006・05・23

2006-05-23 06:15:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「手紙は片っぽだけ見れば、全体が分るものだ。名高い文士の全集には書簡集がついている。見れば手紙は当人の書いた片っぽだけで相手のは出てない。それでいて分る。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
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2006・05・22

2006-05-22 07:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「これまでなぜ新聞をとっていたか。ただただ習慣である。家の三千円は誰の金だか分らない。だから読まないのにムダだとも思わない。一人アパートぐらしをしている男女にとっては新聞を見る習慣がすでにない。このとき三千余円も金だと気がつく。
 むかし四ページだった新聞が三十なんページになったのはもっぱら大企業の大広告のためである。新聞は広告が命である。ただし広告が半分以上を占めると、それは広告であって、新聞ではないと見なされる。故に広告収入で半ば以上を経営している新聞は、記事を半分以上にしなければならない。増ページに次ぐ増ページをした。
 本来雑誌にまかせていい記事を載せた。政治経済の記事は分らない。ある日突然新聞は要らないものだと分った。新聞もとってないのは恥ずかしいと思うのは誤りだと分るに至った。あれは隣家がとっているからとっていたのだ、隣家がとらなくなれば皆々とらなくなる。こうして新聞は総くずれになる。キオスクはがらがらになる。
 明治の昔陸羯南(くがかつなん)主宰の『日本』という新聞は、一万部も出なかったから宅配はできなかったが、日本中の読書人は郵送によって読んだ。クオリティペーパーだった。このたぐいが一紙か二紙残ればいい。なければ創刊されるだろう。」

   (山本夏彦著「一寸さきはヤミがいい」新潮社刊 所収)
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