今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から「資本主義には正義がない」と
題した昨日引用した小文の続きです。
「 戦争も革命も必須なものである。勝組は負組の大将を殺した、大衆は奴隷に近いものにされた。人は
金ほど好きなものはないというが、正義はもっと好きだ。即ち『戦争裁判』をして正義だと言いはった。
原水爆によって本式の戦争ができなくなっていま先進国は困っている最中である。
わが国でも高度成長以来暖衣飽食するのは大衆になった。冬暖かく夏涼しく着る物も食う物も捨て、居
ながらにしてポルノを楽しめるようになった。古人が夢みたまたは夢にも見なかった極楽中の住人にな
った。これが極楽かと不服ならテレビは百害あって一利がないと、とりあげてみよ。しがみついて放さ
ないからやはり極楽なのである。
昔は王侯貴族とその取巻を倒せばよかったが、今は大衆がこぞって王侯になったのだから倒すものが
ない。大衆が丸ごと自分で自分を倒すよりほかないとは前に書いた。
社会主義には正義があって資本主義には正義がない。社会主義のご本尊は破産したのになおその正義
で育った若者はいま新聞、学校、裁判所あらゆるところのデスクになっている。『諸君!』六月号(平
成十年)『紳士と淑女』は書いている。朝日新聞は毛沢東の文化大革命を支持した、ポル・ポトをほめ
たたえた(昭和五十年四月十九日夕刊)。
別に岩波書店社長安江良介はT・K生の『韓国からの通信』(「世界」連載)で北朝鮮を十何年ほめ
ちぎって、あとで問いつめられたらT・K生なる個人は実在しない、正義のためならウソは許されると
言葉をにごしたと伝えられる。
故に常に正義なら胡乱(うろん)だと思えと言ったら正義好きは途方にくれるだろうが、人間は邪悪な
存在である、サギをカラスと言いくるめる存在である。だから資本主義は己がカガミで、清く正しく美
しいものだと思いたくても思うなと私は言うのである。」
(山本夏彦著「寄せては返す波の音」 新潮社刊 所収)