今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続きです。
「私たちがその風貌に威信を失ったのは伝統と無縁になったからである。もう一つ分業のせいである。古人はみな多くを兼ねた。文事ある者は必ず武備あり、文武両道といって武事しかないものはあなどられた。大将乃木希典は詩人である。その詩は読むに耐えるもので、昭和の大臣大将が書いた詩とは選を異にする。いまは悉く分業になった。デザインと施工は分離した。一つ職業について三十年もたてばおのずと風格が生じるはずなのに銀行会社に何十年勤めてもそれは生じない。
語彙の背後には千年の伝統がある。伝統に返れといっても時機がこなければ返れない。すでにして核家族である。私たちは風流という言葉を口にしなくなって久しい。歌枕をたずねる時代は来るだろうか。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
「私たちがその風貌に威信を失ったのは伝統と無縁になったからである。もう一つ分業のせいである。古人はみな多くを兼ねた。文事ある者は必ず武備あり、文武両道といって武事しかないものはあなどられた。大将乃木希典は詩人である。その詩は読むに耐えるもので、昭和の大臣大将が書いた詩とは選を異にする。いまは悉く分業になった。デザインと施工は分離した。一つ職業について三十年もたてばおのずと風格が生じるはずなのに銀行会社に何十年勤めてもそれは生じない。
語彙の背後には千年の伝統がある。伝統に返れといっても時機がこなければ返れない。すでにして核家族である。私たちは風流という言葉を口にしなくなって久しい。歌枕をたずねる時代は来るだろうか。」
(山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)