「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2007・04・25

2007-04-25 08:35:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続きです。

 「私たちがその風貌に威信を失ったのは伝統と無縁になったからである。もう一つ分業のせいである。古人はみな多くを兼ねた。文事ある者は必ず武備あり、文武両道といって武事しかないものはあなどられた。大将乃木希典は詩人である。その詩は読むに耐えるもので、昭和の大臣大将が書いた詩とは選を異にする。いまは悉く分業になった。デザインと施工は分離した。一つ職業について三十年もたてばおのずと風格が生じるはずなのに銀行会社に何十年勤めてもそれは生じない。
 語彙の背後には千年の伝統がある。伝統に返れといっても時機がこなければ返れない。すでにして核家族である。私たちは風流という言葉を口にしなくなって久しい。歌枕をたずねる時代は来るだろうか。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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2007・04・24

2007-04-24 13:05:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日の続きです。

 「大工や鳶の頭で威風あたりを払うものがあったのは一人で多くを兼ねたからである。大工は自分で設計し自分で施工した。今でいうデザイナーと施工者を兼ねたこと、その職が世襲であったことが風貌に威信を加えたのである。職人や芸人の世界は旧幕時代にはほぼ完成していた。明治政府は彼らのために学校をつくらなかった。大学に建築学科はあるがそれは西洋建築を学ぶところで、日本建築は一段下の工業学校で教えたが、そこを出たものは職人にならないで職人を指図する現場監督になった。ここでも教育の普及は浮薄の普及だという言葉を思いだす。私は手習いをしたことはないが手習いも同じだろう。古今の名筆を模写すれば、才あるものは十九か二十でその全力を発揮するだろう。あとは齢をとるだけである。齢をとればとるほど上達すると思うのは思いたいのである。歳月は勝手に来て勝手に去る。老人になればそれだけえらくなれるなら日本中えらい人で充満するはずである。再びそう思いたいのである。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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2007・04・23

2007-04-23 06:55:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「俗に古武士のような風格というがそんなものはない。それは最も早く勤人に滅びた。役人とサラリーマンは武士の生れかわりである。明治になって禄を失った武士の子弟は学校へ通って再び三たび十人の頭百人の頭になろうと勉強してめでたくなったら武士の風格を失った。明治に生れたからといって明治の人でないことはすでに言った。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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2007・04・22

2007-04-22 07:55:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「人間ひきぎわが大事だなどと他人のことなら言うが、自分のことになるとたいていの人は目が見えなくなる。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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2007・04・21

2007-04-21 06:15:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、ガブリエル・ゼヴィン(1977-)という米国の作家の著書 "ELSEWHERE" から。

 「死というものは、心のあり方にすぎない。地上には一生を死んだまま過ごす者がおおぜいいる。」

 「いつだって選択肢はあるもんだよ。」

(Gabrielle Zevin著・堀川志野舞訳「天国からはじまる物語」理論社刊 所収)
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2007・04・20

2007-04-20 06:35:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「友が友を見放すのは多く金銭による。迷惑というのは借りられることなのである。真の友は友の役に立つことを待つものである。役に立ったことを喜び、恩にきせるどころか役にたったことを忘れるものである。だから金なら貸せといわれたことをまず喜ぶ。役に立つ機会が天から降ってきたからである。喜んで貸して貸したことを忘れる。借りたほうも忘れ、今度は反対に貸す身になるとそれを喜び、次いで忘れるからあいこなのである。これが真の友だといわれる。故に真の友は真の恋より希なのである。
 友に似たものを私たちは友だと思うよりほかないから、一人では足りなくて人数をむさぼるのである。せめてそれにかこまれて死ぬことを欲するのはぼんやり真相を知っているからである。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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2007・04・19

2007-04-19 07:15:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集「『戦前』という時代」の「あとがき」から、昨日の続きです。

 「二・二六事件(昭和11年)でさえ暗殺はよくないが政党者流はもっとよくない。青年将校の憂国の至情は諒とするという全国からの減刑嘆願書が、ほらこんなにきている、血書まであると新聞は手紙の山を示したから嘆願書はいよいよ集まったのである。
 血気の若者が寄ってたかって老人を殺す、しかもそれが軍人だとは――と咎める市井の声を田中美知太郎氏はその日記にとどめているが、このたぐいは新聞には全く出なかった。
 昭和十六年になっても日本人の過半はまさかアメリカと戦争しようとは思っていなかった(子供は然らず)。だから十二月八日には仰天した。けれどもたちまち勝報が相次いだので愁眉を開いて、戦勝気分はあくる十七年まで続いたのである。つまり十七年までまっ暗ではなかったのである。」

  (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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2007・04・18

2007-04-18 06:20:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集「『戦前』という時代」の「あとがき」から。

 「『戦前』という時代は誤り伝えられている。私はついぞ飢えたことがなかったと言っておかないと誤解されたままになる。仙台ほどの町でも米はあったのである。それなら山形にも福島にもあっただろう。
 何より買いだしだのヤミだのという。売るものがなければ買えない。千葉埼玉茨城――東京の近在でも自分たちが食べてなお売るものを持っていたのである。つまり日本人の大半は食うに困っていなかったのである。「『戦前』という時代」はこれだけのことを言うために書いたが、何ぶん敵は幾万で私は一人だから長いわりに肝心なことを言うのを忘れた。戦前という時代を満州事変(昭和6年)から数えて十五年間まっ暗だったというものがあるが、これは今日の目を以て昨日を論ずるたぐいである。満州事変はこれで景気がよくなると国民の過半は歓迎したのである。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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2007・04・17

2007-04-17 06:00:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「他人の説に同感なら文は書くに及ばぬ。」

   (山本夏彦著「生きている人と死んだ人」文春文庫所収)
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2007・04・16

2007-04-16 08:30:00 | Weblog
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「私はこれまで喜んで生きてきたわけではない。それは絶望というような大げさなものではない。むしろ静かなものである。」

 「私的なことは書けないから今もにくまれ口をきくこと旧にかわらないが、それは浮世の義理である。生きているかぎり元気なふりをする義理があるのである。」

   (山本夏彦著「生きている人と死んだ人」文春文庫所収)
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