阿波野青畝と「かつらぎ」の人々による「合歓の花」(昭和末年の週刊朝日より)
ねむの花水銀灯を浴びせられ 大津 漁舟
夜はたたまれた葉の隙に赤い花が浮かぶ。それが合歓の木であることを白昼のごとく照明する電灯の光。
合歓の葉もいよいよ細りて針となる 大滝 久香
日が暮れれば合歓の葉が合わさるままに細々と見える。昼間の茂りとはまったく異なって針状に変わる姿となった。
吹降りのつひに毛雨(けあめ)や合歓の花 水田 のぶほ
梅雨どきとて合歓の花は濡れたまま咲いている。風に吹き飛ばされもするが凪いだ時は静かな毛雨をあびている。奥の細道の象潟の雨が連想に現れる。
黒蝶(くろてふ)をあやつりをりて合歓揺らぐ 佐渡野 生子
晴れた日の合歓の花は桃色に彩りやさしく揺れるところ。よく見れば大きな黒揚羽がとまって蜜を吸っているのだ。「あやつりおりて」が魔性の感じがする。
ねむりゐる合歓無残なり台風来(き) (ムロ)淵 美恵
夕づいて台風がおそうてきた。眠っている合歓の梢が左右上下に動揺する。あわや幹が折れんばかり。
海女(あま)の髪ほぐし吹かれぬ合歓のかげ 河野 探風
この句は梅雨明けと見える。鮑(あわび)採りの海女が合歓の木陰に腰を下ろした。濡れ髪をばらばらにほぐし風にゆらゆらして心地よげな表情。
ねむの花一とさわぎせし発破かな 瀬戸 白魚子
工事をしている場所が見えないが発破音がとどろく。傍らの合歓の木は振動して花簪のゆれるさまが見事だ。危険を忘れてしばし見とれた。
すすり泣く如き胡弓(こきゅう)や合歓の花 夏目 実千子
中国旅行の華清池あたりであろうか。合歓が群生して地面に花をしいていた。盛唐の栄枯盛衰を想わせる胡弓が聞こえて胸がときめく。
飯店は煉瓦(れんぐわ)の館(くわん)よねむの花 大西 ナカ
これまた中国の旅吟。町を歩けば飯店の文字が目につく。飯店はホテルで、日本では見られない。並木の合歓に沿うて煉瓦建ての立派さはさすがにと見上げた。
一歩に詩一歩に詩出(で)よねむの花 青畝
合歓といえば中国では代表の花で、私も多くの合歓を詠んだ。公園の合歓の林を逍遥した。牡丹刷けのような落花を拾うては十七文字を考えるのだった。現在漢俳(かんぱい)というものも中国の詩。詩の世界は自由と自信をつけた。(解説の文は全て主宰の阿波野青畝)
(昭和4年青畝によって創刊された「かつらぎ」は、平成25年5月1000号を数えた。俳句結社「かつらぎ」の主宰は、阿波野青畝ー森田峠ー森田純一郎と受けつがれている)