(わが家の庭に咲いた一つの球根からの百合)
(昭和の末、週刊朝日に連載された 細見綾子と「風」の人々による 百合の句)
山百合が目覚といふをくれにけり 綾子
那須高原に遊んだ時の句。那須には白い山百合が多い。熟睡して、またとない快い目覚めを味わい、これは山百合の目覚めだと思った。
水使ふ音の届きて百合ひらく 林 徹
広い山寺などのたたづまいを思わせる。時々厨(くりや)から水を使う音がとどいて敏感に百合が聞く。
地震(なゐ)のあと山百合の香の流れくる 辻 恵美子
地震のあと山百合の香が流れて来た。山百合はいつも匂っていたのだろうが、変事のあとにその香を知ったのがおもしろい。
山百合を日々持ちきたる織娘(おりこ)かな 石黒 哲夫
石黒氏の勤務する織物工場に山百合を毎日持ってくる織娘(おりこ)がいた。織娘のイメージの可憐さと山百合が一つになっている。
百合抱きて山を降りくる紅型師(びんがたし) 大城 幸子
大城さんは沖縄人。沖縄には紅型(びんがた)という優れた染め物の伝承がある。紅型師がある時、百合を抱きかかえて山を降りて来た。デッサンに用うるためか、紅型師の面目があらわれている。
九谷村百合の花粉に膝よごす 三谷 道子
三谷さんは石川県九谷焼の本場の人。九谷村に行って百合の花粉に膝をよごしたのだ。それほど百合が沢山咲いていた山奥の九谷村が想像される。
雷すぎてより山百合の匂い濃し 栗田 せつ子
雷鳴が過ぎ去って平静にもどった時、山百合の匂いの濃さを感じたのである。これは室内の大花瓶に投げ入れてある山百合であろう。山百合は何か事ある時、強い匂いを急に発散する。
鬼百合の花粉に仔牛(こうし)よごれたる 武田 多津子
鬼百合とあるから、農家の門先などにある大輪の百合であろう。牛小屋から引き出した牛をつなぐ場所でもある。牛はあばれて花粉を身につけたのだ。鬼百合が生きている。
山百合の闇を貫き匂ふなり 阿部 月山子
百合の姿は見えず強烈な匂いを取り上げている。「闇を貫き」が力強い。
山百合へ川風のぼる岩襖(いわぶすま) 阿部 すず枝
写生眼の利いた句。岩襖を川風はのぼって山百合へ達する。清らかな山百合がそこにある。(句の解説は、全て主宰の細見綾子による)