会員の
丸井一郎です。
食べる日々(9)
欧州(中欧)における飲食生態の二大特徴の一つは、
制度と階層にあり、他は保存食の優勢である。
後者では、基本要素とその中の多様性に注目する。
公共的に供給される穀物(麦類)由来のパン類は保存品であり、
これに対して「貧困の産物」としての家庭的な「お焼き」類
(麦以外の材料、ドイツ語圏のレープ・クーヘンやフランスのクレープなど)
また粗挽き麦の粥などがある。
これらに添えられる食物を点検しよう。
最も重要な畜肉加工品は、
獣脂(ラード、ベーコン等)あるいは保存品としてのハム・ソーセージ類であり、
さらに乳製品(とくにチーズ類)も保存品である。
その他、果実とくに漿果(木イチゴ類)も自家加工で大量に蓄えられる。
果実や生野菜は、保存食の補完物としてほとんど加工しない
(現物丸齧りであり「サラダ」ではない)。
食に伴う飲料としてワイン、ビールや蒸留酒も特別な保存品である。
日本で一般的な「洋食」イメージの主要な構成要因である肉類については、
基層では豚肉がその中心であり、
特にアルプス以北では森の産物である栗、樫(実はミズナラ)などの堅果類と密接に関連している。
幾何学精神に富む古典地中海世界における耕作地(麦畑)のイメージは、
森と区別されて明瞭に区画され、
穀物の収量で面積が算出できるような空間である。
これに対してケルトやゲルマンの世界では、
茫洋と拡がる森・原野について、
そこに放牧される豚を何頭養えるかが、空間把握を特徴づける。
初夏以降、冬が来る前、秋の実りの時期までに
豚を森に追い込み堅果類などを食べさせることで肉の風味が増すとされた。
現在でもフランスやスペインなどの特定地方ではこの方法が行われている。
11月は屠畜の季節で、森(凍って餌がない)から街へと戻る豚を捕まえては様々な保存用の食肉に加工する。
欧州歳時記などがあれば、「戻る豚待ちて薪積む石の庭」とかなんとかで季語としては晩秋・初冬になるだろう。
《夫婦で冬支度》
斧の刃の反対側で眉間を一撃。
気絶させ、頸動脈を切って血を抜く。
ブルート・ヴルスト(独)ブダン(仏)など血は貴重な食材となる。
耳・顔面・脳・胃腸からつま先(豚足、ハクセ、ピエドコション)まで余すところはない。
《大がかりな冬支度(17Cの絵画)》
上には豚腸に血や脂を詰め燻製したソーセージ
大鍋には胃袋や腸に詰めた内臓など:
ザウ・マーゲン(独)、アンドゥイユ(仏)
羊肉のハギス(スコットランド)など
各地に今も伝統が生きる
右下に小さく羊の腸詰めの豚肉ソーセージ
《現代ドイツの食肉加工品店で》
ほぼ全品ハムでなくソーセージに属する
(口径の大きさに無関係)
最前列中央だけが生ハム。
最大口径の品は加熱ハム
《東欧の「口に溶ける」豚の背脂ベーコン》
(非加熱;画像はウクライナ産、Saloという)
薄切りにしてライ麦パン(黒パン)に乗せる
欧州地域の飲食生態=生存方策を象徴:
穀物の食物繊維+不足する熱量を獣脂で補う
※ この記事は、NPO法人土といのち『土といのち通信』2024年8月号より転載しました。