( `m´) 「…無量義経は 長文の経文でありますが、
この経文の 最低28文字を誦すならば
既に百千万億義に通達するとされます。」
( `m´) 「…こちらは 無量義経の一部であります。」
「仏言(ぶつごん)
善男子(ぜんなんし)
是一法門名為無量義(ぜいつほうもんみょういむりょうぎ)
菩薩欲得修学無量義者(ぼさつほつとくとくしゅうがくむりょうぎしゃ)
応当観察一切諸法(おうとうかんさついっさいしょほう)
自本来今性相空寂(じほんらいこんしょうそうくうじゃく)
無大無小無生無滅(ぜだいむしょうむしょうむめつ)
非住非動不進不退(ひじゅうひどうふしんふたい)
猶如虚空無有二法(ゆうにょこくうむうにほう)
而諸衆生虚妄横計(じしょしゅじょうきょもうおうけい)
是此是彼是得是失(ぜしぜひぜとくぜしつ)
起不善念造衆悪業(きふぜんねんぞうしゅうあくごう)
輪回六趣備諸苦毒(りんねろくしゅびしょくどく)
無量億劫不能自出(むりょうおくごうふのうじしゅつ)
菩薩摩訶薩如是諦観(ぼさつまかさつにょぜていかん)
生怜愍心(しょうれいみんしん)
発大慈悲将欲救抜(ほつだいじひしょうほつきゅうばつ)
又復深入一切諸法(ゆうふくしんにゅういっさいしょほう)
法相如是住如是法(ほうそうにょぜじゅうにょぜほう)
法相如是異如是法(ほうそにょぜいにょぜほう)
法相如是滅如是法(ほうそにょぜめつにょぜほう)
法相如是能生悪法(ほうそにょぜのうしょうぜほう)
法相如是能生善法(ほうそにょぜのうしょうぜんほう)
住異滅者亦復如是(じゅういめつしゃえきふくにょぜ)
菩薩如是観察四相始末(ぼさつにょぜかんさつしそうしまつ)
悉遍知已(しつへんちい)
次復諦観一切諸法(じふくていかんいっさいしょほう)
念念不住新新生滅(ねんねんふじゅうしんしんしょうめつ)
復観即時生住異滅(ふくかんそくじしょうじゅういめつ)
如是観已(にょぜかんい)
而入衆生諸根性欲(じにゅうしゅうしょうしょこんしょうほつ)
性欲無量故(しょうよくむりょうこ)
説法無量(せっぽうむりょう)
説法無量故義亦無量(せっぽうむりょうこぎやくむりょう)
無量義者(むりょうぎしゃ)従一法生(じゅういつほうしょう)
其一法者(むいつほうしゃ)即無相也(そくむそうや)
如是無相(にょぜむそう)無相不相(むそうふそう)
不相無相(ふそうむそう)名為実相(みょういじつそう)
菩薩摩訶薩(ぼさつまかさつ)
安住如是眞相已(あんじゅうにょぜしんそうい)
所発慈悲明諦不虚(しょほつじひめいていふこ)
于衆生所眞能抜苦(うしゅじょうしょしんのうばつく)
苦既抜已(くきばつい)復為説法(ふくいせっぽう)
令諸衆生受于快楽(れいしょしゅじょうじゅうかいらく)
善男子(ぜんなんし)
菩薩若能如是(ぼさつじゃくのうにょぜ)
修一法門無量義者(しゅういつほうもんむりょうぎしゃ)
必得疾成(ひつとくしつじょう)
阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)
善男子(ぜんなんし)
如是甚深無上大乗無量義経(にょぜじんしんむじょうだいじょうむりょうぎきょう)
文理眞正尊無過上(もんりしんせいそんむかじょう)
三世諸仏所共守護(さんぜしょぶつしょきょうしゅご)
無有衆魔群道得入(むうしゅうまぐんどうとくにゅう)
不為一切邪見生死之所壊敗(ふいいっさいじゃけんしょうしししょかいはい)
是故善男子(ぜこぜんなんし)
菩薩摩訶薩(ぼさつまかさつ)
若欲疾成無上菩提(じゃくほつしつじょうむじょうぼだい)
応当修学如是甚深(おうとうしゅうがくにょぜじんしん)
無上大乗無量義経(むじょうだいじょうむりょうぎきょう)。」
「加持普礼懺悔眞言」
「人間祈願人人別(じんかんきがんじじんべつ)
菩薩随機説密言(ぼさつずいきせつみつごん)
我今一一為宣揚(がこんいついついせんよう)
所冀願心倶満足(しょきがんしんぐまんぞく)。」
「オン・シャババ
シフタ・ナガナン
バラバラ
オン・アミキャ・サッタラ
サダヤ・シハイウン・マンイッサイ
オン・バラユ・セイバ・ソワカ。」