正式には 特定のヤントラに花や香を捧げて誦してから、
そのヤントラを銀か銅のロケットに入れて
それをヘルニアの痛みに苦しむ人の右手にしばるというものですが、
礼拝や供養を捧げて誦すだけでも
ある程度の加持が得られそうです。
★「オン・ナモ・ナラー(Lの発音)ル(Lの発音)
ジャーム・バイタヤー・ハムマント・アーイ
パケ・ナ・フテ・チャレ(Lの発音)・バール(Lの発音)
ジャティ・ラクシャ・カレ
グル・ラクワラ(Lの発音)・シャブド・サーンチャ
ピンド・カーチャー・チャロ(Lの発音)・マントラ・イシュワロ
ヴァーチャー・サトヤ・ナーム・アーデシュ・グル・コ。」
以下 ネットに投稿されていた体験談のコピペですが、
現在 メディアに登場する自称陰陽師には、
やたらと皇室を持ち上げたりする事がありますものの、
真正の陰陽道の継承家系は 皇室と悶着があったり
皇室の祭祀の中で 安っぽい偽物になっている部分を嫌がったりなど
複雑な事情を抱えている家系もあるようです。
+++++++++++
俺の実家、京都の“ある地域”にあるんだけど(ていうかあったんだけど)、
○○省と10年位前までいざこざしてた。
明治時代まで天皇の行事に関わる職業というか、それだけで生活してたわけじゃないけど、
祭事の時に呼ばれて出てく役目を担っていた。
これは知識としてそうだったって聞かされただけだけどね。
だけど明治になって、天皇が東京に住むようになっちゃったんで放り出された。
まぁこの際ハッキリ言ってウチはBなんで、それまでの何十倍も差別されるようになってしまった。
親から聞く話だと、ここから当家の苦難と恨み辛みの歴史が続くんだけど割愛するね。
で、東京に行った人が亡くなったんだけど、
その時、時代の名前も変わるし節目だから色々整理する事になり、
行事関係の“関係各位様”にも宜しく言う事になった。
だけど、もう定年で辞める直前のような爺が、
「天皇の住所はまだ京都にあるから、ちゃんと昔からの人脈を復権させるべきだ」とか言い出したんだな。
で、わざわざ高級官僚(コイツの家だって代々この仕事してんだぞ)がやってきて、
「来年は東京に来て昔の仕事を復活させようね」って言ってきやがった。
無論、当時の当主である親父(ホルモン屋経営)が激怒して追い返した。
彼らの名誉のために言っておくけど、
この紛争において○○省からの嫌がらせや恐喝・呪詛行為は一切なかった。
(こっちからは呪った)
だけど腹立たしい事に、そのいざこざに横から入ってきてカネを掠め取ろうとする団体が出てきて、
本当に滅茶苦茶になった。
こいつらは人間のクズで今すぐ地獄に送り返してやりたいが、
元々地獄から生まれてきたようなヤツらなのでどうしようもない。
付き合いが深くなるにつれ、こっちまで憎悪の世界に引き込まれた。
元々、我が家の血筋が悪いからか身の回りで凶事が続発した。
最後には、土地を売却して北海道に移住した。
○○省はどうしたかというと、人形でつつがなく代役を立てた。
ほどなく親父は死んだ。東京に行った人と同じ死因だった。
親父は腺がんで亡くなったけど、病名は本人に告知しなかった。
親父は頑固に依頼を断り続けた割に、いざ本土を離れたら何か使命感のようなものが沸いてきたのか、
しきりに霊的な事や皇室の事を気にするようになっちゃった。
で、病院で病名を告げられた時には末期に近かったんだけど、
死因が同じになっちゃうと、殉死みたいで俺達家族には耐え切れんものがあった。
だから本人には言わなかったけど、全部判ってるような雰囲気でいたたまれなかったよ。
やっぱり、ゴタゴタの最後に人形に魂を分けるような事をしたから、寿命が縮んだのかなって思う事もある。
親父はホルモン焼きながら占い売ったりもしてたけど、全体的に無気力な人だった。
魂分けの儀の時に、省が衣装を持ってきたんだけど、親父が無言で二階にあがってっちゃったのね。
もうその時は、省の人も含めて当事者全員が疲弊しきってたから、
親父おとなしく着てくれ~って焦ったんだけど、押入れからボッロボロの衣装を出してきたんだよ!
これは驚いたね。省が持ってきたのは、玉とか紐とかはガラス・ナイロンなんだよ。
だけどこっちのは正真正銘のホンチャンだからさ。
そんで、省の人って当初から“貧乏人に仕事やるよ”っていう態度だったのが、
その時に空気がサっと変わったもん。
あそこが当家のピークだと、今でも酒の席では話題になるよ。
ウチは人に羨ましがられるような家じゃないし、家柄についての誇りは一切ない。
京都の土地は、後になって例の団体が買い取ったと判った。今はパチンコ屋になってる。
もう死ぬって奴しか仕事にしないし、占いでも十個占ったら四つだけ本当の事言うのが代々のやり方。
一つは相手が言って欲しい事。
一つは当たり前の事。
一つは話から推論を出す。
最後に一つだけ、普通じゃない事おこしたらなアカン。
そのために猿の頭磨いたり、ヤブのアナつって左京区にあるんだけど、大昔馬の屍骸ばらしてた所行ったりして。
普通じゃ無い事は、普通にしとったら起きないんです。
それを毎度起そうとするのは大変な作業です。
だから一回やったらまぁ兄弟のうち一人を大学に入れてやれる。
天皇側の人たちはそういう苦労を知らないで、ハッキリ言って祝詞の一部分に我々を組み込みたいわけです。
祝詞っていうのは現象の再現だから、
それをやるなら人間も代替品にすればいいって兄貴が凄んだんだよ。
そうしたら「あ、検討します」つって、あっという間に人形でカタついた。
実はこれが一番、なんか悲しかった。
北海道は過ごしやすくいい所です。
本州と縁が切りたかったので、今はさっぱりした気持ちです。