うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

オボカタさん

2014年04月10日 | 日記・エッセイ・コラム

 例のSTAP細胞騒動について、友人がSNSに長文の怒りのコメントを寄せていた。反応する知人の人たちも、相当にヒートアップしていた。

 怒りの対象は小保方さんに向いているのではない。マスコミに対してである。まるで芸能レポートのような取材の仕方だし、高圧的で程度が低い、とこき下ろしている。

 会社の子(小保方さんに近い世代だ)ともこの話をして、意見を聞いたが、マスコミについては同様の印象を持っているようだ。最初の発表のとき、割烹着やムーミン好きなことばかりクローズアップされ、リケジョ云々と持ち上げられていたことに、強い違和感を感じていたそうだ。

 僕もテレビの報道を見ていて、なんとなく違和感を感じはしたが、結局そんな報道に乗せられてしまったほうだ。彼女に言わせると、研究者が若い女性であることで、色もの扱いされている、ということに違和感と、マスコミの「商魂」のようなものを感じたのだそうだ。

マスコミに対する感想は、僕も同感だ。昔に比べると、かなりの人がマスコミに不信感を抱くようになっている。不思議なことに、彼らは自分たちのことを客観的に見ることができないようなのだ。この亀裂は、やがて彼ら自らの首を絞めることになりはしないか。

 ウェブを見ていると、理研の無責任さを強く非難している人たちがいる。僕の関心や意見もこれに近い。研究者の世界のしきたりは知らないが、一般的な社会組織の感覚で言えば、理研は責任逃れをしているようにしか見えない。

現場で研究をしているのは小保方さんら研究者だが、STAP細胞の研究活動は理研がいわば業務として組織的に行っていることである。その研究内容にはそれなりの責任があるはずだ。研究者が使い込みのような犯罪行為をしたのとはわけが違う。たとえその種の不祥事であっても、組織としての管理責任は問われなければならないのに、みんな小保方さんのことばかり非難している。

若い研究者なのだから、論文の発表の仕方などについてはそれなりの指導やチェックをする義務があるはずだ。たとえ本人にかなりの問題があったとしても、そういう人を採用して研究活動させた責任を逃れることはできない。

ところで僕は、小保方さん本人にはあまり関心が持てない。僕には真偽を確かめる知識もないし、本物は時間がたてば残っていくものだろうしねえ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする