うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

夏を閉じる日

2019年08月29日 | 日記・エッセイ・コラム
このタイトルを見てピント来た方、どのくらいいらっしゃるでしょうか。きょう8月29日はこの、「夏を閉じる日」という詩を、日記「ともしび」につづった、当時17歳だった鈴木由里さんの命日にあたります。
「ともしび」は、鈴木さんが亡くなる直前まで、闘病生活や肉親、友人たちとの交流などについて、ほぼ半年にわたって書いた日記です。
「夏を閉じる日」は8月20日に書かれました。亡くなる9日前ということになります。

鈴木由里さんは骨肉腫で長期にわたり入院し片足を切断、更に片目を失いました。そんな思いを、その頃TBSラジオで深夜放送されていた「パックインミュージック」という番組の、担当アナウンサー小島一慶さん宛に書いて送ったところ、それが2度にわたり読み上げられました。
それがきっかけとなり、彼女が亡くなってからこの日記が小島さんに送られ、放送で朗読されました。その後も毎年、8月の下旬になると小島さんのパックの時間に放送されていたようです。

僕は鈴木由里さんが亡くなられたときはまだ子供でしたから、当時は全く知らなかったのですが、中学2年のとき、たしか友達から教えられたように記憶していますが、こういう放送があると知って、夜遅くまで起きていて聞きました。たしかテープにも録音して、それは捨てずにどこかに残っているはずです。
小島さんのパックはその年の秋に終了しましたので、パックの中での放送は僕が聞いた時が最後でした(その後も通常放送枠のない日曜深夜などに放送されていたようです)。
僕は世代的に、この放送を聞き知ったものとしては最年少の部類に入るのかもしれません。なにぶん47年も前の話ですし、一時雑誌等で話題になったとはいえ、当時のことを記憶する人も少なくなっていることは確かです。それでもネット上で検索すると、朗読の書きおこしをされている方、当時の放送録音をYouTubeにあげてらっしゃる方など何人かおられます。
(勝手に張らせていただいて恐縮ですが)こちらの方のリンクを貼っておきます。日記の全文,放送録音のYouTubeページへのリンクも掲載されています。(

今思うと中学の時は、放送を聞いて強い衝撃を受けてはいるのですが、まだ若い命が失われるということの重みとか、そういうことが上手く受け止められず、なんとなく「怖い」「可愛そう」「重苦しくて嫌だ」のような気持を自分の中でこねくり回す、ぐらいかできなかったような気もします。

むしろ今読み返してみると、壮絶といえるような苦痛、不安、恐怖との戦い、肉親や医師、友人、恋人とのごく細い、しかしとても濃密なつながり、生への痛々しいほどの渇望などが心を直撃します。
とりわけ生きることへの強い渇望感は、年を重ね滅多なことでは感動しなくなった心を揺さぶります。いや、感動しなくなったということではないかな。
実は職場でつい検索して読んでしまったのですが、恥ずかしながら涙をごまかし時折外に出て鼻をかむということを繰り返しました。

もう一方の足も切断し、転院して放射線治療を受けるようになってしばらくした7月下旬、由里さんは一時危篤状態となります。このときは数日で意識は戻ります。(ここ追記:回復後なおも示した、生への強い渇望を、「ともしび」から追加で引用させてください)

どうしたっていうのよ。みんなそんな顔をして。
私は平気よ。
死ぬの? いや!
私は死にたくない。

私はまだ死んじゃいけないのよ。
神様、私は病気でみんなに迷惑をかけてきた。
だから、この病気を早く治して、
迷惑をかけた分、みんなにつくさなきゃいけないの。

死んじゃいけない。 


その後、それまで全く揺らぐことのなかった生きることへの強い確信の様なものが揺らぎ、死への道筋を意識するようになります。その時の思いをこう書いています。

でも、私にはわかっている。
私の命がもうそんなに長くないということが。

きょうはいやに心が澄み切っていてこわい。

自分でも驚くほど冷静だ。

この意識の転換、ちょっとどういったらいいのかわかりませんが、とても興味深いです。たぶんですが、それまで必死になって生きよう、元気になろうと思い続けたからこそ、この転換点を迎えたのでしょう。ただ不運を呪ってもう死ぬんだ、と思っている人は、亡くなる瞬間まで自分の死を納得できないのかもしれない。
8月に入ってからは肉親、恋人、親しかった友人に向け、遺書めいたものを書くようになり、次第に体の自由も効かなくなってきているようです。そして、自らを送るかのような詩。。

夏を閉じる日            鈴木由里

  夏を閉じる日
  散っていく花びらに 少しの言葉がほしい
  空回りしている詩に 確かな鼓動がほしい

  夏を閉じる日
  ブランコの揺れる あの日に戻りたい
  開かれた白いページに 瞳を埋めていたい

  夏を閉じる日
  心を閉じて 一人でいたい

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2 コメント

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水野さん、 (うさぎくん)
2020-08-23 23:34:46
コメントありがとうございます。
 そうですね・・、毎年このくらいの季節になると、鈴木由里さんのことを思い出し、今こうして生きていることの大切さを再認識したりします。。
 それに、今年は彼女のことをひろく世間に紹介し、その想いを大切にして毎年手記を読まれていた小島一慶さんが亡くなられています。まあ、天国で由里さんと久しぶりの再会を果たしているのかもしれません。
 
 
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Unknown (水野聡)
2020-08-22 21:25:41
先日、鈴木さんのことを知りました。上手く言えないですが、芯に鈴木さんの言葉が刻まれました。彼女が残してくれた想いを自分の中で育み、少しでも由里さんの生きたかった、今、未来に貢献できるなにかを自分なりに模索し、実行したいと思います。
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