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1903年12月8日 嵐 寛壽郎の生まれた日
嵐 寛壽郎(1903年12月8日 - 1980年10月21日) 本名高橋 照一
通称「アラカン」、「天狗のおじさん」
映画 300本以上に出演
戦前映画界の大衆のヒーロー
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1903年(明治36年)
京都市生まれ。文楽の人形遣い・初代桐竹紋十郎の孫。
チャップリンの「キッド」が「鞍馬天狗」と杉作とのからみに、キートンの無表情さが「むっつり右門」の演技に、それぞれ大きな影響になったと述懐。
1919年(大正8年)
片岡松之助の一座に加入するが巡業先で賭博により追われ、初代中村扇雀(二代目中村鴈治郎)一座の「関西青年歌舞伎」に加わる。
1921年(大正10年)
叔父・六代目嵐徳三郎の縁を頼って歌舞伎界に入る。
初名嵐徳太郎。屋号は葉村屋。後に嵐和歌太夫を名乗る。
1942年(昭和17年)
日活が戦時統合により大映に改組されたことで、大映京都撮影所へ移る。
大映移籍後の主演第一作『鞍馬天狗』(伊藤大輔監督)公開。
同作で伊藤監督は、寛寿郎に百メートル疾走する立ち回りを要求し、出来あがった映画で裾さばきが乱れていないことに感心し、「あれもほんとうのわざおぎです」と評している。
悲壮美あふれる阪東妻三郎、躍動感の大河内傳次郎の殺陣に比べ、嵐寛寿郎の殺陣は優美そのもの。
幼い時より仕込まれた歌舞伎舞踊の素養に裏打ちされた見事な立ち回り。
戦後、GHQの「チャンバラ禁止令」
アラカンら剣戟スターは牙を抜かれたも同然。
1968年(昭和43年)、『神々の深き欲望』(今村プロ)に出演。
1980年(昭和55年)、10月21日死去。77歳。
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結婚と離婚とを繰り返えす。別れるたびに前妻に全財産と家屋敷を譲り渡していた。
金銭面には無頓着
自身は質素な暮らし
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1927年(昭和2年)、十一代目片岡仁左衛門が、稽古のとき、「踊りが下手だ」と有望な若手俳優の顔面を真剣で殴打した。その場に居合わせた寛寿郎(当時は嵐徳太郎)は、「いくら才能があっても門閥如何では出世できないのか」と衝撃を受け、映画界入りを決意したという。なお、その時の殴られた俳優はのちの片岡千恵蔵であった。
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映画
鞍馬天狗 シリーズ
髑髏銭(1938年)
白髪鬼(1949年)
むっつり右門捕物帖 鬼面屋敷 (東宝、1955年7月6日) 他 1本
明治天皇と日露大戦争(1957年)
天皇・皇后と日清戦争(1958年)
明治大帝と乃木将軍(1959年)
大東亜戦争と国際裁判(1959年)
皇室と戦争とわが民族(1960年)
残菊物語(1963年)
昭和侠客伝(1963年)
網走番外地(1965年)
続 網走番外地(1965年)
明治侠客伝 三代目襲名(1965年)
網走番外地 北海篇(1965年)
網走番外地 望郷篇(1965年)
網走番外地 大雪原の対決(1966年)
網走番外地 南国の対決(1966年)
網走番外地 荒野の対決(1966年)
網走番外地 悪への挑戦(1967年)
網走番外地 決斗零下30度(1967年)
神々の深き欲望(1968年) 『毎日映画コンクール』男優助演賞
緋牡丹博徒 二代目襲名(1969年)
緋牡丹博徒 花札勝負(1969年)
座頭市と用心棒 (勝プロダクション、1970年1月15日) - 兵六爺さん役
まむしの兄弟 懲役十三回(1972年)
昭和おんな博徒(1972年)
やさぐれ姐御伝 総括リンチ(1973年)
山口組三代目(1973年)
直撃地獄拳 大逆転(1974年) - 役者名クレジットは「?」表記
男はつらいよ 寅次郎と殿様(1977年)
トラック野郎 一番星北へ帰る(1978年)
ダイナマイトどんどん(1978年)
俺は田舎のプレスリー(1978年)
日蓮(1979年)
白昼の死角(1979年)
神様のくれた赤ん坊 (松竹、1979年12月28日) - 高田幾松役
ちゃんばらグラフィティー 斬る! (東映京都撮影所、1981年4月11日)
石見重太郎… 2本
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テレビドラマ
風雲 新撰組(1961年)
海の畑(1963年)
花の生涯(1963年) - 水戸斉昭役
赤穂浪士(1964年) - 細川越中守役
三匹の侍 第1シリーズ 第21話「春雷有情」(1964年)
新選組血風録(1965年) - 弥左ヱ門役
泣いてたまるか 下町の青春(1967年)
銭形平次
第106話「黒い傷あと」(1968年) - 茂十役
第248話「なさけ深川」(1971年) - 源太役
柳生十兵衛 第10話「黒竜の秘密」 (1970年) - 都築勘太夫役
弥次喜多隠密道中 第9話「帰ってきた男」(1971年)
特別機動捜査隊 第530話「懐かしのメロディー 殺し屋」(1971年)
木枯し紋次郎 第2シーズン 第20話「上州新田郡三日月村」(1972年) - 与作役
変身忍者 嵐 第26話「死ぬか嵐! 恐怖のスフィンクス!!」・第27話「妖怪! 毒ぐもタランチュラ!!」(1972年) - 百地三太夫役
唖侍 鬼一法眼
第5話「流転のめぐり合い」(1973年) - 慈海和尚役
第13話「黒髪地獄」(1974年) - 慈海和尚役
荒野の素浪人 第2シリーズ 第11話「地獄の沙汰」(1974年) - 青鬼の源五郎役
ばあちゃんの星(1975年)
紅い花(1976年) - 老人役
鞍馬天狗の「家」(1976年) - 本人(鞍馬天狗)役
新・必殺仕置人 第11話「助人無用」(1977年) - 天狗の鞍三役
日本の戦後 第1集「日本分割 知られざる占領計画」(1977年) - 鈴木貫太郎役
土曜ワイド劇場 / 逃亡・雪原の銃声(1978年)
破れ新九郎(1978年) - 八兵衛役
大阪親不孝通り(1979年)
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映画を少し見ただけ。見たドラマはなし。
鞍馬天狗は 嵐 寛壽郎だったようだ画、一本も見たことが無い。
石見重太郎二本の台詞の言い回し、むっつり右門二本の淡々とした台詞とたたききるような迫力ある太刀さばきに惹かれているが、一時期歌舞伎界に身をおいておられたのだと初めて知った。
伊藤大輔のような名監督が、【寛寿郎に百メートル疾走する立ち回りを要求し、出来あがった映画で裾さばきが乱れていないことに感心し、「あれもほんとうのわざおぎです」】と評されていた折り紙つきのうまさだったんだぁ~☆
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