食べ物日記   元気 一番

健康へ気配りしながら主に食事を!

願い

2021-01-22 21:40:13 | 社会・平和

 2021.1.21朝刊

 1月20日は忘れられない日となった。私の脳は、「使い易い小型核をつくる」そして「地球温暖化はフェイクニュースだ」と発言するアメリカのトランプ大統領の顔がテレビ画面に映るとアレルギー反応をおこす。しかし今はどんなことを言って、世界を乱すのだろうかと聴き耳を立てる。

 20日はバイデン新大統領の就任式である。日本時間21日朝刊に就任式の様子などの記事があった。新大統領に、世界が平和であり続け、各国に住む個人が安全に幸せと感じて生活できるよう、その環境作りが少しずつ進むことを期待したい。

 元大統領が乱した世界やアメリカ国内に関して、こんな内容が新聞記事や私の記憶にある。中国(新型コロナ)ウイルス感染防止策軽視、白人過剰至上主義・分断深化、メディアと対立・フェイクニュースと呼び自己正当を主張、地球温暖化はうそと、米国第1主義、エルサレムをイスラエルの首都と認める、小型核の製造をするなど。

 新大統領は民主主義のもとで国際協調路線へ転換し、就任後すぐに15の大統領令を出すという。世界の好転を期待したい。就任式にはハリス副大統領、オバマ元大統領ミシェル婦人そしてヒラリー・クリントン元国務長官も衣装の色に紫があったという。民主党と共和党それぞれのカラー青と赤とを混ぜた色である。米メディアが服装に込められた意味を伝えていたとか。「青と赤の闘いを終わらせよう」、大統領の「結束を」との演説に込められた願いとも通じている。

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すばらしい

2021-01-19 22:38:46 | 今日の出来事

  2021.1.18

 1月17日全日本卓球選手権女子の優勝を石川佳純が勝ち取った。伊藤美誠を降してのことだった。

 石川佳純はオリンピックの個人戦出場選手2名の一人だが、平野美宇とその個人戦出場代表争いをしている。私はこの代表戦に向かって準備をしている石川佳純をテレビカメラで追う特番を偶然にだが見た。

 3人の年齢は石川27才、伊藤20才、平野20歳だ。若い2人に勢いがあるのは流れだろう。しかし、特番によると、直接対決に自信が持てるまで練習をしていた。テレビ東京卓球newsには、サーブを、直近の敗戦で得たヒントをもとに、さらに改善してきた。また背中を押したのは、「チャンスがある限り絶対に最後まであきらめない」とのことばだと。

 結果は、勢いのある若き平野美宇に競り勝つ。そしてその自信は1月の日本卓球選手権でも力を出して伊東美誠にも勝った。どちらの試合にも若干の涙があったという。苦しんだ結果だったためだろう。5年ぶりの優勝という。優勝時の放送解説者は卓球先輩の福原愛ちゃん、「暫く壁でいて欲しい」と。日本の卓球女子は「しばらく強いぞ」と私に感じさせてくれた。

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過疎化対応そして老親お世話対応に

2021-01-11 09:49:53 | 予算の使い方

 地域の過疎化対策に

 昨年10月10日中国新聞「天風録」に、核か過疎かの選択をしている。と原発ゴミの最終処分場選定を巡る調査に北海道寿都町が自ら名乗り出たことが取り上げられている。また、12月12日中国新聞「今を読む」では北海道大公共政策大学院院長遠藤乾氏が、人口減、高齢化、財政難の三重苦を持つ寿都町について、すぐ隣で原子力発電をする泊村のピカピカ施設群と抜群の財政を見せつけられると食指が動くのも理解できると紹介されている。

 人口減、高齢化の地域は財政難となり、若者は離れ過疎化はさらに進む。より住み良い地域を若者は探して移る。人口はすでに最盛期の4分1ほどで3000人程度という寿都町。対応策がなければ、日本の人口予測は2060年に4000万人減で8500万人程度という、比べると40年先には人口は激減し町は維持できないほどだろう。

 日本の人口減、高齢化、過疎化の課題を持つ地域は、同じ対応策を実行することを必要とする。それは若者にとって、自分の生まれた地域が自分の生活し易い環境へと変化することだと私は思う。この変化をもたらすであろう方策として以下を提案してみたい。

 提案内容は、各世帯を「ひとり子の相続環境とすること」だ。これにより親の生活環境をそのままひとり子が引き継ぐことができる。住まいの近くでサラリーマンをし、兼業で農家という事業をすることもできる。

 さて、日本の法律では、複数の子がいる場合、平等分配し相続される。一方老親扶養の分担は子が同等に負う(民法730条、877条第1項)、とある。相続の法と老親扶養の法とを理解して、「ひとり子の環境」が残るように親は遺言書をつくることが必要となる。相続子には老親扶養の役割のほとんどを、相続子でない子には自立できる教育を受けるなどの機会を与える。ここで、国は人口減、高齢化、過疎化の課題への対応策の一つとして、複数子の場合でも「ひとり子の環境」が残りやすくなるよう推進する。相続子と相続子でない子とがどちらも不平等と感じない遺言書内容を例示するなどが必要に思われる。

 人口減、少子化、高齢化、過疎化は日本の抱える課題だ。上記は対応策解決策の一つになると私には思われる。私の住む地域も、高齢者の二人住まい家庭は多い。このままでいると数年後には空き家が多いモデル地域になりそうだ。同じようにモデル地域になりそうな場所に住まわれている方はどのように思われますか。

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年賀状

2021-01-07 20:25:53 | 予算の使い方

 賀状の歴史

 今年の年賀状シーズンも懸賞の抽選による当選番号発表を最後に終了となる。コロナ禍での年賀状取扱数が昨年までと比較してどのように変化したのかも興味が湧く。

 私が交換する年賀状はここ数年減り続けている。理由は個人の高齢化による体力減退だ。中には急な他界を奥様が喪中お知らせされるものもある。他界と聞くと私もつい緊張してしまう。年齢が近い所為だろうか。

 年賀状は私の場合は、中学生のころ国語の先生が「もらって嬉しい内容」としていくつか例示されたことをきっかけに交換し始めたように記憶している。先生にも多くの生徒が出し、年明けに「こんな年賀状をもらって嬉しかった」と幾つかを紹介された。その時期からだと60年近くのお正月に年賀状が寄り添っていたことになる。

 さて、年賀状の習慣がいつ頃から始まったのかを調べてみようと思い立った。「年賀状の歴史」とネット検索して、「年賀状博物館」(Web上の総合博物館 全国はがき印刷振興協会会長 小森俊郎)に出会った。内容は、平安時代末期の藤原明衡著「雲州消息」に年始の挨拶を含む文例があり、この頃には「年賀の書状」が広まっていたとある。江戸期には紙もあり寺子屋で読み書きを習う。1702年に編まれた雑俳撰集に「六月に 年始の礼は かへり花」の句が載っている。明治期には1873年「郵便ハガキ」の発行開始。このハガキが日本の伝統文化であった「年賀の書状」と結びつく。第2次大戦中は1時中止されたが戦後復活し、お年玉付きハガキが作られて戦前を凌いで多くの年賀ハガキが大ヒットした、と説明されている。年賀状の将来についても、平和の背景があってこその存在であり、是非残したいものだとあった。

 私が作る年賀状は毎年減少する。高齢化が進み、元気を確かめ合う相手は漸減する。また電子メールや携帯電話などを個人が簡単に使え、少子化でもある。年賀状の習慣を社会に残すことは容易でないと肌で感じる。しかし、私自身は「文字が書ける間は続けたいものだ」と考えている。

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お正月に

2021-01-02 23:47:04 | 料理

  年越しそば

 年に一度のお正月、今年で71度目を私は迎えたことになる。お正月を迎える前日に、日本では「長生きできるように」と願い、細長いお蕎麦麺を食べる。私も頂いた。

 お正月にはお節(おせち)を食べる。お節とは「神様に感謝し、新しい年を勤勉に過ごせますように」との願いを込めて食べられている。そのお節に欠かせない祝い肴3種が、数の子・田作り・黒豆という。子の数が多い「数の子」に「子孫繁栄」を、田の肥料にも使った小イワシを「田作り」にして「五穀豊穣」を、マメにと黒豆に「不老長寿」をそれぞれ願う。

 江戸時代の終わりから明治時代初期の、庶民の生活にも祝い肴3種のお節は食べられていたとか。現在では数の子や黒豆などは高価だが、当時は庶民が手軽に購入できる食材だったという。(Life style note book 、キッコーマンのブログ参照)

 何気なくお正月にお節料理を頂いていた。お店がお正月に商売をしておらず、食材としてお節料理は必要だ。そんななにげの考えで長くいた。私はこの年齢になり、この回数お節にお世話になっている。初めて調べてみようと思い立った。自分でも「なんと遅くに」と思う---。

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