食べ物日記   元気 一番

健康へ気配りしながら主に食事を!

ありがとう-ありがとう

2016-12-04 14:57:46 | 迂闊謝り

 近所の山茶花 

 とても気持ちの良い挨拶に出会えた。こんなことはなかなか少ないだろうと思う。

 少し狭い道を時間に追われながら車で通りかかった。すれ違う場所が見つけにくい畑のあぜ道、中央部分はアスファルト舗装がされている。相手の赤い車の運転手は女性。私の車は白だ。

 車をゆっくり走らせて、すれ違いができそうな場所に止め道を譲った。ところが相手の車はバックを始め、そのうち道を譲って止まった。しかし通りぬけできそうにない。そこで、私は少し傾き加減にはなるが、あぜ側にさらに寄せた。それを見て、車はゆっくり近づいて来た。窓を開けて「ありがとうございます」。私もつられて「ありがとうございます」と口から。

 迂闊謝りという相互がともに相手に感謝する仕草がある。車での状況もこれに該当する、日本の良き習慣だと思う。忙しい時間帯だったが、気持ちが温かくなった。そして「今日も良い1日だぞ」と感じられたときでもあった。

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オリンピック中の美談

2016-08-23 08:56:55 | 迂闊謝り

 美談

 閉会式が今日行われたオリンピック、たくさんなドラマを楽しませてくれた。そんななか、美談でも心を洗うことができた。

 競争社会に住んでいるため、勝ち負けは存在していることが普通。結果を見て「そうか」と頷くだけ。ところが、レスリングの吉田選手が銀メダルと決まった際、応援席で大粒の涙を流している後輩の登坂選手の映像に、二人の関係や努力を想像して、もらい泣きをする。自分の心が優しくなった瞬間だ。

 さて、先ず、陸上女子5000㍍、交錯して二人が転んだ。先に立った選手が一緒に転んだ他国選手に「立って立って。完走しなきゃ」。一緒に走り出したが、今度は自分が足の激痛で倒れこむ。助けた相手に助けられて、最下位でゴールした。先に立った選手が助け、次に倒れこむ所はレース中にも映し出された。

 もう一つ、体操男子個人総合で内村選手に敗れたウクライナのベルニャエフ選手。「敗者」だが、会見では内村選手を助けた。「あなたが審判に好かれているからこんな得点が」。との記者の質問。「いったん得点が出ればそれは公平な結果。質問は無駄だと思う」。とベルニャエフ選手が進んで答えたと言う。

 これら二つは新聞に取り上げられていたことだが、その内容を知って自分の心も洗われてきれいになるように感じた。日本人でない二人の主人公であり、世界をも親近感を持つことができたことだった。

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お墓

2015-10-25 15:20:21 | 迂闊謝り

 イヌビユ(雑草)

 お墓は私が祖先と繋がっている証。親からバトンタッチされたものは祖先の努力の結晶。繋がっている愛情の贈り物だ。

 NHK番組「あさいち」10月中旬に「車を運転中感ずるのだが、割込みをさせてくれない」「割込みできても後ろの車はクラクションをブーブー鳴らす」と招待者の発言があった。「日本もゆずり合いはない」と。

 私の生活圏は田んぼの多い町だが、まだゆずり合いは存在する。本に「迂闊謝り」を日本人の良い習慣として紹介したものがある。少し投げ出した足に躓いた側が「すみません」足の持ち主も躓かせて「すみません」お互いに気持ち良い応対だと。

 競争社会、核家族社会に戦後育ち、その子が社会の主役になっている現在。そして遺産の相続が民法の割合通りでは祖先との繋がりは見え難い。

 先日、両親を早くに失い、おじに育てられたと言う同級生がそのおじのお墓を移すと故郷にもどる。「これまでも盆と彼岸には墓参りはしていたが、住まいの近くに----と」

 小学校の数年間机を並べたが両親のことなど知らないでいた。それを知りまたお墓を移すことを知ると、心が温まる。

 私もお墓を大切に残したいと思う。祖先を大切にする心が「迂闊謝り」のある日本人とも繋がっていると思うのだが。

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