藪椿
「鬼が来る!」 と
押し入ってきては勝手に
ふとんをかぶり
中で念仏など唱える女
ぼくら家族は黙々と
塩引きで昼ごはん
女は
裏の藪に独りで住んでいる
連れ合いは
南の島で戦死した
椿が咲くと
脳ミソを食いに
鬼がやってくるという
ぽとぽとぽとぽと
藪が血をしたヽらせ
女だけに見えている鬼のすがた
白い人たちに連れられて
居なくなることもあるが
いつの間にか藪に戻ってきている
行き先を尋ねると
「お・に・た・い・じ」と
髪を掻きながら仏のように
やわらかくわらう
むこう三軒
あぶない女もお隣さんの戦後の昭和
だれもが貧しく
だれもがかなしく
村のあちこち
藪椿がたくさん咲いていた