アンカレッジで行方不明になった酔っぱらい画家史郎との再会は・・・。三兄弟の行く末は・・・・。
大勢の警察官でごったがえす署内を通りぬけて、二人の目に映ったのは薄ぐらい拘置所の隅でへろへろ酔っぱらっている弟史郎の姿であった。
はじめての海外で二人には、いったい何事が起きているのか理解できるほど冷静な精神状態ではなく只、おろおろするばかりであった。
オーソンウエルズによく似た署長の説明によると、ドゴール空港に着陸した飛行機から一人の酔っぱらいが現われ、タラップの途中で立小便をした。
忽ち駆けつけた空港警備員に取り押さえられ、ここに連行されてきたと言うのだ。フランス人にとってドゴール将軍は神様のような存在。それに向けて立小便とは無礼千万。とんでもない奴だ!と声だかに署長が怒る。なにしろ「メルシイ」と「コマンタレブー」しか知らない二人には、困惑するだけで事の一切が飲み込めず、互いの顔を見合わせながら額の汗を拭くばかり。
さらに署長は「本人はアンカレッジ空港の売店で酒を買っている内に、兄さんたちに置いていかれたと言っているが、まちがいないか。」と、二人の顔を交互に覗きながら捲くし立てる。兄さんたちの心配をよそに、史郎はそのウイスキーを飲みながら次の便で悠々とパリにやってきたのである。
そこでいよいよ支店長の出番である。
「この方は、日本で大変有名な画伯である。こんな暗がりに閉じ込めておくなんてとんでもない、バチが当たる。今すぐに釈放しなさい。」と流暢なフランス語で署長に迫った。「よろしい、では本当かどうかこれに私の似顔絵を描いて見なさい」と紙とエンピツを鉄格子の隙間から投げ入れた。
たとえへべれけに酔っていても、紙やエンピツを見ると忽ち動物的反応を示す画家史郎のこと、ささっと署長の似顔絵を描きあげた。芸大では安井曽太郎の門下、徹底的に写生術をマスターしているのだ。息を飲む間もなく描きあげた似顔絵を見て署長は大いに驚き、その作品に満足げであった。幽玄の画家と称されるほど四季の苔寺や能面を得意としたが、コレクターの間では人物画も高い評価を得ていた。すぐさま釈放。そのうえ署長の車でホテルまで送ってくれたのである。
芸術の都パリならではのこと。
他の国であったらとんでもないことになっていただろう。
受難の一夜が明け、三兄弟は再び揃って、結婚式が行なわれるモンサンミッシェルに向けて出発した。