何食わぬ顔でウソをつきとおす鉄面皮
遂に逃げ切れず、しどろもどろの謝罪------------
子どもたちは彼ら大人たちの欺瞞と豹変ぶりを
ちゃんと見ている。
今日は久しぶりに一篇の詩を紹介しようと思います。
どうぞご笑覧あれ。
フェイス
騙されても
剥ぎ取られても
長いもののやることには
しょうがない と
なにをされても薄らわらい
怒りを失くし
飼いならされたおとこたちの
なんと のっぺらぼうの顔よ
痩せてもかれても謂われなき施しと
盗泉の水は口にしない
あの美しい人々はいったい何処へ
「世界一かっこいい男」*
ベレー帽の赤い星が遙か真理を照らし
決して屈服することのない熱い唇
碧眼は深くしずかに自由の旗を見すえ
くろがねの額は
理不尽との戦いを決意して揺るぎなく
チェ・ゲバラ
そのサムライの顔よ
*ジョンレノンの言葉
またまた地震、
またまたまた通り魔殺人、
またまたまたまた食品偽装-------
これらの災害や事件に相互の関連性をいぶかしむのは
思い過ごしというものだろうか。
まるで旧約聖書の中の街のように
あとからあとから「醜悪」が噴出している今日、
ほんとうはどこか深いところで、竹の根っこのように
繋がっているのではないだろうか。
人間の知覚ではとらえることのできないずっと深淵で-----------
偶然なんてそう度々あるものではないし
そもそも自然界に偶然なんて存在しない。
総てが必然性によって巡っている。
人間が勝手に考え出した表現の一つであって
偶然という言葉がないと説明に面倒なので
安易にその言葉の中に逃げ込んでは
なにもしないでいる。
総てのことを知っている何者かが
警鐘を打ち鳴らしているのではないだろうか。
大暑より独りが怖い飯を食う
けさ採ったばかりのトウモロコシを戴く。
皮を剥くとわっと青い季節の香りが押しよせてくる。
トウモロコシの畑でかくれんぼした少年の記憶が
鮮やかによみがえってくる。
ああ、夏だなあ
二本つづけざまに齧り、これを本日の昼食とする。
さらに一本をロクサーヌに、
彼女は猫のくせしてトウモロコシが大好きなのだ。
県芸術祭詩部門の審査員に指名されて
昨日、その応募作品がどさっと手元に送られてきた。
十五年前は自分が応募する側であったことを考えると
たとえ一篇たりともおろそかにはできない。
あのとき入選したことがそれからの詩作に大きな励み
となっているのだから
審査員の好みや思考傾向で大切な作品が
うっかり見落とされることのないよう慎重に誠実に
眼を通していこうと考えている。
五名の審査員が其々自分の意見を持ち寄って
協議する場があるので、公平性を欠くことはないと思う。
責任の重い役割だが
自分にとっても良い修練になる。
休息のひとへ風遣る青芭蕉
八年前出家した友人の息子が立派な僧侶になって訪ねてきた。
僧名を岳龍という。
高校時代は暴れん坊で
父親は何度か始末書を書かされたようだが
自ら僧侶の道を選び京都で修行し
涼しい眼をした爽やかな青年僧に成長した。
三日間の休暇をとって里帰りしたという。
我が家の仏壇にお経を唱えてくれている間
彼の背中を見つめていて なんだかほんとうに
ありがたい心持ちになった。
坊さんのお経を聞いて
こんな風に素直に熱いものがこみ上げてくるなんて
初めてのことである。
お布施は近くの食堂のてんぷら蕎麦。
蕎麦をすする父と子の顔を見くらべながら
凡夫と修行僧との所作や肌のツヤの違いに
眩しさを覚えるほどであった。
子どもは活火山のようなもの、
おとなの勝手な理想や常識のワクに納めようとすれば
それは爆発するもの。
彼は息子を信じ、息子の選択を尊重したのだ。
凡夫われ氷かぢりつメール打つ
美食を絶ちて100日、
尿酸値が7・6から4・6の正常値に下がった
野菜と雑穀米と医師の指導のおかげ。
あのまま飽食をつづけていたら、今頃は結石と痛風に
苦しんだにちがいない。
それにしても数値4・6とは我ながらあっぱれな成果である。
自分を誉めてやりたい・・・・ん!? どこかで聴いたな。
アツイ! じっとしていても汗がふきだす。
血液や尿が濃くならないようペットボトルの水を手の届く所に用意しておく。
オイルの次はこの水を巡ってやがて国々の争いが・・・・
人は争う為に生まれてきたと思うほど争いが絶えない。
天王祭近くなり
我が家の前の広場は子供たちの太鼓の練習で賑わっている。
女の子もたくましいバチさばきで、
益々男と女の違いが不透明になってくる。
日付が変わる辺りの深夜のラジオはいい。
孤独であって孤独を感じさせないやわらかな時間帯、
モーツアルトのフルートが流れている。
ねむの花ゆうべの夢を教へやうか