二ヶ月ぶりに「おいしんぼの会」が開かれた。
会場は日光市郊外のとあるクラブハウス。
瀟洒なその建物は山中の深い森の奥で
煌々と耀いていた。
まるでおとぎ話のお城に迷い込んだような・・・・。
メンバーは気心の知れたいつもの七名。
先ずは柚子酒で乾杯し
懐石風の日本料理がつぎつぎに運ばれてくる。
カマンベールチーズを干し柿で包んだ前菜の一品は美味しい!
箸がすすむ、会話がはずむ。
途中、各自に鮟鱇鍋が用意されたが僕はあまり好まない。
( 宴会料理のようでこの雰囲気に鍋はふさわしくない )
そこでキモを掬い取って隣りのご婦人に差し上げる。
しばらく歓談が進むうち
「唇がしびれている」と そのご婦人が訴える。
フグじゃあるまいし、アンキモでしびれるはずがないと僕が笑うと
今度は前の席のご婦人が 実はわたしもしびれているという。
他の五名には全く異常はないのに
二人のご婦人は微かだが明らかにしびれているらしい。
果たしてそのようなことがアンキモに起こりえるものだろうか?
どなたか心当たりのある方は是非教えていただきたい。
いづれにしても愉快な時間が過ぎて
帰宅したのは9時を廻っていた。
蒼々と濡れる稜線ふゆの月 やす
きのうまで使っていた普段の言葉が出てこない。
パソコンでものを書いているからだろうか
それとも寄る年波のせいだろうか・・・・
決して難しい言葉ではないのに
前頭葉の表層あたりでゆらゆらしていて
掴み取れそうでつかみとれないこのいらだたしさ。
さらにはからかうかのように ひらひらさせながら
ふっと 海馬の奥へ逃げ隠れたりして
まるで悪女のしぐさにも似ている。
〈思い出さなくてもいい〉 という習慣性を
大脳におぼえさせないためにも
あきらめてはいけないそうだ。
がんばって思い出すことがボケや健忘症の予防になる。
一つ覚えて二つ忘れる春の空
いずれは空っぽになるときがくるのだろうが・・・・
それにしてもさっきから掴み損ねているひと言がある。
この言葉が出てこないとちっとも前に進めない。
マスクして少し世間を遠くせり やす
オイルの値上がりで日本中がきゅうきゅうしている。
その上、例によってマスコミが煽り立てるものだから
益々ヒステリックになって、駐車中の車から
ガソリンを抜き取る不届き者もあらわれる始末。
かつてのオイルショックの再来である。
ちょっと冷静になって視点を変えてみよう。
冷暖房完備の快適さの中で
1トンほどのキャビンとにんげん4人を10K先まで移動させて
ガソリン代が150円・・・・・
これってほんとうに高いのだろうか。
農家の納屋から真っ赤なBMWやアウデイが飛び出してくる昨今
神様はあの手、この手を使って
エコ・ライフを実現させようとしている。
近所に行くのに健康なら自転車を使おう。
自動車はハイブリッド車以外は生産しないようにしよう。
国内の移動くらいは飛行機をやめて新幹線にしよう。
大食い大会やグルメと称してあちこち食い散らかすのはやめよう。
そういう番組のスポンサー企業のものは買わないようにしよう。
そうやって気を配った生活をしていたら
オイルなど一年で忽ちだぶついて値下がりするだろう。
轟音のバイク野郎の背に破魔矢 やす
元旦から昨日の鏡開きまでは
おだやかな日がつづいていたが
けさは凍るほど冷たい雨が降っている。
今でもときどき詩集感想の手紙がとどくが
そのたびに自分の作品を読み返している。
(もう百ぺんも読み返しただろうか)
このところ二箇所ほど気になる表現が見つかって
できるなら修正したいところだが
それでも前詩集と比べたらよく仕上がっていると思う。
詩を書いていて常に留意しなければならない点は
自己満足、ひとりよがりの世界に陥ってはいないかということである。
他人から観たらぼくもその部類かもしれないが
自分の作品を客観的に評価できず
自分自身を判っていない詩人が決して少なくない。
そういう姿を見るにつけ、背筋に薄ら寒いものを感じる。
そうならないためには
日常の中で触れ合うものが肝心である。
いいものを観る
いいものを聴く
いいものを読む
いいものを食す
いいものからはいい影響を与えられるものである。
更に大事なことは、
はっきりものを言ってくれる人が近くにいるかどうかである。
人は誉めてくれるか、あるいは何も言わないものだ。
ほんとうのことを怖れず言ってくれる人こそ
精進のための力であり、大切にしなければいけない。
湯豆腐にしやうか霙仰ぎつつ やす
ひとには其々いろんなストレス解消方がある。
酒飲んでパッと発散してしまうひと
カラオケやゴルフやギャンブルで発散させるひと
中には街なかで銃を撃ちまくるとんでもない奴まで
さまざまである。
僕の場合は
第一にものを書くことである。
一文にもならない下手くそな詩を書いては
ストレスがたまるのを回避している。
たまに作品を誉められたりすると
気分はいっきに高揚する。
--------もともとぼくは誉められることが好きだから。
第二はCDの音量を最大にして
あの仰々しいワーグナーを聞くことである。
連れ合いは大いに迷惑していることだろうが
物差しなど振りまわし
ぼくはすっかり指揮者ショルテイになりきっている。
妻が叫んでも、電話が鳴ってもかまわない。
姫たちは二階の寝室に退散し
「もう! まったく・・・」と顔を見合わせているにちがいない。
第三には料理をすること。
直売所やスーパーに出かけては珍しい食材を仕入れる。
それらをどう調理するかは感性の問題であって
多分に自己満足の世界であるかもしれない。
そしてうまく出来上がると
やたらひとに食べさせたくなって電話で呼んだりする。
(あとかたづけは連れ合いの仕事)
きょうは辛いチキンカレーを作った。
さて、誰を呼ぼうか---------.。
水仙の芽の出づるとき微震あり やす