心と身体がよろこぶ“気功養生”

「養生気功塾」のお知らせ、気功の魅力、気功養生法、気功の生活術をメインに、日々のあれこれも書いています。

祭竈節・竈王節・・灶神(かまどの神)

2023-11-29 02:55:04 | 気功養生的話

年末らしい話を。

 

「祭竈節」

 

この話の暦は

旧暦なので

実際はまだまだ先ですが

メモを兼ねて。

 

 

人民中国さまより

「竈王節」

臘月の23日は竈王節である。各地では竈の神をまつり、天上に送る習わしがある。

この日にはそれぞれの家で、竃の間に竈の神の絵を張り、麦芽糖やお茶、お酒、料理を供え、線香を焚いて祭る。

竈の神祭りの起こりは、古代の人たちの火に対する崇拝である。その後、土や石で作った竈ができてから、「火の神」は「竈の神」に変わった。最初の竈の神は、まげを結った老婆だったが、3000年前の周代(紀元前1046~同256年)、男性が権力を持つようになってから、竈の神も男性になった。人々の間で言い伝えられた竈の神は、張単という名前も持っていた。古代では、「男女は直接、付き合うことなかれ」という決まりがあり、嫌疑を避けるために、女性は竈の神を祭ってはいけないという習しもあった。


その後、竈の神は、最高神である天帝の3番目の弟となる。彼は下界し、俗世の食べ物を楽しみながら、それぞれの家の言行を見張った。そして、臘月の23日に天宮に戻り、天帝に各家の事情について報告した。天帝はその報告によって、「よい言行は誉めたたえ、悪い言行は罰する」とした。そこで、この日も各家で供え物をし、お祭りをする。そして「竈の神様、どうか、いいことはお話になり、悪いことはお話にならないように」と、心を込めて祈るのだ。さらに主婦たちは、高粱のわらで竃の神が乗る馬を編み、竈の神が何事にも満足して天宮に帰ることができるようにした。それでもなお人々は心配で、甘くてねばねばする麦芽糖を絵に描かれた竈の神の口に塗った。それは竈の神が天宮で、あることないことを言いふらし、家に面倒なことをもたらさないようにするためだった。

 

 祭りが終われば、家の主人は、竈の神が天に昇ったことを表す意味で、炊煙でいぶされた竈の神の絵を焼いた。そして大晦日には、新しい竈の神の絵を買い、「天上ではよい報告を、地上では平安を」と書いてある対聯(対句を書いたもの)を竈の間の壁に貼り、竈の神を迎えるのだ。

竈の神を祭ったあとは、新年を迎えるための準備で忙しくなる。東北にはこういう民謡がある。「24は部屋を掃除し、25は豆腐を作り、26はお酒を買い、27は鶏をしめ、28は小麦粉を発酵させ、29は香炉の表面に黄色い紙を張る(先祖祭りの準備をする)……


掃除は、おもに家屋と先祖を祭る祠堂で、南方の人たちはベッドやタンス、机、椅子などを川辺に運び、洗ってきれいにする。

臘月は年越しの準備で忙しくなる。農家の人々は服を新調し、窓に紙を張り、窓飾りの切り絵をし、提灯を作り、年越し用品を買い、色々な食べ物を用意する。それは、お酒を醸造し、豆腐を作り、お餅をつき、豚をつぶし、ベーコンを作り、腸詰めを乾かし、鶏やアヒルをしめ、饅頭を蒸し、アズキあんのキビ餅を包む……。主婦たちは目が回るほど忙しい。しかしこの忙しさは、生活がよくなり衣食が豊かになったからだと、心の中はうれしさでいっぱいなのだ。

 しかし今の都会の人たちは、年越しに対する考え方も変わり、旅行に出掛けたり、レストランで「年夜飯(年越しの食事)」を食べたりするようになった。家で年を越す場合にも、まず車でスーパーへ行き、一度で年越しに必要な物をまとめて買ってくるようになった。

 

 

 

「灶神」

 

人民日報さまより

大年初四,按照傳統習俗,是家家戶戶迎灶神的日子。 “灶神”,又叫灶王、灶君、灶王爺,是中國古代神話傳說中的司飲食之神。這一天人們往往不出門,守在家裡迎接灶神。其實,迎接“灶神”的民俗承載的是人們祈福避禍的美好願望,對新一年風調雨順、豐衣足食的期待

 

旧正月4日目、伝統的な習慣では、どの家庭でも灶神をお迎えする日だそうです。"灶王"、"灶君"、"灶王爺 "などとも呼ばれる灶王は、古代中国の神話に登場する飲食の神である。 この日、人々は家にこもって灶神を迎えることが多い。 実際、灶神を迎える民俗には、災厄を避け、幸運を祈るという人々の善意と、天候に恵まれ、衣食住に恵まれた豊かな新年を迎えるという期待が込められている

 

 

百度百科さまより

灶神之起源甚早,商朝已开始在中国民间供奉,及周礼以吁琐之子黎为灶神等。
秦汉以前更被列为主要的五祀之一,和门神、井神、厕神和中溜神五位神灵共同负责一家人的平安。灶神之所以受人敬重,除了因掌管人们饮食,赐于生活上的便利外,灶神的职责,是玉皇大帝派遣到人间考察一家善恶之职的官。灶神左右随侍两神,一捧“善罐”,一捧“恶罐”,随时将一家人的行为记录保存于罐中,年终时总计之后再向玉皇大帝报告。十二月廿四日就是灶神离开人间,上天向玉皇大帝禀报一家人这一年来所作所为的日子,又称“辞灶”,所以家家户户都要“送灶神”。谢灶之期也分阶层,关于何时谢灶,中国民间有所谓“官辞三”、“民辞四”、“邓家辞五”,又称:忘了辞五,别辞六。就是说,二十三、二十四没辞,就辞五,但千万不要辞六了。“官”指官绅权贵,习惯于年廿三谢灶。“民”指一般平民百姓,会在年廿四谢灶,“邓家”即指水上人,会在年廿五举行。但是中国民间百姓大部分会选择年廿三谢灶,希望有贵气,取其意头。送灶神的供品一般都用一些又甜又黏的东西如糖瓜、汤圆、麦芽糖、猪血糕等,总之,用这些又黏又甜的东西,目的是要塞灶神的嘴巴,让他回天上时多说些好话,所谓“吃甜甜,说好话”,“好话传上天,坏话丢一边”一般家家户户都贴年画灶君,两边贴有对联【上天言好事,下界降吉祥】【上天去多言好事,下界回宫降吉祥】。另外,黏住灶神的嘴巴,让他难开口说坏话。也有人用酒糟去涂灶君称之为“醉司命”,意思是要把灶神弄醉,让他醉眼昏花,头脑不清,以使少打几个小报告。因此,祭灶神象征着祈求降福免灾。在祭灶君之时,摆齐供品,焚香祭拜,接着第一次进酒,此时要向灶君诚心祷告,完毕后再进行第二次进酒,进第三次酒之后,将旧有的灶君像撕下,连同甲马及财帛一起焚烧,代表送灶君上天,仪式便顺利完成。而焚烧一个用篾扎纸糊的马,是作为灶神上天的坐骑,还要准备一点黄豆和干草,作为灶神和马长途跋涉所需的干粮、草料。此外还要焚香、叩首,并在灶坑里抓几把稻草灰,平撒在灶前地面上,并喃喃叮咛:“上天言好事,回宫降平安”之类的话,送走神明后,可别忘了正月初四(一说除夕夜)把众神接回来,此之谓“接灶”或“接神”。接灶神的仪式很简单,只要在灶台上重新贴一张新的神。

 

 

 

「.wikipedia」さまより

中国では古来の習慣として、竈神(かまどがみ、そうしん、簡体字: 灶神=ザォシェン、または簡体字: 灶君=ザォジュン)が祭られていた。また、竃神の呼び名は「竃神」の他に「竃王」「竃君」「竃公」「竃君公」「竃王爺」「竃司」というものがある。
旧暦12月23日(または年によって24日)は祭竈節(さいそうせつ、チーザォチェ、または竈王節)で、かまどの大掃除をして、かまど神に天帝(玉皇大帝)へ家庭が円満であることを報告してもらった。この日を旧正月(大年)に対して、小年(シャオニェン)とも呼んで、お正月の最終準備を開始する日とした。

竃神の役割として、普段はその家の人々の行いを監視して、一年に一度、旧暦の12月23日に天界に登っていき、その家の人々の善行と悪行を報告することである。 この旧暦の12月23日は、それぞれの家の人々は粘り気のある飴を供えて、悪い報告をされないようにする家があれば、報告される内容をより良いものにしてもらうために、酒や肉を供える家もある。

大掃除の一環として12月23日にかまども掃除して、竈神を祭る習慣は、日本にもかまどがあった1960年代までは田舎で行なわれていた。

荘子
西晋のころ、司馬彪の『荘子』達生第十九「竈有髻。(竈に髻がある。)」の注に「髻,竈神,著赤衣,状如美女。(髻があるかまど神は、赤い衣を着ていて、姿は美女のようである。)」と述べている。

 


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