中区大手町の元安川沿い緑地帯に建立されている中曽根康弘元首相句碑で‘平和の祈り句碑’とも云われています。
中曽根元首相が、1983年8月6日通称・平和記念式典に参列した時の感懐を詠んだものだそうです。
中曽根康弘元首相の政治姿勢に批判的な人々による(建立)反対運動があり撤去を求める方もおられるそうです。
2002年原爆忌に立ち寄った時、黒い折鶴が一羽供えてありました。
久しぶりに撮影した昨年8月21日は(画像でお分かりになるでしょうが)6枚の短冊が供えてありました。編集頁ではそのうちの2句を掲載しました。
わたしは、唯一の被爆国国民の一人としてまた、お袋が被爆した子として核兵器廃絶を、戦争のない世界の実現を願っていますので、
日本国を不沈艦にたとえ勇ましく国民を鼓舞しようとした彼の意見に組する者ではありませんが、
こういう人も首相になったということで、この句碑を紹介しています。
平和の祈り句碑(中曽根元首相句碑)
「原爆関連慰霊碑・平和祈念碑等」編
きょうの頁:己斐駅・原爆被災説明板
中曽根元首相が、1983年8月6日通称・平和記念式典に参列した時の感懐を詠んだものだそうです。
中曽根康弘元首相の政治姿勢に批判的な人々による(建立)反対運動があり撤去を求める方もおられるそうです。
2002年原爆忌に立ち寄った時、黒い折鶴が一羽供えてありました。
久しぶりに撮影した昨年8月21日は(画像でお分かりになるでしょうが)6枚の短冊が供えてありました。編集頁ではそのうちの2句を掲載しました。
わたしは、唯一の被爆国国民の一人としてまた、お袋が被爆した子として核兵器廃絶を、戦争のない世界の実現を願っていますので、
日本国を不沈艦にたとえ勇ましく国民を鼓舞しようとした彼の意見に組する者ではありませんが、
こういう人も首相になったということで、この句碑を紹介しています。
平和の祈り句碑(中曽根元首相句碑)
「原爆関連慰霊碑・平和祈念碑等」編
3月12日(安芸区のわが家付近)天候 :くもり
きょうの頁:己斐駅・原爆被災説明板