住職のひとりごと

広島県福山市神辺町にある備後國分寺から配信する
住職のひとりごと
幅広く仏教について考える

ある日の法事から

2019年08月26日 09時32分14秒 | 仏教に関する様々なお話
本日は、一昨年亡くなられた◯◯居士の三回忌ということで、遠方より、又小さなお子さんまでお連れしてご参列いただきありがとうございます。まず今読んだ長いお経、理趣経についてお話します。理趣経は、般若理趣経とも言いまして、般若心経と同じ般若経典に属する経典ですが、これは漢音で読むことになっています。例えば、金剛というのを「きんこう」と読んだり、大楽を「たいら」、清浄を「せいせい」 などと読んでいく、大変耳障りのよい経典です。

途中金を鳴らしながら読んでいきますが、全部で十七の段に分かれていて、それぞれ登場する仏様が違います。観音様や虚空蔵菩薩、文殊菩薩などの仏様がそれぞれの教えを説いていきます。各段の最後には最勝心、金剛心などと語尾を長く引いて、ゆっくりと唱えることになっていて、それぞれの仏様がその教えを説いた後に、その悟りの心にすっと入っていくというような読み方をするわけです。

例えば以前にもお話ししたかも知れませんが、九段には虚空庫菩薩が登場して、供養とは何かと説いていきます。理趣経はそれぞれの段毎に四つの内容を提示して教えを説く形式になっていて、ここでは、一切の如来を供養するにはまず、自ら菩提心を起こす、悟りを求める心を持つということです。そして二つ目にはそれを自分だけ救われてもだめで、みんなを救う、助けてあげる気持ちを持つ、三つ目には、この般若の教えを自らの心の教えとして受け入れ、四つ目には、それを自分だけではなく、周りの人たちみんなに説いたり、書いたり、教えたりする。

普通供養と言えば、仏様に、灯明や、花、飲食、線香、水、塗香などを御供えすることを言いますが、そうした物質の供養の上にこうした精神的な供養の仕方を説いています。つまり自らも仏様のところに近づいていくという気持ちがあってはじめて供養ということが成り立つということなのです。

また、五段には虚空蔵菩薩が登場して、三界の主となる、つまりそれぞれの場所でリーダーとなるためにはどうしたらよいかと説いていきます。やはり四つの内容を説いていまして、まず周りの人で物質的なもの、食べること着るもの住むところなどに困っていたらそれらについて援助する、二つ目には、精神的に苦難の中にある人に様々なアドバイスをして救ってあげること、三つ目は、金銭に困っている人に援助する、四つ目には、その人の持つ自分でも気づかない価値、魅力、秀でた才能などに気づかせてあげることです。

このような内容についてそれぞれ必要な人に必要なことを施すことで、それぞれの場で重要な役割を持つことが出来るようになるということを説いています。世間ではお金の力や組織、血筋などによる支配を考えがちですが、人々に本当に必要なものや心の安心、さらにはその人本来のやりがい生きがいを与えられてはじめて本物のリーダーたりうるということでしょうか。

このような内容が十七段毎に説かれていくわけですが、この経典の一番の眼目は何かというと、こうした具体的に説いた、この世の中での生き方によって、世の中を導きよりよいものにしていく、つまりは仏様の働きを私たちがしていくということ、そのために、死んで仏になってしまって再生しないのではいけないので、仏になる手前にあって、何度も人間界に生まれ変わりながら、その都度仏教にまみえ、多くの人々、一切の衆生を導き、助け、救うことこそ大切なことなのだということが説かれています。

ところで、二年前に亡くなられた◯◯居士は、晩年、お寺も含めて地域の土木仕事をいくつも担われたわけですが、それだけでも大変なご功徳があるといえます。ですが、その仕事の仕方は、それまでそうした仕事をしたことのない定年した人たちに、道具を与え、技術指導して仕事をさせて、賃金を与え、その人の秘められた技能ややりがいに気づかせてあげました。

正にいま申し上げた理趣経五段の説く三界の主の仕事をなされていたということもできます。自らは、仕事の合間の事故などで手や足の指をいくつも失いながら、アキレス腱を切ったこともありましたが、そんなことでひるむことなく、めげることなく、変わらず前向きに最後まで、周りの人たちのためにすべきことをしてやり通されました。皆さんも◯◯居士の様に前向きに生きてくださっているとは思いますが、時に間違いや失敗があって落ち込んだり、挫折したりということもあるかもしれません。

少々余談になりますが、中野信子さんという脳科学者が言っていたことですが、セロトニンという神経伝達物質があって、これが横溢となり人は幸せを感じたり、ストレスに対処できたりということになるのだそうです。セロトニンは、座禅をしたり読経したりすると分泌される物質でもあるのですが、その物質が分泌し幸福感を感じるには、そのセロトニンを受け入れるセロトニントランスポートというものがなければいけないのだそうです。

ところが、日本人はそのトランスポートが少ない人が多く、七割の人が少なく、諸外国では少ない人が二割程度だというのです。こうしたことが国民性に繁栄されているとも言えるようですが、日本人がストレスに弱いという風に受け取ることも出来ます。こうしたことは日常の姿形にも現れるようで、例えば、歩いている姿を見ても、日本人は猫背で下を向いている人が多いように思います。逆にインドなどでは、胸を張って上を向いて堂々と歩いている人が多いのです。

ですが、頑張って胸を張り、無理しても上を向くことを心掛けていると、眠っていたセロトニントランスポートが働き出したり、抗ストレスホルモンが分泌されて、男性ホルモンも活性化して、見違えるように自分が変わるのだとも言われていました。毎日のストレスにくたびれてしまうようなこともありましょうし、何かあって落ち込んで、暗くなったようなとき、是非このことを思い出されて、又、◯◯居士の生き様に見習って、何があってもへこたれず、胸を張って上を向いて生きて欲しいと思います。ご子孫ご親族の皆様がそうして元気に明るくあることこそが、◯◯居士も喜ばれ、それがまたご供養にもなるのではないかと思っています。(昨日の法事で話した内容に加筆訂正したものです)

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