昨日法事にお越しになった学生さんたちのために一言
夢ということ
誰にも夢というものがあります。実現可能なものか本当に夢のようなものなのか、それはその人によって違いましょう。いくつも夢のある人もあるかもしれません。その夢を実現するためにいろいろと努力する、何とか夢に近づけるように頑張る。そのための意欲をたもつためにも夢というのは必要なものと考えられてもいるでしょう。
ですが仏教では、世俗の夢とか希望というようなものは修行の妨げになるものであってあまり推奨されないものでもあります。私たちは何のために生きているのかというところから物事を考えていくからです。今あるところですべきことをして様々なことをする中で学び徳を積むことこそ必要なことと考えます。
ですが、やはり将来はこうありたいこう成りたいと誰でも考えます。かくいう私も実は、そう考えた時期がありました。お寺とはなんの縁もなく、経済学部の学生の時に一冊の本と出会って僧侶の道に入り、高野山で一年間の修行を終え、東京のお寺で役僧として給料をいただき、そのお金で一年後にインドに行きました。帰ってからは東京で托鉢して生活をしながら、二度四国遍路を歩きました。ですがその頃、将来の展望が見えず、この先どうあるべきかと悩んでいました。そこで、毎朝の御勤めの時に仏様に「将来どうあるべきか、自分の僧侶としての役割を与えてください」と真剣に礼拝し祈り続けました。
そうしておりましたら、またインドに行く機会が降ってきて、その時コルカタの仏教教団とご縁ができました。ヒンディー語を勉強してから再度インドへ向かい長期に滞在することになりました。それから奇跡的にチャンスをもらい正式なインド僧となることができ、三年半ほどを過ごしました。日本に帰ってきたときには阪神大震災のボランティアに駆け付けたり、またインドに帰って無料中学の建設のために寄付集めをしたり。
ですが、マラリアに二度も罹患してインドでの生活を諦め日本の僧侶に復帰しました。それから東京深川の小さなお堂の堂守を三年ほどしました。その間に家族ができ、この先の生活を考え、倉敷の兄弟子のところに相談に行きましたら、ひと月もしないうちに國分寺に来ないかとの話が持ち上がりました。
そして、挨拶に来たその日のうちに入寺が決まりました。入りましてからも大変なことが続きました。境内の草取りから、朝五時の鐘、お勤め、掃除、山の整備などなど。ですが、お寺の役員さんはじめ檀家さん方、周りのお寺さん方のおかげで今こうして何とか住職として仕事をさせてもらえています。
三十年前に祈願したことなどいつの間にか忘れていましたが、その間こちらに来る前にはきっと自分にふさわしい、役割を与えてくれる場所が必ずある、待っていてくれているという漠然としたイメージをもって信じていました。三十年の時間を経てやっとあの時に祈願したことが実現できているのかと気づいたようなことですが、あるいはまだその途上なのかもしれません。
夢や希望というのは具体的である方が実現しやすいと考えられがちです。私の場合はまったく漠然とした内容だったこともあり時間がかかったのかもしれません。が、何事も様々な回り道と思えるようなことも必要で、つまらない、とるに足らないようなことの中にも学びがあるものです。時間も必要ですし、様々な経験をしないとそのタイミングに出会えない、その縁をつかむ自分たりえないということかとも思えます。
冒頭で仏教の話に少し触れましたが、生きるとは何か、人生は何のためにあるのかと考えていきますと、その夢のはるか先に、もしくは先の先に私たちの目指すべきものがあることがわかります。それは人としての完成ともいえるものかもしれませんが、今この瞬間にいかにあるべきかがすぐにわかり、つまり悩むことがなく、どんなことがあっても困らない苦しまない悲しまない、それはこの世の中の摂理を知り尽くした不動の心静かな心清らかな心ともいえるものです。私たちの沢山の夢は最終的にはそうしたところに導いてくれるためにあるのかもしれません。
ですが、そんなところに自分の最終目標があるんだと思えたら、この先になにがあっても、どんなことになっても、乗り越えていけます。どうか、まずは目の前にある沢山の夢、大いなる夢に真剣に向き合い、時に気晴らしをしながら、気長に頑張ってください。
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誰にも夢というものがあります。実現可能なものか本当に夢のようなものなのか、それはその人によって違いましょう。いくつも夢のある人もあるかもしれません。その夢を実現するためにいろいろと努力する、何とか夢に近づけるように頑張る。そのための意欲をたもつためにも夢というのは必要なものと考えられてもいるでしょう。
ですが仏教では、世俗の夢とか希望というようなものは修行の妨げになるものであってあまり推奨されないものでもあります。私たちは何のために生きているのかというところから物事を考えていくからです。今あるところですべきことをして様々なことをする中で学び徳を積むことこそ必要なことと考えます。
ですが、やはり将来はこうありたいこう成りたいと誰でも考えます。かくいう私も実は、そう考えた時期がありました。お寺とはなんの縁もなく、経済学部の学生の時に一冊の本と出会って僧侶の道に入り、高野山で一年間の修行を終え、東京のお寺で役僧として給料をいただき、そのお金で一年後にインドに行きました。帰ってからは東京で托鉢して生活をしながら、二度四国遍路を歩きました。ですがその頃、将来の展望が見えず、この先どうあるべきかと悩んでいました。そこで、毎朝の御勤めの時に仏様に「将来どうあるべきか、自分の僧侶としての役割を与えてください」と真剣に礼拝し祈り続けました。
そうしておりましたら、またインドに行く機会が降ってきて、その時コルカタの仏教教団とご縁ができました。ヒンディー語を勉強してから再度インドへ向かい長期に滞在することになりました。それから奇跡的にチャンスをもらい正式なインド僧となることができ、三年半ほどを過ごしました。日本に帰ってきたときには阪神大震災のボランティアに駆け付けたり、またインドに帰って無料中学の建設のために寄付集めをしたり。
ですが、マラリアに二度も罹患してインドでの生活を諦め日本の僧侶に復帰しました。それから東京深川の小さなお堂の堂守を三年ほどしました。その間に家族ができ、この先の生活を考え、倉敷の兄弟子のところに相談に行きましたら、ひと月もしないうちに國分寺に来ないかとの話が持ち上がりました。
そして、挨拶に来たその日のうちに入寺が決まりました。入りましてからも大変なことが続きました。境内の草取りから、朝五時の鐘、お勤め、掃除、山の整備などなど。ですが、お寺の役員さんはじめ檀家さん方、周りのお寺さん方のおかげで今こうして何とか住職として仕事をさせてもらえています。
三十年前に祈願したことなどいつの間にか忘れていましたが、その間こちらに来る前にはきっと自分にふさわしい、役割を与えてくれる場所が必ずある、待っていてくれているという漠然としたイメージをもって信じていました。三十年の時間を経てやっとあの時に祈願したことが実現できているのかと気づいたようなことですが、あるいはまだその途上なのかもしれません。
夢や希望というのは具体的である方が実現しやすいと考えられがちです。私の場合はまったく漠然とした内容だったこともあり時間がかかったのかもしれません。が、何事も様々な回り道と思えるようなことも必要で、つまらない、とるに足らないようなことの中にも学びがあるものです。時間も必要ですし、様々な経験をしないとそのタイミングに出会えない、その縁をつかむ自分たりえないということかとも思えます。
冒頭で仏教の話に少し触れましたが、生きるとは何か、人生は何のためにあるのかと考えていきますと、その夢のはるか先に、もしくは先の先に私たちの目指すべきものがあることがわかります。それは人としての完成ともいえるものかもしれませんが、今この瞬間にいかにあるべきかがすぐにわかり、つまり悩むことがなく、どんなことがあっても困らない苦しまない悲しまない、それはこの世の中の摂理を知り尽くした不動の心静かな心清らかな心ともいえるものです。私たちの沢山の夢は最終的にはそうしたところに導いてくれるためにあるのかもしれません。
ですが、そんなところに自分の最終目標があるんだと思えたら、この先になにがあっても、どんなことになっても、乗り越えていけます。どうか、まずは目の前にある沢山の夢、大いなる夢に真剣に向き合い、時に気晴らしをしながら、気長に頑張ってください。
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