活版印刷紀行

いまはほとんど姿を消した「活版印刷」ゆかりの地をゆっくり探訪したり、印刷がらみの話題を提供します。

苓北の姫屋敷で何が?

2007-01-12 18:47:22 | Weblog
 姫屋敷は秘め屋敷、おそらく、キリシタンが世をはばからねばならなくなってから、ここで役人の目を逃れて、ひそかに、教会の祭壇を飾る絵やマリア様の画像を入れたお札のようなものが作られていたのではないでしょうか。

 志岐の画学舎で生徒たちに水彩や油絵や銅版画の技法を教えたのは1581年に来日したイタリア人の修道士、ジョアン・ニコラオだったと、名前まで分かっています。彼の指導がうまかったせいか、やがて、ローマから送られ来た絵と区別がつかないくらいの技量を習得した生徒もでるようになったと、当時の宣教師が舌をまいております。

 さて、現在の苓北町ですが、まず、役場の立派さは周辺町村の比ではありません。苓北町には発電所があって財政面が豊かのようで、私たちは合併は望みませんというのがタクシーの運転手さんの弁でした。
 この町には志岐城址と富岡城址とがあります。また、フェリーでのアクセスなら
長崎の茂木から富岡港まで70分、口之津からなら30分のふたつの方法があります。
いずれにしても、南蛮船が志岐に入ったころ、志岐の港が天草きっての良港だったようです。「志岐の港はナウ船やガレラ船にとって風の害を受けないですむし、水深も適当だ」とローマに報告されています。
 いよいよ、苓北をあとにして、加津佐についでキリシタン版の印刷基地、河浦に向かうことにしよう。





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